第45話:冒険者+5:蒼月華と凍土の蛇

――危険度9・絶対凍土ツンドラ・マウンテン。


 それは氷点下の環境且つ、クリスタルの様に輝く氷に覆われた伝説の氷山だ。 

 そして目的の華『蒼月華』の生息地だ。


「目的の蒼月華は、この山を少し登った場所にある洞窟内に生えている。まずはそこを目指すよ。――あと気を付けるのは、この山の主『ツンドラ・オロチ』だ」


「確かルイス殿が仰ってましたね。ハッキリ言って出会いたくない相手だと」


「あぁ、デカいんだよ。しかも三つ首の蛇で氷は吐くは、吹雪は放つは、蛇だから目を潰しても追いかけて来るわで、本当に面倒だよ。ここの危険度9の原因の八割は奴だね」


 昔、ジャックと来て必死に逃げたのが懐かしいよ。

 まぁ今となっては、魔剣を二つも吸収したガントレットブレードもある。


 だから戦えば勝てるかもしれないが、避けられるリスクに飛び込むのは冒険者としてアホだよ。

 特に依頼を任されている時の冒険者はね。


「師匠、その魔物との遭遇率は?」


「そこまで高くはないが、奴が腹を減らしていたり、イライラしていたら危ないな。機嫌が良いと出会っても見逃してくれるが、そうじゃなきゃ逃げるか戦闘必須だ」


「因みにレベルはどのくらいなのですか?」


「レベルは<71>だ。弱点は炎と、あと蛇特有の熱を感知する器官が尋常じゃないんだ。――多分だけど、もう私達の事に気付いている筈だ」


 熱を感知する距離も凄いんだよ、アイツ。

 だけど、そこを潰せばどうとでも出来るし。自信を持つんだ私よ。

 エリアと小太郎を生きて帰すんだろ!


「なら急がねば」


「あぁ、二人共、私に付いて来るんだ。基本的には一本道みたいなものだから迷う事はないよ」


 小太郎の言葉に私は頷くと、二人を誘導しながら山を登って行くのだった。


♦♦♦♦


 登って四十分ぐらいだろうか。

 私達は特に問題もなく、その洞窟の入口の前へ辿り着いた。


「ここだ。この先に『蒼月華』の生息地がある」


 今の所、ツンドラオロチが来る気配もないし、幸先は良い。

 少しエリアと小太郎の呼吸が乱れているが、洞窟に入れば風を遮れるから大丈夫だと思いたい。


「ようやく、ここまで来ましたね」


「……本当に過酷だった」


 早く入った方が良さそうだな。

 二人の表情に疲れが出ているし、私達は洞窟へと入っていった。


♦♦♦♦


「うわぁ……凄いですね。綺麗……!」


「……驚愕」


 洞窟内は広く、氷だから寒いの寒いが風が無い分、まだ助かる。

 そして、そんな洞窟内を見てエリアと小太郎は再び感動と驚きに満ちている様だ。


 それを見て私も、心配だったが連れ来て良かったと嬉しく感じていた。


「凄いだろ……こういうのがあるから、ダンジョンに入るのが止められないんだ」


 のんびりしたいと思っても、依頼人の笑顔や、ダンジョン特有の自然の美しさを見た時の達成感や充実感は何物にも代えられない。


――天井は光の反射でオーロラの様に輝き、周囲は鏡の様に透き通った氷がクリスタルの様に。


「これが氷とは……」


 エリアは感動しながら周囲を触ったり、天井を見上げたまま口を開けっぱなしにしていた。

 小太郎も口数は少ないが、時折、足を止めているので感動しているのだろう。


「さぁ、ここまで来たら目的地は向こうだぞ」


 私の言葉に二人は黙って頷いて付いて来るが、きっと『蒼月華』を見たら、もっと驚くんだろうな。

 

 私はつい想像して少し笑いながら二人を連れて、洞窟の奥へと進んで行くと、やがて広い空間に私達は出た。


 そして私が足を止めて振り返ると、二人は目の前の光景に言葉を失って立ち尽くしていた。


「どうだ、凄いだろ?」

 

