第28話:創世のノア 対 冒険者+レベル5

 私は、背後から追いかけて来るベヒーモスを一切見ず、奥へと吹き飛んだノアにだけ意識を向け追いかけていた。

 そして数分も関わらず、少し広い場所へと出た。


 周囲が木々で囲まれた花畑。そこだけが聖域の様に綺麗な空間だ。

 そこに彼――ノアはいた。吹き飛んで木にぶつかって止まった様だが、木が凹んでも、どうもノア自身にダメージがある様には私に見えない。


 雰囲気から余裕を感じる。

 実際、ベヒーモスが私を無視して彼の下へ向かうと、ノアはゆっくりとだが、問題なく立ち上がった。


 やはりダメージはなかったようだ。

 顔にも僅かに傷と汚れしかないし、先程のスキルで防御力が上がっていたんだな。


「……驚いた。どうやら油断していた様です。――ダンジョンマスター、アナタのスキルは、何か補助的なものなのでしょう? デーモンゴーレムに善戦する実力で、私に傷を付けた理由は、それしかない」


「当たらずとも遠からず……だな」


「それしかないでしょ? しかし、私に攻撃を当てたのも事実。――どうです、グアラの抜けた穴に、アナタが入りませんか? アナタの程の男なら始高天の一員に入れても良いと思います」


「――断る。グアラの件といい、このダンジョンといい。君達のやっている事に正しさを感じない。それは冒険者以前に、一人の人間としてね」


「……つまらない答えだ」


 露骨に失望したって口調だな。

 だが、この手の人間は自身を特別視するタイプだから、行動を否定すると怒るんだ。

 だから、今の勧誘も事実上、私が頷かない時点で完全敵対決定なんだよね。


「ならば会話は不要。仲間のなるならともかく、断るなら邪魔な存在です。――ベヒーモス」


『グオォォォォォン!!』


「な、なんだ……肉体が!?」


 私の目の前でベヒーモスに異変が起こった。

 それは変異と言えば良いのか――ベヒーモスは身体の箇所を次々に変化させている。


 角は更に鋭利に、そして炎や雷等を纏って属性まで得ている。

 体毛も更に増え、皮膚の一部も鉄の鎧の様に肌色と質感が変化した。

 

 そしてレベル<65>が<72>へ上がっている。

 だが、どういう事だ。長年、ダンジョンに潜ってベヒーモスとも何度も戦っているが、こんな姿になる個体なんて知らないぞ。


 私は困惑しながらノアを見ると、彼は静かに笑っていた。


「どうですか、素晴らしいでしょう! これが始高天の実験の成果……私のスキル『魔物合成』の力! あぁ……芸術とはこうものかも知れませんね」


「実験……魔物合成……!?」


 そんなスキル聞いた事がない。

 だが理解したぞ。ディオが言っていた実験とは、この事か。

 この変異したベヒーモスが暴れた事で、このガリアン森林の魔物達を刺激し、生態を狂わせたのか。


「遊んであげなさい……タイラント・ベヒーモス!」


『グオォォォン!!!』


 凄い咆哮だ。大気が揺れて、木々も悲鳴を上げているぞ。

 まずはこっちから対処しないと駄目か。


 私はノアに注意を向けながら、ベヒーモスへ身構えた時だった。

 不意に、私の腰からエミックが飛び出した。


『――』


「エミック!? どうした、何かあるのか?」


 いつもと違う感じのエミックに、私も少し呆気に囚われた。

 

「なんですか? そのちんけなミミックは……」


『!!!』


 ノアの言葉に対してもそうだが、理由が分かった。

 エミックの機嫌が悪すぎるんだ。このベヒーモスが気に入らないんだな、きっと。


「……任せて良いのか?」


『~♪』


 私の言葉にエミックは闇の腕を出してグッドサインを見せる。


「分かった……頼むぞ相棒」


『~~!! ~~!!』


 凄いやる気だ。闇の腕でジャブして、ベヒーモスへ威嚇してるよ。

 だがエミックが相手をしてくれるなら助かる。

 ハッキリ言って、このノアという男――他に意識を向けながら戦うには、あまりに強い。


「アハハハハ! 意外性だけならば本当に大した者です! そんなミミックで何が出来ると――」


 ノアが大笑いした直後だ。

 私は彼が後悔すると思っていると、案の定、エミックが動いた。


『――』


 エミックが口を開けた瞬間、今まで出してきた闇の腕とは比較にならない大きさの腕を出し、そのままベヒーモスを掴んで放り投げた。


「なんだと!?」 

 

