第44話:冒険者+5:氷界の山へ

 私達は先程の場所から、かなり離れた場所にいた。

 少し走り、大丈夫だと分かってからも三時間以上は歩いたと思う。


 その頃には、後ろにはエリアと小太郎以外に人はいなかった。

 道中、人らしい遺体は幾つも見たが、誰も触れる者はいない。


 そして夕方になる前に、私達は野宿の準備を始めていた。


 私とエリアは、周囲を氷魔法で風を凌ぐ為の壁を作り、その壁の中で小太郎が三人で使うには余裕のあるテントを張ってくれた。

 

 地面には寒さ対策で特殊な魔物の毛皮を置き、その上で私達はようやく気を抜く事が出来たのだ。


「……良し、後は『太陽の種』を吊るせば、テント内は十分な温かさの筈だ。あと、ほら『火の実』を食べなさい。手足の先まで暖かくなるよ」


 小さな火の玉の様なアイテム『太陽の種』をテントの天井に吊るし、更に私はドワーフの酒の摘まみである、真っ赤な小さな実――『火の実』を二人へ手渡した。


 風がないだけでも楽なのに、『太陽の種』のお陰でテント内が温かい。

 入口も太陽のローブと同じ素材の布で覆っているから、風も入ってこないし暖かい。

 そして魔物除けも使ったし、後は食事と休息ぐらいしかやる事はない筈だ。

 

  何より、火の実を食べたからか、私の身体は手足の先まで暖かくなるのを感じて肉体に余裕が戻ったのが大きい。


 そして、そんな実を二人も食べ始めてくれた。


「ありがとうございます……むっ! 少し辛くて苦いですね」


「良薬は口に苦し……そう言う事だろう」


 実際、味は良くないな。辛みと苦みしかないからね。

 けど顔を歪めた二人だったけど、顔色は良くなってきているので効果は出ているのだろう。


 二人の雰囲気も柔らかくなったし、それを見てエミックも私の腰から降りてエリアの下へ向かう。


「お尻を舐めるのは禁止ですからね」


『~♪』


 エミック、お前とうとうクギを刺される様になってしまったのか。

 ジト目でエリアはエミックを見ているが、エミックは嬉しそうに傍で跳ねている。

 

 何故、あんな尻好きになったのか本当に分からない。

 まぁエミックについては良いか。まずは食事だ。


「さて食事を作らないとね。小太郎、荷物からパンとか木の実を出してくれ。私はシチューを作ろう」


「御意」


「あっ、私も何か……」


「エリアはまず休むんだ。ハッキリ言って、ダンジョン慣れしていない君と私達では、体力・精神の消耗の差が違う。慌てず、まずは休むんだ。これは命令だよ」


「……は、はい」


 少し厳しく言っているのかな。エリアは少し表情が曇った気がした。

 だが別に意地悪じゃなく事実だ。

 実際、彼女の顔色は良くなってるが、明らかに疲れが見えている。 


 この雪原を突破すれば多少は楽になるとはいえ、今のままでは駄目だ。

 だから休ませる。彼女は足手まといじゃなく、ちゃんと戦力だからね。


「準備が出来るまで木の実とか、何か摘まんで良いから。君は大事な戦力だからね。万全な状態でいて欲しいんだ」


「戦力……わ、分かりました! このエリア! 休みます!」


 なんだ、今度は明るくなったな。

 彼女、満面の笑みになったぞ。やはり最近の子は、喜怒哀楽の差が激しいな。

 まぁ元気いる内は良いけどね。

 

「師匠……いつか女性関係で刺されますよ」


「なんでだよ!?」


 調理準備していると、小太郎が縁起でもない事を言いやがったよ。

 そんな何股も出来る程、私はモテてないよ全く。

 

 しかし恋人――結婚に妻か。私には想像がつかないよ。

 

 私はそんな事を思いながら、魔法で火を起こし、肉を焼き、野菜を切り、木の実などを砕いてシチューを作っていく。

 そして最後は混ぜながら煮込んでいき、蓋を閉めて少し寝かせて完成だ。


「良し! 早速食べようか。この寒さだ。体力は思っている以上に減っている筈だ。食べれる内に食べて回復だ」


「どうぞ」


「あ、ありがとうございます!」


 私がそう言っている間にも、小太郎がエリアや私にシチューをよそってくれていた。

 そして彼が出してくれたパンも置いたし、早速食べよう。

 

 私は早速、シチューを一口食べてみた。

 味見をしていたから分かっているが、我ながら良く出来ている。

 程よい塩味と甘みのバランス。肉と野菜の旨みも染みて、木の実が良い歯ごたえを演出してくれる。


 そこにパンを熱々のシチューに付けて食べてみると、もう言葉は要らないね。


「あぁ……すっごく美味しいです! この木の実が良い感じで……!」


「懐かしい味です。よくダンジョン等で野宿する時は、師匠が作ってくれましたね」


「そういえばそうだったね。全く、時の流れは早いよ」


 本当にね。三十過ぎたら一気に加速した気がするよ。

 あぁ春だなと思ったら、もう夏か、そして最後は、えぇ! もう一年終わりなの!? 

