第46話:冒険者+5:凍土の蛇・ツンドラオロチ

 私達が身構えると同時にツンドラオロチの三つの首が、それぞれ私達三人へ牙を向けて迫ってくる。


 それに対し、私は咄嗟に叫んだ。


「後方へ跳べ!」


「っ! はい!」


「これがツンドラオロチ……!」


 それぞれが後方へ跳び、攻撃を回避した。

 しかし、その結果、それぞれ私達の目の前に一つ一つのツンドラオロチの首が目の前にいる事になった。


 雪の様に白い鱗。氷の様な青い瞳。けれど牙は、真逆の血の様に真っ赤な色をしていた。

 身体は大きな胴体があるぐらいだが、奴の首は長い。

 少し身体の方向を変えたりするだけで、私達を誰でも射程距離にする事が出来る筈だ。


「ルイス殿! ツンドラオロチに弱点は顔で良いんですか!」


「そうだ! 大体、口の周りにある! そこを潰したり、斬りつけてやれ!」


「成程、ならば容易い――雷遁・閃光花火!」


 私達の言葉を聞いていた小太郎はそう言って、自身の目の前にいるツンドラオロチの首に対し、雷を纏ったクナイと手裏剣で身構えていた。


 そしてその首の口の周りにある、穴の様な、窪みの様な場所へ一気に小太郎は武器を投げた。

 すると武器は貫通し、そのまま中で巨大な火花をあげ、ツンドラオロチの首は大きな悲鳴をあげた。


『シァァァァ!!?』

 

「力で敵わなくてとも、技と速さならば負けん」


 そう言って小太郎は私達の目の前から消えた。

 そして気付けば、脚部に炎や雷を纏わせ、怯んだツンドラオロチの首へ回転蹴りを放とうとしていた。


「あれは……私が教えた足技!」


「――雷火・轟紅蓮脚らいか ごうぐれんきゃく!」


 小太郎は私が嘗て教えた技を使い、目の前のツンドラオロチの瞳を脚部で斬り裂いて目を潰した。

 そして、そのまま胴体に降り、同じ様に攻撃しているのが見える。


『ッ!』


 ツンドラオロチも、流石に一つしかない胴体への攻撃はマズイと思ったのだろう。

 一つは目もピット器官も潰れて混乱しているが、残り二つの首も小太郎の方へ意識を向けた。


 だがそれは私とエリアにとって好機だ。


「エリア! 今の内だ!」


「はい! 魔法刃・光――聖天招雷せいてんしょうらい!! 小太郎さん、避けてください!」


「ッ!――デカイ!」


 エリアは剣へ巨大な光の魔法刃を展開すると、そのまま一気に豪快にツンドラオロチへと振り落とした。

 小太郎もそれを察して退避し、エリアの振り降ろした光剣は彼女の目の前の首を縦に両断した。

 

 更に、そのまま胴体へとも斬撃が入り、その瞬間に周囲に雨の様に光の刃が雨の様に振り注いでツンドラオロチを襲っている。


 なんて技だ。初めて出会った時よりも違う。

 レベルも、技の練度も何もかもが。


「凄いぞエリア!」

 

「あ、ありがとうございます!――ですが、胴体は思った以上に丈夫です。これで終わらせるつもりで放ったのですが……!」


 エリアは私の言葉に嬉しそうにしているが、ツンドラオロチが健在な事を見て、少し複雑な表情を浮かべている。

 

 だが当然だ。そんな簡単に倒せれば苦労はない。

 伊達に、レベル<70>超えのボス魔物じゃないのさ。


――ただ妙でもある。昔、戦ったツンドラオロチの強さは、こんな比じゃなかった筈だ。


 私のレベルは、ツンドラオロチを対象にしているから<75>ぐらいだが、それでも奴の動きが鈍い。

 なんだ、のか?