 これにはノアも驚いているな。

 そりゃ見た目だけなら普通の宝箱サイズのエミックだ。

 ベヒーモスで一潰しだろうと思ったが、嘗めるなよ。


 私の相棒は――滅茶苦茶、強いよ。


『グオォォォン!?』


 投げられて地面に叩き付けられたベヒーモスだったが、ゆっくりと立ち上がってエミックの方を見る。

 それに対してエミックもぴょんぴょん跳ねながら、ベヒーモスの下へ向かうと、その口を大きくあけた。


――瞬間、闇が一気に噴き出し、形を形成していく。


 エミックから出た闇は、蜘蛛の様な八本の脚を作り、鋭利な爪を持つ四本の腕。

 そしてドラゴンの様な頭部と翼を形成し終えると、その頭部に巨大な一つだけの金色に輝く瞳が開く。


 これが私の相棒エミックの――エンシェント・ミミックの真の姿だ。 


「なんだあれは……! ただのミミックではないのか!?」


「エミック――エンシェント・ミミックはに生息する希少種のミミックだ。そのレベルは<>だよ」


 私はそう言ってノアへ教えてあげた。

 彼の入った間合いで。


「なっ!?」


 戦闘に関して彼は油断し過ぎだ。私が間合いに入っても、構えも対処も遅い。

 きっと、その『守護領域』とかいうスキルで楽をし過ぎて、経験が足りないんだな。


 だが容赦は出来ないぞ。私は脚部に氷魔法を纏わせ、そのまま一気にノアの腹へ叩き込む。


絶氷脚ぜっひょうきゃく!!」


「ガハッ!!」


 口から酸素と唾液を吹き出し、氷が侵食しながら彼は吹き飛んだが、今度は受け身を取ってすぐに立ち上がっている。

 

「がぁ……! 馬鹿なぁ……今度はしっかり守護領域を張ってい筈だ! なのに……これではまるでぇ……奴が私のレベルを……!」


 腹部を抑えながら信じられない様な表情で色々と言っているが、私は少し同情してしまう。

 私にも『+Level5』というスキルがあるが、もしそれだけに頼っていたら、あぁなっていたのは私だったのだろう。


 ノア――彼には才能がある。それは間違いない。

 強化している訳でもなく、素でレベルが<80>なんだ。

 才能だよ。天が与えたかの様な絶対な、ね。


「ベヒーモス……!!」


 だが彼はベヒーモスに援護させようと、そちらの方を見たが彼は目を丸くする。

 私も釣られて見て、目を丸くしたよ。


――だって、エミックがベヒーモスに馬乗りになってタコ殴りにしてるんだから。


『グオッ!? グッ! グオォォォン!!?』


『――――』


 怖いよ。なんで無言で殴ってるんだ。何が気に入らなかったんだ。

 来る前なんて、あんなにエリアのお尻を嘗めてご機嫌だったのに。


「役立たずめぇ……こうなれば!」


 おっと、余所見している暇はないな。

 私はガントレット・ブレードを構え、ノアを見ると彼は手に魔力を込めた後、一瞬だけ光った。

 

 するとノアの手には槍の様な、剣の様な、持ち手以外が全て刃の白銀の武器があった。


 なんだあれは? まるで魔剣の様に存在しているだけ凄い魔力を感じるぞ。 


「それは……魔剣か?」


「クククッ……否、これは聖槍でもあり聖剣でもある、神話にもある伝説の武器だ。天を支配し、地を制する魔力を持つ聖槍剣――アストライア! そしてこれが、アストライアの力だ!! ――ゼロ!」


