王国の過渡期
王国の昼下がりは平和であった。中央通りには露店が立ち並び、買い物客で
石畳をコツコツと踏み鳴らしながら二人の兵士がそう大きくない
「これはこれは。ようこそいらっしゃいました」
「うむ。話は既に聞いているな?」
「ええ、聞いておりますが……やはりどうにもならないのでしょうか」
「決定事項だ。王がお決めになったこと。この国にはカンバスは必要ない。美術館、画廊はその規模に関わらず閉鎖するのだ」
「しかし、私にはこの国に絵が、ひいては芸術が不要なものだとは思えませぬ。芸術は人々の心を豊かにします」
「いや、不要だ。真に豊かな人生に芸術なぞ必要ない。ココロなどという目に見えぬ豊かさを追求したとて仕方あるまい。実用性を考えろ。絵なんぞ見たところでなんの足しにもならぬ。それならば金儲けを考える方がよほど豊かになれる。キレイゴトでは人は生きてゆけぬのだ」
「しかし……」
「決まったことだ。ここは
「そうでしょうか。この画廊に出入りしている子供たちの中には画家を志している者もおります。その子たちの将来はどうなるのです?」
主人は語気を強めた。
「それも大きな問題なのだ。子供たちはこの国の未来そのもの。その者たちが画家などという夢に迷っているのも害毒たる芸術の成す災いだ。芸術は人を惑わせる」
「そのようなことは!」
主人はとうとう大声をあげた。
「感情的になっても仕方ないだろう。決定事項だ。では、十日以内に整理を済ませておくように」
兵士は淡々とそう告げると画廊を後にした。主人は兵士たちが去った戸口でただ、肩を落としていた。
「おじさん!」
再び戸が開き、小さな人影が飛び込んできた。
「おお、どうしたね」
主人は努めて平静を装い、画家を志す少年の瞳を覗き込んだ。
「あのね、おじさんに聞きたいことがあって……」
「なんだい。おじさんに答えられることならいいのだけれど」
「
少年の瞳にはもはや芸術の炎は無かった。ただ、酷く無機質な輝きを無邪気に主人に向けていた。
季節がひと巡りする間に王国は見違えるように発展した。もはや王国には一軒の画廊も、美術館も無かった。劇場も、酒場も、菓子屋も大衆食堂も無かった。
王国は近代的で優れた人々の住まう理想国家として長く、その名を留めたのであった。
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