第25話:冒険者+5:強襲! ガリアン森林

 結局、逃げられませんでした。


「よ~し! 行こう!」

 

 騎士団所有の馬車をエリアが借りて来てくれて、それを私が操作する。

 その後ろでエリアと、何故か突然現れて、しかもダンジョンに付いて行くと譲らなかったレイがいる。


 エリアは休みだから良いとして、レイは大丈夫なのか?

 王国魔導衆――つまりは王直属の魔法機関だぞ。

 休みがあっても、基本的には魔導衆本部から出てこないと聞いていたが。


「仕事は大丈夫なのかレイ?」


「余裕……やりたい事は大体やってきた。今は息抜き」


「息抜きって……私達は遊びに行くんじゃなく、ダンジョンに行くんだぞ?」


「先生となら、どこでも息抜き」


 そう言いながらレイは足をバタバタさせている。

 やれやれ、本当にマイペースなのは変わらないな。

 けどレイは優秀で強い。万が一、魔法やマナ関係で何かあれば頼りになる。


「しかし驚きました。オリハルコン級ギルドだけではなく、王国魔導衆の筆頭魔導士までルイス殿の御弟子さんだとは」


「先生は教え方がうまうま」


「いや、私はダンジョンに関してとか魔物についてとか教えてないさ。寧ろ、レイからは私が学んだ側だ。――私が使う特殊スキルの基礎魔法や上級魔法は全て、レイから教えてもらったものなんだ」


「わたしも、うまうま」


「な、成程……」


 エリアは納得してくれたようだが、レイの不思議な雰囲気に少し困惑している様だ。

 まぁ私も初めてレイと出会った時は驚いたものだ。


 まさか母さんから来客が来てると言われて、部屋に行ってみれば私のベッドでレイが堂々と寝ているんだからね。

 そしていざ起こしても、寝ぼけながら――


『弟子、志望する……弟子にしてぇ~』


 こんな感じだから意思疎通をするのも苦労したけど、マイペースなだけで根っこも他の弟子同様に優しい子だ。


「しかしレイ、よく私がダンジョンに行くと分かったね。もしかしてクロノとの会話を聞いてたのか?」


「見てたし聞いてた。先生を暇潰しで観察してたら懐かしくなって、一緒にダンジョン行きたくなった」


 暇潰しで観察しないで欲しいな。私にだってプライベートはあるんだけどね。

 魔法の才能があるだけあって、こういう事に無駄使いするのも昔からだし、栓無き事だ。


「あぁ……ゴホンッ! それでルイス殿の、今向かっているダンジョン――『ガリアン森林』とは一体どの様な所なのですか?」


「ん? あぁ、あそこは良い意味で自然が多くて良い所だよ。森林って言われてるけど、平原だってあるんだ。ただ、環境の良さ故に生息する魔物も種類豊富でね。――確か平均レベルは<30>だね」


「レベル<30>とは……ドクリスの森よりも高いですが、それでも危険度は5なのですか?」


「ドクリスの森は、魔物達の狡猾な生態やドクリス自身。何より環境もあっての危険度7なんだ。だがガリアン森林は環境事態は平和だし、魔物だって温厚なのも多いんだ」


 だから魔物のレベルだけ見ると、ガリアン森林の方が危険だが、そのダンジョンを理解すると危険度の意味だって分かってくる筈なんだ。

 良い機会だし、エリアにも色々と学んでもらおう。


「……ただ今回の依頼。ガリアン森林の生態調査ってのが引っ掛かる。何やら魔物達の様子が変だと依頼書には書かれていたけど、そんな事は今まで聞いた事がないからね」


「きっと何かある。ダンジョンで異変、自然現象の可能性は低いから。良くて余所の魔物が入り込んだ――悪くて人為的な何かがあった」


「人為的……まさか『骸の贄』の残党が!」


「……う~んどうだろう」


 どうも三大裏ギルドとはいえ、あそこはボスだけで動いていた様なギルドだ。

 そのボスが投獄されて壊滅した今、残党の者達にダンジョンで問題を起こす行動力があるとは思えないな。


「逆だと思う。タイミング……今なら残党のせいにできるから、寧ろ別の勢力が動いてる可能性が高い」


「もしそうだとすれば、騎士団にも連絡した方が良いのでしょうか?」


「いや、まだ何が起こってるのかも分からないんだ。下手に騎士団を動かすのは待ちたい」


 ただでさえ『骸の贄』壊滅で王都や周辺の街で、ここぞとばかりに罪を犯す者が増えている。

 だから騎士達は治安維持の方に動いてもらった方が良い。


 しかしなぁ。この依頼がオリハルコン級ギルドにも持ち込まれている事が気になるな。

 依頼人の名前が匿名になってもいたし、他のギルドにも回されてる可能性が高いな。


――やっぱり嫌な予感はする。万全な準備をして良かったかもしれない。


 本当ならミアにも声を掛けるか迷ったが、数日前に彼女のギルドの人達に連行されて行ったしな。

 

