第4話

 美少女が俺に向かって微笑んできている。

 それだけを聞けば、ガチャを引くことの次くらいに羨ましいけど、あの目を見たら、そんな気持ちは全てどこかへ消えてなくなってしまうことだろう。

 実際、今の俺は「なんで俺なんだ……」という気持ちがめちゃくちゃ強いから。


「名前」


「……ぇ?」


「名前、教えて」


 底が見えない深淵のような瞳を俺に向けながら、全く感情を感じることが出来ない声色でその存在は微笑んできたままそう言ってきた。

 ……正直、絶対に言いたくなんてないけど、言わなかったら言わなかったで何をされるか分かったものじゃない。

 ……選択肢なんて無い、か。


「……松浦翔まつうらしょう、です。……21歳です」


「ショウ?」


「…………はい」


 俺はガチャを引きたくて、あのチケットを使ったのに、なんでこんな怖い思いをしなくちゃならないんだ。


 そんなことを思っている間にも、深淵のような瞳で相変わらず俺は見つめられている。

 ……せめて何か言ってくれよ。

 あの瞳に俺の姿でも反射して映っていたのなら、まだ冷静になれたかもしれないけど、反射なんて何もしていないからこそ、恐怖心が増長されてくる。


「うん。覚えた。これから、よろしくね? ショウ」


「……ぇ? こ、これから?」


「うん」


 えっと、待って欲しい。

 その言い方だと、まるでこれから俺と一緒に居ることになる、みたいな感じになってしまうじゃないか。

 え? そんなわけないよな?


「……嫌なの?」


 俺の勘違いかもしれない。

 ただ、そう聞いてくる瞳は更に深淵の闇が深くなっている気がした。

 

「い、嫌じゃない、です」


「良かった」


 その子がそう呟くのと同時に、俺も良かったと思うことになってしまった。

 だって、嫌なのかを聞いてきていた時の瞳よりは深淵の深さがマシになったような気がしたから。


「名前、付けて」


「……俺が、ですか?」


「うん」


 嫌だ。

 凄く、嫌だ。

 だって、もしもこの子が俺の付けた名前を気に入らなかったら、どうなるか分かったもんじゃないし。

 

「…………アビス」


 色々と考えた結果、俺はそう言った。

 ……あの瞳を見てしまったら、それしか思い浮かばなかったんだよ。

 これで「気に入らない」と言われても、俺が悪いわけじゃないと思う。


「アビス……気に入った」


 ……マジか。気に入ったのか。

 まぁ、そうか。あの瞳だもんな。ピッタリだよ。……絶対口には出さないけどさ。


「改めて、これから一生、よろしくね?」


 アビスは俺に抱きついてきて、上目遣いになりながら、そう言ってきた。

 凄く心臓がドキドキする。

 照れている……なんて理由な訳がなく、深淵のような瞳で上目遣いなんてされたら、湧き上がってくる感情は恐怖という感情ただ一つだ。


「……よろ、しく」


「うん」


 目を閉じ、深呼吸をする。

 そして、ポケットに入れていたスマホを取り出し、スマホの画面に目を向けた。

 美少女……じゃなく、アビスが居なくなって、背景だけになった10連ガチャのボタンを押す。

 ガチャ石が足りないという表示が出る。

 こんな怖い思いをさせられたんだから、ガチャくらい引かせてくれよ! 俺にガチャの快楽を楽しませてくれよ!


 ……はぁ。どれだけ願っても無料でガチャが引けることが無いってことはこの世界に来る前の経験で痛いほどに知っているから、一度だけため息をついて、気持ちを切り替えた。

 ……それで、ガチャ石ってどうやって手に入れるんだ?

 

「う、うわぁっ!」


 そんな疑問を抱くと同時に、少しだけ隣に目を向けると、そこにはアビスの瞳がめちゃくちゃ至近距離にあって、思わず俺はそんな声を上げてしまっていた。

 

「それ、魔物を倒したら、手に入るよ」


「……え? ほ、本当か?」


「うん」


 魔物を倒したらガチャを引けるのか。……え? 魔物!? この世界、魔物とかいるのか!?

 俺に倒すことなんてできるのか……? いや、出来るか。ガチャの為なら、俺はなんだって出来ると思ってるし、実際できる……はずだ。

 なら、問題ないな。


「ありがとな、アビス」


 さっきまでは恐怖の対象だったけど、ガチャを引けるという喜びがアビスへの恐怖心を勝り、俺は心の底からの笑顔をアビスに向けて、礼を言った。

 

「う、うん」


 少し照れたような様子でアビスが俺を見つめてくる。

 なんか、ガチャを引けるという喜びから、心に余裕が出来たのかアビスのことを可愛いとすら感じてきたな。


「よしよし。ほんと、ありがとな」


 そのせいか、気がついたら、さっきまでは絶対にできなかったであろう行為……俺はアビスの頭を優しく撫でていた。

 心做しかアビスも嬉しそうにして受け入れてくれているみたいだし、そのまましばらくの間、俺は感謝の気持ちを込めて、アビスの頭を撫で続けた。

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