第27話:冒険者+5:襲来 始高天の長

 コイツ、間違いなく普通じゃない。

 死んだ魔物の血。それが流れている川の水を平然と飲んでいるんだぞ。

 そして平然として、血で固まったボロボロの刃の剣を、私へと向けてきた。


――敵だ。間違いなく。しかもヤバイ分類の。


「ルイス殿!」


「先生ぇ~!」


 二人も目の前――顔に古代文字の刺青に、青髪の独特な髪型の男<狂神のディオ>に気付き、私の傍に来てくれた。


「おおぉ……いいねぇ。こんなに良いのかい」


 ディオは獲物が増えてた事に喜んでいるのだろう。

 この狂人の声が、喜びで溢れてるよ。


「お前が、このダンジョンの異変の正体か?」 


「難しいなぁ……ゴリラをヤッたのは俺だが、今は実験中だから、そのせいかもな」


「実験?」


 なんだ実験って。変な魔法でも試しているのか?

 私は静かにレイへ視線を向けるが、レイは何も感じない首を横へ振っている。

 

 だが碌でもない事に違いない。私は無意識に身構えた時だった。

 エリアが一歩前に出た。


「貴様……ディオか? 嘗て王国騎士団・副団長の地位にいたという」


「なんだって? エリア、奴を知っているのかい?」


「私も資料で読んだだけです。なにせ、私が入団する前に極刑を言い渡された男ですから」


 おいおい、仮にも副団長だった男なのか。

 しかも、その地位で極刑って何をやったんだ、この男は。


「副団長・狂いし剣技<狂剣きょうけん>のディオ。その型破りの剣技は数々の剣士を倒す程のものだったとか。――しかし、戦闘狂とも違う異常行動も目立ち、最後は民間人等も無差別に斬り掛かった事で団長に倒され、極刑になったと聞いてます」


「思い出した……嘗て、脱獄した極刑囚。高額賞金も掛けられてる犯罪者。暇潰しで読んだ、王国の危険リストに載ってた」


「つまりは……狂った犯罪者か」


 私は賞金稼ぎの冒険者じゃないから、そっち方面は分からない。

 だが、ここで見過ごして良い存在でもなさそうだ。


「俺を知っているのかい? 女……何者だ?」


「現・王国騎士団・副団長! エリア・ライトロードだ!」


 私達がエリアの凛とした言葉を聞く中、ディオは嬉しそうに笑みを浮かべていた。


「副団長……! って事は、お前が俺の後釜か! いいねぇ後輩か! これも縁だな……勿体ないが、見逃してやる。とっとと、ここ去るならな」


「断る! 誇りある騎士団を汚し、民を害し、自身の罰からも逃げた貴様はここで捕縛する!」


 そう言って身構えるエリアを見て、私とレイも構える。

 彼女ならそう言うと思ったよ。私もそのつもりだったからね。


「成程なぁ……グランそっくりだな、お前。少しは楽しめそうだ」


 奴も身構えた。剣を右逆手に持ち、鞘を左腕に持ってトンファーの様に持っている。

 完全な接近戦特化の構えだ。油断できないと、私は『力量の瞳』を開眼する。


 ディオのレベルは<60>か。

 ならレイと同じレベル。どうりで『+Level5』が発動しない筈だ。

 それなら私のレベルは<65>のまま。

 

 そしてエリアはレベル<53>か。成程、始めた出会った時よりも、随分成長している。

 後はスキル次第で変動するだろうが、それは相手も同じだ。

 

