第11話

野篁やきょう殿、その膜を破って女子おなごを助けてやってくだされ」

 篁は浄浜の言葉に従い、太刀の先で膜を破ると中にいた全裸の女子を助け出した。女子の体はなにか液体のようなもので濡れており、触るとぬるぬると滑った。

「おい、大丈夫か」

 膜から助けだした女子に篁は声を掛ける。呼吸はしているらしく、白い胸がゆっくりと上下しているのがわかった。

「しっかりしろ」

 篁は女子に声を掛け続ける。

 すると、その女子がぱっと目を開けて篁の顔をじっと見つめた。まつげの長い、大きな瞳だった。

 咄嗟に篁は持っていた太刀の柄から手を離した。

 なぜなら、その女子が急に抱きついてきたからである。

 篁はその女子の体を受け止めようとしたが、ぬるぬるとした液体に足を取られ、女子と共に床の上に倒れ込んだ。

 女子は篁の上に馬乗りのようになったかと思うと、そのまま覆いかぶさるようにして自分の唇を篁の唇へと重ねていた。

野篁やきょう殿、決して口を開けてはなりませんぞ。まだ、その女子の中にいる邪のモノが蠢いています。邪のモノは野篁やきょう殿の身体を乗っ取るために、中に入ってこようとするはずです」

 浄浜はそう言いながらも、篁のことを助けようとはせず、阿傍に何やら問いただしている。

 女子は篁と唇を重ねると、舌を使って篁の閉じた唇をこじ開けようとしてくる。篁は必死に抵抗しようとしたが、なぜか頭がぼんやりとしてきてしまい、その閉じた唇の隙間に舌をねじ込まれそうになっていた。

 必死に抵抗する篁は両手を伸ばすようにして女子の身体を自分から引き離そうとする。

 目が合った。女子はトロンとした目で篁のことを見つめる。それが邪のモノに取り憑かれているための目なのか、女子本来のものなのかはわからない。高揚した顔つき。篁にはそう思えた。

 再び女子は篁に覆いかぶさってくる。その身体を手で払いのけようとしたが、ぬるぬるとした液体で手が滑り、それはできなかった。

 唇と唇が重なり、再び篁の唇を割るようにして女子の舌が入ってこようとする。全身から力が抜けるような感覚に陥り、もうどうでも良いといった気分にさせられる。押し寄せてくる快楽に似た感覚。女子の舌は篁の舌に絡みつき、篁は呆けたように動けなくなっていた。

「あなやっ!」

 突然女子は叫ぶと、篁から離れた。

 篁の下腹の辺りが熱くなっており、女子がそれに反応するかのように飛び退いたのだ。

 そこには以前空海から授けられた数珠のたまだった。以前、邪のモノと対峙した際に弾けてしまった数珠のひとつが、そこに残っていたのだ。

 女子はそのまま崩れ落ちるようにして床に倒れてしまった。

 倒れた女子の口からは握りこぶしほどの大きさの黒い塊が吐き出され、その黒い塊は渦を描くようにして床をノロノロと移動しようとしている。

「終わったか、野篁やきょう殿」

 浄浜はそう篁に告げると、足でその黒い塊を踏み潰した。

「あの化け物は?」

「すべてが分かったゆえ、やつは冥府へ帰した」

「何がわかったというのですか、浄浜殿」

「それはいずれ話そう。それよりも、そろそろ阿傍の術が解ける。私は後始末をするために行かなければならなん。ここは任せるぞ、野篁やきょう殿」

「任せるって、何を」

「すべて終わった。屋敷のものには安心するように伝えればよい」

「小夜という行方不明の女房は、どうなったのですか」

「すべての元凶は、その小夜だ。おそらく洛外へ逃げたのだろう。自分の身代わりに、その女子を贄にしたのだ」

 浄浜は倒れている女子を指さして言った。全裸だった女子には、篁が自分の着ていた直垂の上着を掛けてある。

「では、また」

 浄浜はそう告げると、足早に屋敷から姿を消した。

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