第42話:冒険者+5:攻略開始! ニブル雪原
ニブル雪原の入口――正確には少し離れた場所だが、既に辺りは銀世界だ。
息は白く、事前に準備をしていなかったら、私達は凍えていただろう。
だが既に、私達は事前に準備した装備を身に付けている。
理由は当然、すぐにでもニブル雪原へ入れる様にだ。
そして私達は今、ニブル雪原入口より、少し離れた場所に一軒だけ佇んでいる大きな宿屋で馬車を止めた。
ここは元冒険者の店主が営んでいる宿屋で、ニブル雪原へ挑む者は必ず、この宿屋を利用する。
勿論、私もずっと利用しているが、基本的には宿泊ではなく、馬車などを預かって貰っているんだ。
「少し待っていてくれ」
私は馬車に乗っているエリア達へ、そう言うと馬車を降り、宿屋の扉へ向かう。
だが、それよりも先に扉は開き、中から私が会いたかった店主が出て来た。
そして店主――すっかり中年の貫録のあるオールバックの男<ガルドさん>は、私の姿を見て嬉しそうに笑っていた。
「よぉ! 窓から見えてから出てきたら、やっぱりお前か、ルイス!」
「ガルドさん! 今回も良いかな?」
私とガルドさんはそう言って強い握手をし、彼は満面の笑みで頷てくれた。
「おう! いつも通り、預かっておくから安心して『蒼月華』を採って来い!」
そんな事をガルドさんは馬を撫でながら、気楽な感じで言って来たよ。
全く、私を知っている人は皆、なんで簡単に言うかな。
油断しなくても、普通に死ぬ可能性のあるダンジョンだっつの。
「そんな簡単な場所じゃないって……それで、今は何人ぐらいですか?」
「……二百ちょいだな。死んだと確信できる連中は」
「開花して10日でこれか。いつもの事だが、ギルドも何か言うべきだ」
「あぁ……同感だ」
私とガルドさんは、気持ちが分かるから、そう言って頷き合う。
全く、ただの冬国対策で来る連中もいるが、死ぬだけだぞ、それじゃあ。
「ちょっ! ちょっと待って下さい! 今の話、本当なのですか! 既に二百人も死んでるって……!」
慌てる様なエリアの声が背後から聞こえてくる。
それに声だけも分かるから、振り返らなくても分かるよ。
きっと、なんでそんな冷静なのかとか、何故止めなかったのかとか、そんな事を彼女は思っているのだろうな
「うん? 嬢ちゃん……そして小僧も、一体誰だ?」
そんなエリア、そして小太郎の姿にガルドさんが気付いたが、そうだった、紹介してなかったな。
「彼女はエリア、隣の青年は小太郎です。私の協力者と弟子になります」
「ほぉ、お前さんの協力者に弟子……しかし、お前がこのダンジョンに同行者を連れ来るとはな。――大丈夫なのか?」
二人を観察しながら、ガルドさんは私へ鋭い視線を向けてきた。
きっと、この人は私だけ生き残ると確信している。
そんな場所へ、二人も同行者を連れて来て、生きて帰す自信はあるのかと聞いているのだ。
「必ず生きて帰しますよ。それで私が死ぬ事になっても」
「ルイス殿! そのような事を言って! それに私は騎士です! そうそう死にはしません!」
「……そこまで弱くはありませんよ、俺は」
エリアと小太郎が、私の言葉に少し怒ったようだ。
勿論、自身の実力を疑われたのもそうだが、私が自身の命を軽く言ったからだろう。
二人の性格も分かっている。
だからそう分かったが、二人は全く分かっていない。このダンジョンの怖さを。
「ダッハッハ! 確かにこりゃルイスがいねぇと死ぬわな!」
エリアと小太郎の言葉に、ガルドさんは大笑いした。
しかし馬鹿にした訳じゃない。ここからのダンジョンを理解している者には当然の反応でもあるさ。
「お前さんら、まさか大自然相手に、殴り合いでもするつもりで来たのか? 実体のなく、恩恵であって災害! そんな相手に拳が聞くか! 良いか、ルイスの関係者だから言ってやるが、絶対にこいつの言う事は守れ! そしたら絶対に死なん!!」
ガルドさんはそう言って怒鳴る様に、けれど確かな優しさがある言葉を二人へ投げた。
しかし、またハードルを上げてくれるよ。
絶対は無いって知っているのに言うんだから。
ほら、二人も突然の事で理解が出来てなく、唖然としているよ。
でも私の事を除けば、確かに事実だよ。
殴って吹雪が静まるならいいさ。恐喝して気温が変化するなら楽だ。
だが、それは効かないんだ。この銀世界の大自然には。
「そうだルイス。大丈夫だと思うが、便乗共やハイエナには気を付けろよ。既にスタンバイしてるぞ」
