第24話:冒険者+5:クロノの依頼と魔法使いの弟子
あれから私は暫く、案内してくれた受付女性の方とお喋りをした。
今のクロノの事や、弟子時代のクロノの事。
変わった部分もあれば、変わってない所などを聞いて互いに話していると、執務室の扉が開いてクロノが現れる。
「勝手に人の話をしているのは誰ですか?」
どうやら少し盗み聞きしていたのだろう。
クロノは少し不機嫌そうで、それを見た受付女性は苦笑しながら執務室を出て行ってしまう。
「そ、それでは失礼します……!」
「全く、彼女には困ったものです」
不機嫌そうな感じのクロノだが、言葉を聞けば分かる。
別に本気で怒っている訳ではなく、照れ臭いだけなのだと。
「良いじゃないか。私は今のクロノの話が聞けて嬉しかったよ」
「そういう問題じゃありませんよ。――お茶、入れ直しますよ」
クロノはそう言って私からカップを受け取ると、備え付けのポットを使って私とエミック、そして自分の分のお茶を入れてくる。
そして私達は真ん中にあるデスクを挟み、互いの椅子に座った。
『~~♪』
エミックはすぐに中から闇の腕を取り出し、カップを持ってお茶を一気に飲みしている。
その間に、私はクロノと色々と会話だ。
「それにしても立派なギルドを作ったなクロノ。私も嬉しいよ」
「いえ、まだまだです。結局、今回の事も師匠がいなければどうなっていたか……」
クロノはそう言ってお茶を飲みながら、複雑な表情を浮かべる。
「私がいてもいなくても、問題は発生していたさ。今だって残党も、ほぼ壊滅。最初の対応の良さが分かる」
「ですが……私一人では仲間も守れなかった。暗殺ギルドも、師匠がいなければ殺されていたでしょう」
「既にそれも過去だ。過去に引っ張られるな、私はそう教えた筈だぞ? 大事なのはこれからだ。今回の事を学びにするんだ。もし人手がいないなら、その手伝いもしようと思って、私も今日、来ているしね」
「えっ、師匠にギルドを仕事をですか? しかし、師匠もお疲れでしょう。流石にそれは……」
クロノは申し訳なさそうな表情で下を向いている。
責任感が強いクロノらしい反応だ。また一人で背負うとしているんだな。
「気にするな。このままだと私も勘が鈍る。私の為だと思って任せてくれ」
「……ハハ。師匠はやはり、根っからの冒険者ですね」
クロノはそう言って嬉しそうに笑って立ち上がるが、どういう意味だ。
何か喜ぶ事を言った訳でもないし、私も深い意味がある事は行っていないんだが。
私は不思議に思いながらも、クロノが少し元気が出た様子で安心はできた。
そしてクロノが自身のデスクで依頼書を持って、再び私の前のソファに座ると、その依頼書をデスクの上へ置いて私に見せた。
私はそれを手に持って読んでみると、そこにはあるダンジョンの名が書かれていた。
「……『
「えぇ。師匠は最近、ガリアン森林へは?」
「いや、三年……ぐらい前だな、最後に行ったのは」
覚えてる限り、このダンジョンは多種類の魔物は多いが、これといった素材もない。
ただガリアン森林にしかいない魔物がいるから、その魔物の素材が欲しい者はいるだろう。
けど時の運と言えば良いのか、あの辺境ギルドに依頼は来なくて暫く縁がない場所だ。
「この場所がどうしたんだ。依頼内容は……ダンジョン内の生態調査だって? 変異か、それとも余所のダンジョンから新しいのが入ったか?」
「私もそこまでは……ただ情報ですと、ダンジョンの魔物達の様子がおかしいとだけ。ずっと警戒心を保ち、ピリピリしてる様です」
「嫌な予感がするな……ダンジョンは良くも悪くも安定がある。つまり、何か異変があれば間違いなく何かが起こったんだ。――全く、人が引退を考えてる時に変な事が起き過ぎだ」
「……ふふ」
「……なんだ?」
「いえ、何も」
人が困ってるのに笑うとは、酷い弟子だよ全く。
しかし、こうなっては仕方ない。早急に準備していくか。
「まぁ取り敢えずは分かった。準備した気でいたが、少し心配だ。一回、家に帰って再度準備してから向かうよ」
「お願いします。こういうのは師匠が適任者ですから。師匠は自分で行ったダンジョンを詳しくレポートしてますし、原因を見付ける事が出来る筈です」
「いやレポートと言っても、ただダンジョンでの経験や特色を記しただけだぞ? そこまで大した物じゃないさ」
「何を言っているんです! ダンジョンマスターが書いた、ダンジョンのレポートですよ! 冒険者にとっては宝! ダンジョンマスター・レポートって言われて凄い価値のある物ですよ師匠!」
えっ、なにそれ知らない。