『仕事しろ! ギルド長!!』


『うわぁぁぁ嫌だぁぁぁぁ!! センセイ! 助けてぇぇぇ!!』


 我が弟子ながら哀れな姿だった。

 大人数でミアを引っ張り、仕事の為に連行とは。

 

「大丈夫! そのためにレイがいる。わたしがいれば最強。任せて先生」


「わ、私だってレベルもスキルも上がってるので任せてください! ルイス殿の為にも頑張ります!」


 しかしどうやら大丈夫そうだ。

 レイにエリア。二人の実力は知っているし、今回はエリアも動きやすい場所でもある。

 後は私も先入観を捨て、油断せずにダンジョンに挑むだけだ。


 そんな想いを胸に、私達はガリアン森林へと向かうのだった。


♦♦♦♦♦♦


 それはガリアン森林の入口へ近付いた時だった。

 突然、馬車を引いていた馬達が止まった。


「どうしたんだ?」


「どうしました? 馬達に何か?」


 私は手綱を操るが、馬達は嫌だと言わんばかりに首を振って走るのを拒否している。

 心配になったエリアが降りて馬の様子を見るが、エリアは私へ首を振った。


「駄目です。どうやら怯えている様ですね」


「怯えるだって……ガリアン森林で、そんな事は一度もなかったが」


 私は何があるのだと正面にあるだろう、少し離れた入口の平原を見る。

 最初は何も感じなかった。風の通る普通のガリアン森林だ。

――そう思ったのも束の間。私は風に乗ってくる異臭に気付いた。


「なんだ、この匂い……?」


 それは嘗て、魔物の大群と対峙した時の匂いによく似ていた。

 どういう事だ。まるでガリアン森林中の魔物が集まっている様な、この感じ。

 

 それに鳥や他の動物の鳴き声すら聞こえないとは。

 まるで森林が死んだ様な感じだ。


「先生……多分、ここ危ない」


「私もそう思う。依頼人が匿名なのは、恐らく複数の冒険者達からの依頼で把握できなかったんだ」


 そりゃ、どんな未熟な冒険者でも気付く。

 どうりで異変を感じたとか生態調査とか、そんな曖昧な依頼だと思ったよ。


「馬車はここに……少し様子を見に行きましょう」


「その方が良さそうだ……」


 私も馬車から降りて、エミックを腰に付け直す。

 レイも降りてくると私達は三人でガリアン森林の入口へと歩いて行く。


 ♦♦♦♦♦♦


 私達は、ガリアン森林の入口である平原へと出た。

 平原とはいえ多少の木々があり、少し離れた場所には森林がある。

 目的地は、あそこだ。しかし平原でも既に異変は起こっていた。


「なんだこれは……あちこちに動物や魔物の死骸があるなんて」


 草に隠れ、まるで食い荒らされた様な魔物や動物の死体が、そこら中に転がっている。

 エリアは口や鼻を思わず手で覆い、レイは興味深そうに周囲を見ている。

 そして私は死骸に近付く、明らかに爪や食われた痕跡があった。


「何かいるぞ……このダンジョンに」


「どうやら、これはこのダンジョンの本来の姿ではないのですね」


 そう言ってエリアは剣を抜き、周囲を警戒する。

 私もガントレット・ブレードの刃を出し、いつでも対応できる様に辺りを見ていた時だった。

 

 不意に私達を覆う。


「上だ!」


 私はそう叫んで上を見ると、そこにいたのは人と同じぐらいの大きさの鳥型魔物――<スカイヘッド>の群れが、爪を向けながら私達へ降りて来る。


 そして同時に起こる地響きと共に、大地が割れて人面大樹の魔物――<喜怒大樹>の群れが、笑ったり、怒った様な顔の模様を出しながら現れる。


 更に奥の森林から飛び出してくる、四足歩行の獣――<シャドウガルム>の群れが。

 

「これは一体……!」


「団体さん……」


 私は少し下がると、エリアとレイも同じ様に動いていたので互いに背中を合わせる形となった。

 これで背中は気にしなくて――いや、そんな話じゃないな。


「先生、やっぱり変。これ」


「あぁ! だが、話はまずこの状況を打破してからだ。――来るぞ!」


 私の言葉を皮切りに、魔物達は一斉に向かってきた。

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