そう言ってガルドさんが指差す場所――ニブル雪原の入口には、冬用装備を着こんだ冒険者達が大勢いた。
あれも毎回の光景だ。本当に懲りないな。
「あのルイス殿、なんですか……便乗共とハイエナって?」
「文字通りの意味になるよ。――便乗共ってのはつまり、熟練の冒険者の後ろを付いて行って安全に行こうと考えている連中だ。そしてハイエナ。彼等は『蒼月華』を持ってきた冒険者から奪う為、入口で待機している連中さ」
「……愚か」
小太郎も呆れてるし、エリアもドン引きしているね。
けど、実際それは事実だ。
便乗した程度で辿り着けるなら苦労はないし、採って来れた冒険者は熟練且つ歴戦だ。
毎回、大体は返り討ちに遭った死ぬだけだ。
勿論、便乗者もだ。すぐに大自然に振るいに掛けられる。
「馬車は預かっとく。気を付けていけよ」
「はい。エリア、小太郎……行くよ。ここからは絶対に私の指示に従う事。良いね?」
「は、はい!」
「承知」
私は二人へそう言い聞かせると、いよいよニブル雪原へ進んで行く。
後ろから二人の足音も聞こえてくるし、この距離感を保てれば良いんだが。
ここは銀世界って言っても、まだ日が差していて雲も少ないし魔物もいない。
だから油断してしまうが、ダンジョンに入れば、すぐにマナの影響で天候が変わるんだ。
「この距離感を保とう。ダンジョンに入って暫くしたら、天気はすぐに変わるよ」
「はい!」
「承知」
私はそう言って二人と共にニブル雪原の入口に来ると、周囲の冒険者やハイエナの視線が凄く刺さる。
だが私達はそれを無視し、歩みを止めずに進んで行く。
すると後ろからの足音が露骨に増えたのを感じた。
きっと装備などを見て、私達をマークしたか。
「……全く、自力で採れないなら帰れば良いものを」
私は小さく呟きながらも振り返る事はせず、真っ直ぐに進んで行く。
ここからでも見える目的地――『ツンドラ・マウンテン』を目指して。
♦♦♦♦
雪や氷で歩きづらい地面を歩いて一時間、大自然の挨拶が始まろうとしていた。
「くっ! あんなに天気だったのに、凄い吹雪……!」
「まさかこれ程、天気の変化が激しいとは……」
「まだ序の口だ! こっから先はもっと凄くなる。本当にマズイと思ったらすぐに言え!」
ダンジョンがダンジョンなだけに、私の口調も強くなる。
顔もフードやマスクで隠しているが、それでも正面の視界が悪くなっている。
ただ唯一の幸運は、どんなに荒れた天気でも『ツンドラ・マウンテン』は見え続ける事。
だから迷う事はない。単純に脱落するかどうかだ。
♦♦♦♦
私達は更に進んで行った。
既に3時間は経ったか、それだけで周囲は豪風雪で視界も音も、近くにいないと意思疎通も出来ないだろう。
だから私は頻繁に振り返り、二人の様子を見た。
エリアは呼吸が荒いが、まだ余裕があるようだ。進むペースは乱れていない。
小太郎も辛そうだが、同じく大丈夫そうだ。
――問題は連中か。
「随分と減ったな」
「えっ……?――あっ! あんなにいたのに」
私の言葉を聞いて、エリアも後ろを振り返った。
すると、そこには先程まで50人はいたであろう者達が、既に20人未満にまで減っていた。
また遠くにはシルエットだけだが、倒れている人らしき者も見える。
引き返したというより、文字通り脱落したか。
私達はエルフ族の『太陽』の装備だから、まだマシだが、ただの冬用装備の彼等は既に極寒で凍えている筈だ。
しかも、ここからは――
「……そろそろ気を付けろ。ここからは魔物が――」
「うわぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
私が二人へ注意しようとした時だった。
吹雪の中でも聞こえる悲鳴が、私達の耳に届いて一斉に振り返った。
『ガルルルル!!』
「来るな! 来るなぁぁぁ!!!」
そこには四足歩行の獣型魔物――スノーデビルの群れ。その姿があった。
スノーデビルは後ろの便乗者を達に襲い掛かっており、そして一部は私達にも気付いた。
「気付かれました!」
「戦闘優先!」
「あぁ! 地の利があるのは連中だ! 気を付けろよ、来るぞ!!」
『ガルルルル!!』
私達は荷物を置いて武器を構えた。
そんな私達へ、スノーデビルの群れは牙を剥いて私達へ襲い掛かって来た。
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