「ッ!」


 ノアの手に、白く輝く魔力が見えた瞬間、本能が告げた。避けろと。

 私は考えるよりも先に身体の反射に身を任せた。

 身体は覚えている。危機への対応を。だからすぐに横へ飛んで難を逃れた。


 だが直後、避けた方角の後ろから何かが倒れる様な轟音が聞こえ、私は振り返る。

 すると、そこには綺麗な円上に抉られた木々が倒れる光景があった。


「抉った……? いや、あれはまるで消滅したかの様な……!」


「そう! それこそが聖槍剣の恩恵! 無の魔法の習得! 触れたものはオリハルコンを除き、全て消滅させる!!――ゼロ・ブレイド!」


「っ!――重力魔法!」


 私は奴の言葉を聞き、確かめる為に賭けに出た。

 ノアが白く輝く魔力の剣を生み、私へと投げた。

 それに対し、私は重力魔法を纏わせたガントレット・ブレードで迎え撃つ。


「うおぉぉぉぉ!!」


 触れた瞬間に分かる。軽い様な、とんでもない重さの様な、理解の範疇から抜けた無の魔力の力を。

 だが私も、ガントレット・ブレードも消滅していない。重力魔法もだ。

 これならやり様はある。


星重波せいじゅうは!!」


 私は悲鳴を上げる身体に鞭を打ち、ガントレット・ブレードに纏わせた重力魔法を放ち、そのまま奴の魔法を消し飛ばす。

 そして、そのまま重力の斬撃はノアへと迫る。


「なっ!?」


 ノアは咄嗟にアストライアを盾にして防ぎ、そして直撃したが、アストライアには傷一つ入っていない。


「なんて武器だ……あれは、人が持って良い物ではない」


 私は理解する。先程からの攻撃も魔法の概念を壊すもので、私が放った攻撃も上物の武器でも破壊する自信があったが結果は無傷だ。

 駄目だ。人は使ってはいけない。厳重に封印し、誰の手に触れもいけないものだ。

 

 だから勝たねばならない。

 今、あの程度で唖然としているノア――奴の手に持たせてはいけない。


「無の魔法を……防いだ? オリハルコン製か……しかし、それだけでは説明がつかん。私の魔力が負けたのか、奴に。――何なのだ、貴様は?」


「ルイス・ムーリミット……ただの冒険者だよ」


「貴様の様な、ただの冒険者がいるか!! 第三スキル『覚醒』!!」


「うおっ!!」


 突如、吹き荒れる強風に私は思わず膝を付く。

 ノアから魔力が放出――いや溢れているんだ。しかもこれは嵐だ。魔力の嵐を生むほどの魔力なのか。


「これは……まさかレベルが――」

 

 力量の瞳が『Level5』のスキルが警告してくる。

 危険だと、対応しろと。

 

 当然か、今ノアのレベルは<90>になったのだから。

 これは有り得ない領域だ。

 歴史上、数えても数人しかいなかった英雄のみが入った領域だからだ。


 そして嵐が僅かに収まると、ノアも姿を現す。

 ローブは真っ白に染まり、彼の周囲に無の魔法で作られた羽が周囲に存在している。

 まるで神にでもなったつもりの様だ。


 だが、そこまでレベルが上がると私も上がるんだ。

 今の私はレベル<95>だよ。


 今度は私から、ノアを上回る程の魔力の嵐が生まれ、彼の魔力の嵐を呑み込んだ。

 そして周囲の草木を壊し、肉体から溢れる魔力によって私の姿は彼にもまともに見れないだろう。


 青い炎に呑まれた人間、そして黄金の眼光だけだろうな。見えているのは。


「本当に何なのだ……お前は?」


「残念ながら……本当に、ただの冒険者だよ。しかし、その聖槍剣相手には、まだ足りないな。だから使うよ、』だ」


 第四スキルを使う。

 今の状態で使うのは少し怖い。

 エミックや、レイとエリア達が巻き込まれてないと良いが。


 だが、これで私の勝ちは決まった。

 私の『+Level5』は相手のレベルよりも+5にする。

 そして『オール+5』は、それでも相手が上回ってる能力の値+5を、私の力にするスキルだ。


「さぁ、決着を付けようか」


 ただのおっさん冒険者に、これは堪えるからね。

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