衛生局活動記録

 休日、私はとあるファミリーレストランを訪れていた。入り口に近い席に腰を下ろし、パスタを食べながら休暇きゅうか満喫まんきつしていた。最近のファミレスは安価でいて、料理の質も高い。さらに店員の愛想が良いというのだから驚きだ。良い時代に生まれたものだ。私が良い休日の予感をパスタと共に味わっているところへ、大柄な一人の男が入ってきた。鋭い店員が早速声をかける。

「いらっしゃいませ。なん名様ですか」

「え? わからんけどいっぱい」

ぞろぞろとその男のグルウプが入ってきた。

「あの。お客様。なん名かおっしゃっていただかないことには、お席のご用意ができませんので、おおよそでも結構でございますので――」

丁寧な店員の言葉も聞かず、男は店内を見回しながら口を開いた。

「ここ、ええやん、おい、あっちも座れるぞ。お前、席とってこい」

男の連れは勝手に席を確保しだした。

「お客様、困ります。そこはお客様が席を離れているだけで、空いているわけではありません。とにかく、なん名様か確定するまでは、お待ちになっていただくか、おおよそのことをおっしゃってください」

どうやらこの客たちはまともな人間ではないようだ。私は徐々に“時間外労働”の予兆を感じ始めていた。

「ええやないか。ほな空いとるとこ教えろや。そこ座るわ。何処どこ? 何処が空いてんのや」

「いえ、ですから――」

「ですから、てなんや。俺が話聞いてないみたいな物言いやないか。どうなってんねん、この店は」

どうなってんねんは貴様のオツムだ。そこに八丁味噌を詰めたって、もっと人間らしい言葉が出てくるぞ。いよいよ時間外労働の予兆は確かなものになり始めた。

「いえ、その……」

店員が口ごもったのを見て図体だけでかい男は口角をわずか、上げた。

「その、も何もないやろ。どうなってんねんて聞いとんねん! おちょくっとんのか! ああ、もうええわ。話にならん。上のもん出せ、上のもん」

店員は明らかに動揺していた。

「その……今社員が不在でして……」

「不在? 知らんがな! 俺が呼べ言うたら呼べや。お客様は神様やろが!」

とうとう言った! 時間外労働が確定した瞬間であった。

「お客様はア、カミシャマアアアアアアアア」

男はそう奇声を発するなり、天を仰ぎ、超高電圧をかけられたフラワーロックのごとく身をよじりながら口から激臭を伴ったウンコのような塊を吐き出し始めた。やがてその物質は男を包み込み、見上げる程の大きさにまで成長すると、悪臭ゴーレムとなってカミサマカミサマと金切り声を上げながら店内を暴れまわり始めた。

「出たぞお! カミサマだあ!」

誰かがそう叫んだのをきっかけに店内はたちまち大混乱におちいった。レジスターをひっくり返し、子供用のガチャガチャマシンを叩き潰し、客席へとダイビングをかましたウンコゴーレムを前にした店員は気の毒にもおびええていた。私はかばんから衛生局の社員証を取り出し、彼女のもとへ駆けつけた。

「落ち着いてください。衛生局の者です。すぐに駆除くじょを行ないますので安心してください。貴方たちは厨房ちゅうぼうに避難してください。あのウンコ人形は臭くて、うるさいだけで、基本的にはなんにもできやしませんので厨房に居れば安全です。駆除が終わるまでは決して客席に出てこないようにしてください」

そう言い残して私は車へ戻り、契約武器の入った長い箱を取り出すと、本部へ連絡を入れた。

「こちらエージェント、サエキ。汚物出現。武器の使用許可を願います」

「現在地を特定。汚物反応確認。契約武器を解錠かいじょうしました。速やかに駆除してください」

私は箱から一振りの刀を取り出し、店へ駆け戻った。店内には肥(こえ)溜(だ)めを濃縮したかのようなにおいが充満していた。

「俺ハア、カミシャマアアアアア。同じのオカワリイイイイイイイ」

糞尿の巨人は意味の分からぬことを不快な周波数で叫びながら店内にウンコをまき散らしていた。汚らしい。大迷惑だ。私はさやを払って契約武器を解放した。

 私が契約しているのは「妖刀・寂鴉(さびがらす)」。一見なんの変哲もない刀に見えるが、これは触れたもの全てを急速に劣化、失活させることができるのだ。私は寂鴉を正眼せいがんに構え、ウンコ大魔神の注意を引くべく叫んだ。

「おいコラ、くそったれ糞尿達磨だるま!」

「アアアアアア? 不適切発言ンンン! 炎上させてやるウウウウウウウ」

汚物ゴリラは口から火炎を吐いた。私は身をひるがえしてスープバーの陰に隠れた。

 お、今日の日替わりスープはミネストローネ風か。これも注文しておけばよかったな。

 私は火炎から身を守りながら、ウンコ大明神の息の切れるのを待った。ひどく臭い。泥酔したサラリーマンのゲロの方がよほどさわやかだ。しかし、まずい、早く駆除しなくては火災になる。

 息の切れたタイミングを見逃さず、私は殺人的臭気糞塊と対峙たいじした。

「俺ハア、ココノ社長ヲ知ッテルンダアアアアアアア。苦情ヲイレテヤルウウウウウウウ」

 馬鹿を言うな。社長ともあろう者がウンコと付き合うはずがないだろう。

 振り下ろされる巨大な腕。私は身をひるがえし避ける。横に払った一閃いっせんで私は人糞大明神の腕を切り落とした。落ちた腕はたちまち崩れ、砂となり、ウンコゴーレムは切られた腕の断面を不思議そうに眺めていた。断面から劣化の浸食が始まり、糞塊はたちまち崩壊を始めた。

「お客様ハア、カミサマだろうがアアアアイイイイイイイ。店長をおおお出せええええええええええ。謝罪を要求スルウウウウウウウウウウ」

その叫びが終わらぬうちに巨体の全てはち、砂となった。後にはその核となっていた男が気抜けのした顔でうずくまっていた。

 私は本部に駆除が終わったことを告げ、清掃班を要請した。厨房のスタッフたちに声をかけると、彼らはときの声をあげ、男を取り囲み、フライ返し、オタマ、寸胴鍋、思い思いの道具でシバき始めた。その後、店は汚物保険で綺麗きれい修繕しゅうぜんされ、ほどなくして業務を再開した。警察に引き渡された糞尿男はその後、五年間の飲食店無給労働を言い渡されるのであった。


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