――最近は、ずっと感じだよ。気付けば私も36歳か。いつまで無茶できるんだろう。


 あっ、そう言えば無茶で思い出した。


「ところでエリア。あれからノア達は何をしているんだ? 何か喋ったのかい?」


「んぐ? むぐむぐ――ゴクン! いえ相変わらず何も……ジャック殿にも実は依頼したのですが、連中の魔力量や特殊な魔法を使っているのか、情報が得られなかったのです。こちらからの尋問にも、ずっと創世、創世と同じ事ばかりです」


「そうか……しかしモンスタースタジアムの件もある。始高天の者達を、放って置けないな」


 メンバーがメンバーだ。

 ノア――彼も凄まじかった。アストライアがあったのもあって、危険度10のボス魔物よりも強かったな。


 他のメンバーも元騎士団の死刑囚・裏教会のボス。

 もし文字通り、創世なんて夢みたいな事を企んでいるなら、このメンバーだけで終わるとは思えないな。


「グアラ……奴はどうした? 三大裏ギルドのボスなら、多少でも情報――」


「不可能です。グアラ……


「死んだ!? 毒でも飲んだのかい!」


「いえ、牢屋に入れて数日後……あのノアとディオを捉えた二日前に、牢の中で血塗れで死んでいたのです。勿論、犯人は不明ですが、今となっては始高天の者達でしょうね」


 つまりは口封じか。確かにノアはグアラを末端みたいな事を言っていたし、代わりはいた人材を生かしておく理由は無いか。


「実際、痕跡はなくとも、あのノアという男は異常です。魔力を封じる魔封石の錠を五つも付けているのに、魔力が僅かに出ているんです。とんでもない男ですよ」


 確かにアストライアの力だけじゃなかったね、彼の実力は。

 実際、ノアの才能は凄まじく、アストライアも使いこなしていた。

 魔法も武芸も、一体どこであそこまで学んだんだ。


「そう言えば、良い機会ですから私からも、ルイス殿に聞いても宜しいですか?」


「うん、なんでも聞いて良いよ」


「いえ、あのノアを倒す程ですから。ルイス殿のレベルは幾つなのかと」


「あぁ、私のレベルは<36>だよ」


「――えっ」


 あれエリアの顔が固まったぞ。

 私の隣では小太郎は無視して食事をしているけど、なんだろう。何か言ったかな。


「……あぁ! 年齢ですよね! ルイス殿の年齢が36――」


「いや確かに年齢は36だけど、レベルも上がって<36>だよ」


「――嘘だ。いやいや絶対に嘘ですよね。だって、そんなレベルじゃノアに勝てる訳ないじゃないですか!」


 エリアは身を乗り出し、自身の顔を私の顔へ寄せて来た。

 うむ、やっぱり彼女は綺麗だな。芸術の様に美を感じる。

――って、そうじゃない。


 エリアも自分でやって顔を赤くしないの。こっちも勘違いしたらどうするんだ。

 そもそも――あれ、まさか言ってなかったか?


「もしかして、エリアって私のスキル知らなかったかい?」


「そう言えば聞いてませんでした……そうか、スキルがきっと凄まじく、一気にレベルが跳ね上がるスキルなんですね!」


「……まぁそんな感じだね」


 うわぁ、凄い瞳を輝かせて勝手に納得して、そして尊敬の念を感じるよ。

 これで実は、ただ相手のレベルよりも+5になるんだ。


――っていうか言える空気じゃないし、隣では小太郎が少し笑っていた。

 全く、酷い弟子だよ。


――しかし始高天。そしてノアか。このダンジョン攻略が終わったら、会いに行った方が良いのかも知れないな。


 そう心の中で決めながら、私達は食事を終わらせ、早い就寝を取る事にするのだった。


♦♦♦♦


 翌日、私達は早朝に食事を取り、素早くテントを撤収。

 まだ吹雪が止んでいる今が好機と、私は二人を誘導しながら再びニブル雪原を歩き始めた。

 

 道中で問題は、小規模の魔物と戦ったぐらいしかなく、昨日よりはマシだ。

 そして数時間歩き、昼前に私達ようやく辿り着いた。


「……ここだ。ここが『絶対凍土ツンドラ・マウンテン』だ」


「ここが危険度9・伝説の氷山……!」


「凄い……なんて美しいのでしょう。まるでクリスタルの山の様な」


 乱れた呼吸と白い息を吐きながら、私達は目の前の山――その入口で、山を見上げながら感傷に浸ってしまった。


 まぁ私は久し振りという感想だが、始めて来た二人は驚きと感動を抱いているようだ。

 見上げたまま動かないで、この透き通った水晶の様な氷の山を見続けていた。


 まぁ環境自体はニブル雪原よりも楽だけど、忘れるなよ。

 ここは危険度9のダンジョンだ。さぁ攻略開始だ。

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