『シャアァァァァ!!』


「おっと! 考えごとは禁物だな!――グラビウス!」


 私は目の前の首からの攻撃に間一髪、回避した。

 そして魔剣の力を解放し、ガントレットブレードの側面にアックスが生えてきた。


「グラビウス・ジュピター・ユーピテル!!」


 私は重力魔法・風魔法を合わせ、両腕のアックス部分へ魔法刃として展開した。

 重力・風の表裏一体の攻撃は、相手の動きを鈍らせ、疾風の切れ味を生み、巨大な斬撃となる。


「喰らえぇ!!」


 私は右腕、左腕と、交互に素早く横薙ぎで振ると、目の前の首を横一閃に両断した。

 更にエリアが斬った真ん中の首にも斬撃が入り、縦と横に両断された首はとうとう動かなくなる。


――全く、これだけしてやっとか。凄い生命力だ。


 私は違和感を抱きはしたが、やはりツンドラオロチの生命力は凄まじいと表情を歪ませた。

 だが私の攻撃を見たエリアは、何やら感動した様に瞳を輝かせている様だ。


「凄い……あの魔剣の重力魔法をルイス殿は、ここまで使いこなしているのですか……!」


「あぁ! なんか肌に合っててね。頭の中に使い方が思い浮かぶんだ」


 重力魔法――本来ならば習得できない魔法だが、魔剣グラビウスのお陰で随分と助かってるよ。

 やっぱり魔葬砦で貰って正解だったな。


「良し! ならば私も――第三スキル『光翼こうよく』!」


 何やらエリアが決心したと思った矢先、彼女の背中に巨大な光の翼が生え、彼女は空へと昇っていく。


 なんてスキルだ。エリア、あんなスキルを隠し持っていたのか。


『シャアァァァァ!!』


 すると小太郎が先に潰した頭が、身体から感じる振動から察してか、上空にいるエリアへ氷結波を放つ。


「くっ! 目が潰れてるのに、なんて精確な攻撃!」


 エリアは空中で回避したが、回避した先にある山へ氷結波が直撃すると、そこに巨大な氷塊が生まれていた。


 あれには絶対に当たってはいけない。

 それに奴め、当たってないと判断してから狙いを修正し始めているぞ。


「エリア! あれには当たるな!」


 私は急いでエリアを攻撃している首に向かって行くが、背後から私が両断した首が迫って来ていた。


『シャアァァァァ!!!』


「しつこい!」


「師匠!」


 だがそこへ小太郎が来てくれた。

 小太郎は、私を追う首の頭部を強烈に踏みつけて怯ませ、私に時間を作ってくれた。


 今の内だと、私は両足に魔力を込めて一気に跳び上がり、重力魔法を両足に纏わせる。

 そしてエリアを狙う首へ、一気に蹴りを叩き込んだ。


「魔法脚――重脚流転じゅうきゃくるてん!」


 その首へ私の蹴りが当たった瞬間、急速に重力がツンドラオロチの首周りに発生し、一気に捻じれていく。

 そして骨が折れる様なゴキッとした音が聞こえた時、その首は糸が切れた様に倒れて動きを止めた。


「残りは一つだ!! エリア! 光魔法を貸してくれ!」


「はい!――受け取って下さい!」


「良し! 小太郎! 奴を抑えてくれよ!」


「承知――秘技・鳴神縛り」


 私にエリアから光魔法が届き、小太郎が雷でツンドラオロチを必死に抑えてくれている。

 その間に私は光魔法に重力魔法を混ぜ、金色に輝く魔法玉を生み出し、それを胴体へと叩き込んだ。


「グラビウス・ヴィーナス――明けの明星!」


 それは明け方の様な、優しく、そして強い光となってツンドラオロチの胴体へと放たれた。

 強烈な魔力風が吹き荒れ、周囲の雪や吹雪が吹き飛んでいく。


『――!』


 だが、それは確かな攻撃だったらしい。

 それを受けたツンドラオロチは、小太郎の拘束を破ったが、瞳は真っ白となり、やがて生気を失いながら倒れ、絶命したようだ。


「やったのですか……!」


「あぁ……討伐完了だ」


「任務完了」


 エリアからの言葉に、私は頷いた。

 そして小太郎が私の傍に来てくれて、共にツンドラオロチの胴体の上に降りたエリアの下へ急いだ。