「言葉が……出ません」


「これが全て『蒼月華』か……!」


 声を震わせる二人が、私が歩くと後ろから付いて来る。

 そして目の前の――足下や、壁一面に咲く『蒼月華』を二人は手を震わせながら手に取っていた。


「これが……華なのですか? この重さ、輝きはまるでサファイアの様な」


「植物ではなく、宝石じゃないか……!」


「この特殊な環境のマナ――その結晶の華だ。植物でもあり、宝石でもある採取難易度9の最高品だ。これの為、多くの冒険者が命を落としたんだ」


 そう言って私も壁に生えた『蒼月華』を両手で持った。

 周りはバラの様な花弁で、だが真ん中には大きなサファイアの様な決勝が存在している。


 華の様な軽さではない。確かにこれは宝石とも言える代物だ。


「良し! 必要な分を採取するぞ。必要以上に取りたいならエミックに言ってくれ。エミックの収納能力なら、幾らでも入るからね」


『~♪』


「わ、分かりました!」


「御意」


 さて、私も採取を始めないと。

 えぇと、まずは依頼分と、クロノ達用のも採取して、他にも必要分があるな。

 あと一応、予備分も採取するか。ハッキリ言って採り過ぎても、無くなる量じゃないしな。


 私達は暫く、その場で『蒼月華』を採取していった。

 それが、どれだけの時間が経ったのかは分からない。

 私も真剣に採取に勤しんでいたが、不意に私はある事に気付いた。


「これは……半端な空間があるぞ。誰かが先に採取したのか?」


 そこには本来あったであろう『蒼月華』が、丸々無くなっていた空間があった。

 きっと誰かが採ったのだろうが、こんな特殊な場所で出会わない事なんてあるのか?


 最近は始高天のせいもあって胸騒ぎもするが、気のせいであってほしい。

 実際、ツンドラオロチが洞窟前で襲ってこなかったんだ。

 きっと大丈夫だろうと、私は思いながらも採取を急ぐ事にした。


「キャア! やっぱりお尻舐めた!」


『~~~♪』


 そんな事を考えていると、エリアがエミックにお尻を舐められていた。

 きっと『蒼月華』をエミックに頼んだ所を狙われたのだろうが、エミックの奴、厚着していても関係ないのか。


 そんな光景に私は、深く考えている事が馬鹿らしく思えて、呆れてしまった。


「――むっ!」


 そんな時だった。小太郎が不意に天井の方を見た。


「どうした、何かいたのか?」


「……いえ、何か視線を感じたのですが。気のせいでしょう」


 確かに、こんな環境でジッとしている奴なんていないだろうな。

 しかも、ここまで来たのに隠れている理由もない。


 ただ万が一もあるな。私は警戒する事を目で小太郎へ伝えると、小太郎もそれに気付いて頷いた。


「エリア! そろそろ戻ろう! ここは野宿には適さない。ニブル雪原に戻るぞ!」


「えっ、あ、はい!――もう! なんで私ばっかりに舐めるの!?」


『~~♪』


 魔物の牢があったら、間違いなく捕まるなエミックの奴。

 そんな事を思いながら、私はエミックに採取した『蒼月華』を任せると、その場を後にして洞窟を出るのだった。


♦♦♦♦


 だが、それは洞窟を出て、ツンドラ・マウンテンの入口まで戻って来た時に起こった。

 まるで雪崩の様な轟音に、私は嫌な汗が一斉に流れるのを感じた。


「そんな……まさか!」


『シャァァァ!!』


 私は咄嗟に山の方を振り返ると、雪崩の様に山を滑り落ちながら私達へ迫る、巨大な三頭首の蛇がいた。


「あれはまさか!」


「――退避」


 私が指示を出すよりも先に二人は回避行動を取っており、私もそれを見て後ろへと跳んで回避した。

 そして荷物を降ろし、その蛇を睨む様に見上げた。


「ツンドラオロチ……! 馬鹿な、襲うならもっと前に襲えただろうに!」


『シャァァァ!!』


「ルイス殿! あの魔物、凄く気が立っている様です!」


「どうなっているんだ……!」


 あんなに機嫌が悪かったら、洞口に入る前から襲って来る筈だ。

 なのに、このタイミング。まるで作為を感じるぞ。


「師匠、まさか……」


「お前の感じた視線は正しかった様だな。誰かいたんだ……しかも悪意を持っているぞ」


 だが、その正体を探っている暇はない。

 ツンドラオロチの三つの首は私達を捉えており、威嚇の声を出しながら迫って来ていた。


 そんな敵を前に、私達は武器を持って身構えた。


「ここまで来たんだ……必ず生きて帰る。――行くぞ!」


「はい!」


「御意!」


 私達が身構えたと同時、ツンドラオロチも私達へ牙を向けて来て、首を伸ばして来るのだった。


♦♦♦♦


 ルイス達がツンドラオロチと戦いを始めた頃、それをツンドラマウンテンの上から見下ろしている男がいた。


「ヌッフフ~面白くなりそうだねぇ! ボクちん、楽しみぃ!」


 その男は顔は道化師の様なメイクをし、服装も道化師そのものであった。

 だが一つ、見逃せないのはを身に纏っていると言う事だ。


「あ・れ・が! ノア達を倒したダンジョンマスターか! さぁて、ボクちんが怒らせた蛇相手に、どこまで出来るのかお手並み拝見!――フゥー!! ノアもいない今、始高天とか関係なく好きにやっちゃうもんね!」


――この<堕落のラウン様>がねぇ!


 道化師にして始高天の一角――<ラウン・クラウンクラン>


 彼は極寒の中、白い息すらも吐かずに楽しそうに、死地を乗り越えようとするルイス達を見下ろし、邪悪な笑みを浮かべるのだった。

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