【第2話】バーボンサム
「サムさんお久しぶり」
小瓶のビールを注ぎながら姉さんは言った。
しばし…沈黙。グラスの音…
「3年ぶりです」
顔は見えないがサングラスしている男の表情は爽やかだ。黒いマントが背中から垂れている。
「少し無理しました」
ロギ姉さんは笑っていた。
「色々な人間を見てきました」
ロギ姉さんはわかっていた。同じ匂いがする存在は大体わかる。このひと何かあったのでしょうね。あまり語りたがらないから。
「同伴なんて何年ぶりでしょうね」
「はいあの時はお世話になりました」
彼には底知れぬ波動を感じたことがあった。懐かしい郷愁、透き通る感性。また来てくれると思っていた。やはりこの時が来たのね…
「嬉しいわ♡」
彼とはチーママ時代からのお付き合いで、その時は別のお店でした。
前から聞いてみたい事があったロギ姉さんは、
「そう言えば再び開かれる世界があるって聞いたわ」
「今も同じ気持ち?」
料理が順番に出て来た。炙りイカが美味しそうだ、
「その話ですか」
「多少は変わりましたよ」
2杯目のグラスが空いた。
「あまり期待しない方が…」
グラスを置く音…
「そうなの...?」
姉さんは新しい話でも聞けるのかと実は期待していた。
「並行世界の事ですよね?」
「そうそう!その話だったわ」
サムは自分に起きた禍を思い出しながら話を続けた。
「やっぱり自分が選んだ道が、次の次元を決めているようです」
「都合よく偶然に、思ってもいない世界が開く事もたまにはあるでしょうが、カゲロウのような残像でしかないようですよ」
「そうなのね、もっとハッピーな話だと思ってたわ」
〜残像ね!なるほど納得だな。運命を決定づけるこの次元の修行は、おのおの曲がり角で常に選択が要求される。ミツバチは次にどの花に行くかで運命も変わる。沢山蜜がある花か、そうでない花かは選択の結果だ〜
「なにか夢が無くなっちゃったみたいだね!」
サムは申し訳無さそうに帽子を直した。
かつてのサムは引き寄せの術ではないが、結構先が読めて都合の良い状況に持って行くことが出来る男だった。決断は早かった。むしろ早すぎた。先が読めて何でもその通りになると、小人は大きくなったと勘違いするものである。
「成功する路線と並行して、脱線する路線もあったようです。成功を続けていこうとすれば、脱線する路線を常に見ていかなければ厳しかったってことかなあ〜いま思うと」
サムは振り返って思った…
〜まあ確かに可能性の連続であれば、すべていい事を期待したいものだね。有頂天になっている時なんか、失敗するなんて誰も思ってもいないよ。引き寄せの法則なんて知らなかったけど、自分の前には一塊の雲すらないと思っていたからね〜
「でも、新しい扉はまた開く事もあるんでしょう?」
「そっ、そうですね!」
「そうです、開くと思いますよ」
いきなり聞かれてサムは戸惑った。実際閉まった扉は自分の前に訪れた訳だから、その後のアクションはもうありませんって言うのは何だかカッコ悪い。並行世界のハシゴが重なる時に、飛び移ってくる奴だって居るわけだからね。
確かに並行世界は同じ方向に向かって、ユラユラ揺れながら進んでいる。進んだり戻ったり、ゆりかごの様に揺れてる夢見てるような世界だろう。この世を超えた世界も似た様な感じかもしれないな。生きている間にその扉を見る事ができる人は稀でしょうね。
「強く念じてみて下さい、新しい扉が開くかもしれません」
サムはそう言ってみたものの、何か説得力に欠けていた。
「新しい扉って?」
ロギ姉さんは何かを知っているかの様に強い調子で聞いた。
しかし…その眼の奥ではくすっと笑っていた。
「そうです」
「強い想いが空間をねじ曲げるかも?…しれ…ません」
〜サムはわかっていた〜
当時、念の力が非常に弱くなっていた自分がいた事を。
もう1人の自分って、今何しているのだろう?あのまま突っ走っているのだろうか?それとも…
過去が蘇ってきた…そして身体が熱くなってきた。
サムはバーボンが無性に飲みたくなった。出てくる料理はとても美味しいので、これ以上食べていたらバーボンの風味が壊れてしまいそうだ。
〜バーボンにツマミは要らない〜
確か3年前、Turkeyがキープしてあったな。
「行きましょか!」
ロギ姉さんはあとの話はお店でした方がいいと思って、タイミングをみていた。
この世界は想いの世界、思った事がなぜか時空を超えても実現してしまう不思議な世界。消えていく世界も、新たに現れて来る世界も本人の想い次第。サムさんも辛かったのね!でも私のところに来れば変わるでしょ。今日は本当に良かったわ。いつものバーボンも用意してあるしね!
「タクシーが来たみたいです」
厨房の奥から店主が言った。
「ご馳走様でしたサムさん」
〜久々にサムはご機嫌だった〜
心の中を見れる人がいるならば、サムに新しい扉が現れて来たのを見たに違いない。肉体の中にスッポリと入っている想いが、扉の前で薄っすらと光ってきた事を感じた事でしょう。
そしてタクシーの扉は…
静かに閉まった…
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