「全員、無事か?」


「私は大丈夫です……流石に疲れましたが」


「こちらも同じく」


 エリアと小太郎は疲れた様子はあったが、力強い目で頷いてくれた。

 これならば大丈夫だ。私も少し安心し、ツンドラオロチの胴体の上なのに膝を付いてしまった。


「流石に疲れた……まさか、この歳でツンドラオロチとやり合うとはね」


「大丈夫ですかルイス殿?」


「私は大丈夫だけど、少し……違和感があったな」


「違和感ですか?」


「あぁ……ツンドラオロチの力は、こんなものじゃない筈なんだ」


 私はエリアへ頷きながら、そう言った。


「動きはもっと俊敏だし、何より襲って来るなら洞窟に入る前に襲って来る。今までの経験とは違う事ばかりだ」


 そもそも私達よりも先に『蒼月華』を採取した奴がいる筈だし、何よりも小太郎は視線を感じていた。

 そして予想外のツンドラオロチ。もし人の手が入っているなら納得だが、証拠がない。


「……ここを離れよう。嫌予感がする」


「分かりました。すぐに準備します」


「承知。――むっ、これは?」


 私は二人へ指示を出したが、小太郎が何かに気付いてツンドラオロチの切れ目の入った部分へ手を突っ込んだ。


 えっ、何をしているんだ。素材でも取る気か?

 それよりも早く、ここを移動するべきだぞ小太郎。


 私は小太郎の動きに面食らっていたが、小太郎が胴体から引っ張り出したのは素材ではなく――だった。


――えっ? なんで剣?


「小太郎……それは何だ?」


「剣ですね……ですが、凄い氷の魔力を感じます」


 小太郎の握る剣――雪の様な白い刀身に、サファイアの様な持ち手。

 そして目で分かる程の冷気を出す魔力を見て、私達はこれが普通の剣ではないと分かった。


 しかし正体が分からない物を、このまま持って行くのもあれだから、どうするか。

 私は悩んだが、剣を見たエリアは何かに気付いた様に驚いていた。


「まさか……ではないですかこれ! 騎士団にある書物で見た事があります。白き刀身を持つ、氷の魔力を持つ魔剣だと」


「これが……魔剣だって? それなら道理でツンドラオロチ達は氷とかを口から吐く訳だよ」


 もしエリアの言う通りだったら納得だ。

 そもそも、蛇が寒い場所がいるのが、おかしいんだ。

 だが魔剣を呑み込んで、その魔力を得ていたなら全て説明できる。


「魔剣ですか……では師匠、どうぞ」


「いやどうぞって……別に要らないけど」


「またまた」


 またまたじゃないよ。何が言いたいんだ小太郎。

 あれか、最近何かと魔剣をガントレットブレードと合成しているから、私が集めていると思ったのか。


「どの道、今は封印もできません。ならルイス殿が持っていて貰った方が安心できます」


「……騎士が良いなら良いんだけど。仕方ない、小太郎、それを貸してくれ」


「どうぞ」


 私は小太郎からニブルヘイムを受け取ると、確かに今にも腕が凍えそうな魔力を放っている。

 こんな物、さっさと合成してしまおう。


 私はガントレットブレードにニブルヘイムを合成すると、ニブルヘイムはその姿を消した。


 そして私はいつも通りにブレードを展開すると、まずは普通の刀身だけが出る。

 けれど、私が心の中でニブルヘイムを願うと、その刀身は真っ白なモノに変化し、周囲に冷気が出始めた。


「全く、魔剣マニアじゃないんだけどなぁ」


「またまた……ルイス殿には似合ってますよ」


『~~♪』


 魔剣が似合うってなに!?

 なんか呪わてるのが似合うって言われてる様なもので、何か嫌だな。

 

 エミックも笑うな。

 全く、とっとと移動しないと。


 こうして私は仕方なく新しい力を手に入れ、エリアと小太郎と共に、ツンドラマウンテンを跡にするのだった。

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