第10話
「下がられよ、
突然、闇の中から声が聞こえた。その声は、刀岐浄浜のものに間違いなかった。
篁はその言葉に従い、一歩後ろへ下がる。
すると炎の矢のようなものが、一直線に篁の先ほどまで立っていたところへと向かってきた。
「あなやっ!」
声がしたかと思うと、その周りの闇が晴れて行き、ぼんやりと明かりが灯る。
そこには牛の頭をした大男が立っていた。それは上半身は人間のようで、下半身は牛のように蹄が生えている化け物だった。
「なるほど、
ふわりとした風と共に、白い水干が見えた。その姿は紛れもなく刀岐浄浜であった。
「悪いな、少々遅くなった」
「この化け物は何なんだ」
「冥府の使いといったところだろうか。誰かが、このモノを呼び出したのだ」
「本当に誰かが呼び出したのか。何ということだ……」
阿傍の話は本当だった。人というのは、醜い生き物である。篁はそれをまざまざと実感させられた。
浄浜は、床に指でなにか線のようなものを描き、指で印を組んでいる。
「なんじゃ、陰陽師風情が我の邪魔をしようというのか」
阿傍は怒鳴り声をあげながら、大股で篁たちの方へと近づいてくる。
その姿を見た刀岐浄浜は、口角を上げて朱を入れたかのように赤い唇で笑みを浮かべた。
「
「いや、やきょうではなく、
「剣の腕はいかがかな」
「数年前までは陸奥国で蝦夷征討の手助けをしておりました」
「ほう。では、
浄浜はそう言うと、手のひらを篁の持っていた太刀にかざす。
すると、篁の持っていた太刀の刃が青く光を帯びはじめた。
「これは?」
「ちょっとした術を施しました。これで、冥府のモノであろうとも斬ることができましょう。あとは、
その言葉に篁は任せろと言わんばかりに太刀を構えると、こちらに向かってくる阿傍に刃を向けた。
阿傍が丸太のように太いその腕を振り回すようにして、篁へと殴りかかってきた。
先ほどとは違い、はっきりと阿傍の腕は見えている。
身を
確かな手応えが太刀を持つ篁の手に伝わってくる。
地響きと共に何かが床に落ちる音がした。
そこに転がっていたのは、阿傍の丸太のように太い腕だった。
「あなやっ!」
篁の持つ太刀は綺麗に阿傍の腕を骨ごと斬り落としていた。
「おのれ、野篁。許さんぞ」
「どう許さんというのだ、阿傍よ」
篁は残ったもう一方の腕も斬り落とすぞと言わんばかりに太刀を構え直す。
「く、くそ……覚えておれ」
そう阿傍は言うと、篁に斬り落とされた腕を拾い上げて逃げようとする。
「待たれよ」
刀岐浄浜がそう言うと、荒縄のようなものが蛇のように阿傍の足に絡みつき、阿傍はその場にひっくり返った。
「な、なにをする」
「お前には聞きたいことがあるのだ。なに、別に取って喰おうというわけではない」
浄浜はそう言ったが、阿傍は怯えた表情をしていた。
これではどちらが化け物なのかわからない。篁はそんなことを思いながら、二人のやり取りを見ていた。
「お前は誰に呼び出されたのだ、阿傍」
「女じゃ。名は知らん」
「女?」
「ああ。どこぞの法師が女に我の呼び出し方を教えたのだろう。毎晩、贄を捧げ、我の呼び出す呪文を唱えておったわ」
「その女の望みとは何だ」
「それは言えぬ」
「ほう、
「馬鹿なことを言うな。これは契約じゃ。契約を破れば、我とて呪術で殺されてしまうわ」
「それはそうだな」
何がおかしいのかわからないが、浄浜は「くくっ」と声を上げて笑ってみせた。
「まあ、話はなんとなくわかった。では、その贄となった者を返せ。まだ生きているのであろう」
浄浜の言葉に、阿傍は舌打ちをしてあからさまに嫌な顔をしてみせる。
「お前の結んだ契約には、贄を喰らっても良いというものはなかったはずだぞ、阿傍。それとも……」
「わかった。わかったよ。贄を返す。だから、我も見逃してくれ」
「もう一つ、条件がある」
「なんだよ」
「法師について教えろ。知らぬとは言わせぬぞ。お前はとんでもない食わせ物と手を組んでしまったのだ」
「わ、わかったよ。教える。だから、我を見逃してくれ」
「まずは、贄を返してもらおうか」
浄浜がそう言うと、阿傍は口を大きく開けて何かを吐き出した。それはぬめりのある膜のようなものに包まれた大きな球体の塊だった。その塊は半透明であり、中に裸の女の姿があるのが見えた。
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