 だが私とレイもいる以上、負ける事はない筈だ。

 私は小さな声でレイだけに聞こえる様に呟いた。


「レイ……援護を頼む」


「ばっちこ~い」


 レイはいつも通りの感じだが、杖を握る手が強くなったのを私は気付いている。

 万が一の時はレイに頼み、私はエリアと接近戦だ。


 互いに覚悟を決めた様で、後はタイミングを見計らって――


「――この者達の相手。アナタ一人では少々、手に余るでしょう」


『ギャオォォォォン!!!』


 それは突然の咆哮と共に、森林の中から現れた。

 山の様な黒き巨体に五本の強靭な角。ワニの様に広い口とナイフの様な牙。

 間違いない。多少、姿に差があるが、この魔物は――


「危険度9ダンジョン――そこに生息する魔物『ベヒーモス』か!」


 それは危険度9以上のダンジョンにのみ生息する魔物ベヒーモスだった。

 ありえない。どう間違えようが、ベヒーモスが自身でダンジョンを出る事もないし、明らかに人的な何かがある筈だ。


 それは多分――ベヒーモスの傍に立つ、ディオと同じローブを纏う人物が、その元凶だろうな。

 ヤバイ威圧感が凄く伝わってくるし、何より『+Level5』が強制発動したぞ。


 あのベヒーモスがレベル<65>だ。若干、弱い個体なのか?

 そして、あのローブの人物――レベル<80>だと!?

  

「君は……何者だ?」


 私の言葉にローブの人物は黙って、フードを獲る。

 そして現れたのは白髪の、少年と思ってしまう程に整った顔の男だった。


「私は<創世のノア>――始高天の長をしております。会いたかったですよ、ダンジョンマスター」


「私を知っているのかい?」


「ククククッ……デーモンゴーレムとの戦い。離れた所から見せてもらってました。素晴らしい力を御持ちの様だ」


 余裕に満ちた言葉だ。強いと分かっているんだ自身が一番。

 この男が、始高天の長だと。しかもデーモンゴーレムの戦いと言う事は、先日の戦いに裏で関わっていたのか。


 さて、どうするか。奴が戦うなら、相手をするのはレベル<85>となった私だ。

 既に魔力で溢れそうで、抑えるのが大変だよ。


「――ビッグバン」


 だが考えていた私よりも、先に動いたのはレイだった。

 レイは小さな火球を、早い速度で彼等へと放ち、接触しようとした直後に大爆発を起こした。


「レイ……!」


「レイ殿!?」


「アイツ、危険……!」

 

 凄い爆風が起こったが、レイが結界を張ってくれて私達は何とかなかった。

 先手必勝か。あのレイがそれを選ぶ程にヤバい相手だと、君も理解したのか。

 だが、きっと連中は――


「挨拶でこれとは……少々、礼儀がなっていないのでは?」


「無傷かい……!」


 爆風が晴れると同時に、姿を現したノア達。

 彼等は焦げ跡一つなく、干渉がなかったかのように無傷だった。


 化け物かい。いや高度な魔法かスキルの筈だ。


「それとも、火遊びしたい年頃かな、お嬢さん?」


「……イラッ」


 ノアの言葉にレイは露骨に表情に怒りを見せるが、冷静でいてくれよ。


「変わったスキル……それか魔法かい?」


「えぇ、他愛もない第一スキルですよ。私のスキル<守護領域>は、私のレベル以下の者からの攻撃を防ぐ。それはレベル差があればあるほどに」


「長……そろそろ良いですか?」


 ここでディオも動くか。ベヒーモスは飼いならされているのか、何故かジッとしている。

 こうなったら、弟子に習って私も――


「ハァッ!!」


 私は素早くノアへ駆け寄り、彼の顔面へドロップキックをかまそうとする。

 普通なら避けるだろうが、彼等は普通じゃない。


「クククッ……分からない人だ。私の守護領――ゴバッ!!?」


 良し! モロに顔面に喰らわせた!

 予想通り、この手のスキルならレベルが上の相手には無力な筈だ。

 

 ノアはそのまま吹き飛んでいき、私はその後を追うとした。


「レイ! エリア! ここは頼むぞ!」


「なっ! 長!? 馬鹿な! お、追え! ベヒーモス!!」


『ギャオォォォォン!!!』


 私がレイ達に後は任せたと同時にディオも、一瞬何が起こったか分かっていない様子だったが、すぐに我に返ってベヒーモスを私へ差し向けてきた。

 だが好都合。このレベル差なら、私一人で何とかなる。


 こうして始高天と私達の戦いが幕を開けた。


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