ただ最初は趣味で書いていたダンジョンのレポートが、いつまのそんな事に。
何で書いた私自身だけ知らないんだ。
まぁそれは良いさ。
私は何とも言えない表情をしながら立ち上がって、執務室から出ようとした時だった。
――不意に私は窓の外から視線を感じた。
「……今、誰かこっちを見てなかったか?」
「刺客ですか……?」
私の言葉を聞いてクロノも立ち上がって窓を見るが、そこに誰もいない。
向こうの建物や屋根にもだ。
「気のせいか……?」
「一応、用心してください。残党の可能性もあります」
「あぁ、そうするよ。――それじゃ、まずは行ってみる。行くぜエミック!」
『~~♪』
私はそう言ってエミックを腰に付け、一礼をするクロノへ手を振って、執務室を後にするのだった。
♦♦♦♦♦♦
「引退……か」
私は師匠が出て行き、一人となった執務室で、冷めたお茶を飲みながら小さく笑っていた。
『このままだと私も勘が鈍る』
私は師匠が言っていた言葉を思い出していた。
引退だと言いながら勘が鈍ると言った師匠。
きっと無意識だろうが、やはり根っこが冒険者なんだ、あの人は。
「だが……鈍っているのは私か」
ギルド長になってから間違いなく鈍っている。
師匠に付いてダンジョンへ行っていた日々が懐かしい。
ここだけの話だが、本当は私も今からでも付いて行きたいと思っている。
「……またダンジョン行くか」
息抜き、そして全盛期に自分を戻す為。
私はそんな事を思うのだった。
♦♦♦♦♦♦
私は『黒の園』から出た後、一旦拠点に戻って来ると、玄関にエリアが立っていた。
「エリア? 何かったかい?」
「あっ、ルイス殿! い、いえ……今日、私もお休みなので一緒にどこか、お出掛けしないかと誘いに……」
そう言った彼女の姿は、確かにいつもみたいな姿ではなく、護身用の剣を持った外用のドレス姿だった。
あの鎧が凄い姿だからギャップを感じるが、露出が殆どないので清楚な雰囲気が新鮮だ。
「そうだったのか……それは嬉しいが、すまない。クロノから依頼を貰ってしまって、少しダンジョンに行かねばならないんだ」
本当に惜しい事をしたな。
こんな綺麗な女性からの誘いを断るとは、私は運がない。
だが依頼を受けた以上、断る気はない。
ハッキリ言って、こっちのダンジョンの異変の方が気になる。
「ダンジョン……ですか?」
「あぁ、危険度5のダンジョン。多種類の魔物がいる場所なんだが、少し異変があったらしく生態調査にね」
「生態調査……ですか?」
エリアは何やら、少し考え始めた。
何か心当たりがあるのかと思ったが、何やら様子が変だ。
ソワソワし出して、やがて顔を上げた。
「あの! すぐに準備してきますから私も付いて行っては駄目でしょうか!」
「えっ!? しかしエリアは休みなのだろ? なら付き合わせるのは流石に――」
「気にしません!!」
断言されてしまった。
まぁ今回はドクリスの森とも違うし、彼女が来ても問題ない。
寧ろ、良い経験になるだろうな。
「エリアが大丈夫なら、こっちからお願いしたい。ドクリスの森とも違って、今回は君がいてくれた方が心強い」
「っ! そ、そんな……あぁ、これがテレサの言っていた狼の誘い文句。わ、分かりました! すぐに準備してきます!」
何か最初の方がよく聞き取れなかったが、テレサってエリアの補佐官の女性だった筈だ。
色仕掛けされたから、苦手なんだよな彼女。
私はエリアの様子に不安が過ったその時――
――私は今度こそ視線をハッキリ感じ取った。
「誰だ! 出て来るんだ!!」
「っ! 刺客……!」
私とエリアが一斉に構え、向こうの角にある木箱の山から感じた気配へ叫んだ。
――瞬間、木箱の山から小さな爆発と共に、何かが飛び出してきた。
「と~う!」
「あれ……少女?」
空へと大きく飛んだ者――エリアが言った通り少女だ。
魔法使いみたいな帽子とローブを着た、やや小柄な少女。
だが何故だろう。私には見覚えがある気がする。
「すたっと着地!」
そして、その少女が私達の目の前に着地し、その顔を見た瞬間、私の中で確信に変わった。
綺麗なオレンジ色の髪、派手な登場の割に、表情はボォ~としているマイペース感。
間違う筈がない。この子は――
「華麗にとうじょ~う! 撲殺無敵の最強魔導士――レイ・ちゃん・です!!」
そう紹介とポーズを決めると同時に、彼女の背後で魔法が爆発して派手な演出をするが、何故か本人の表情に変化がない。
ボォ~としている。声や演出とのテンションに表情がだけが合っていない。
「よし……完璧! 数日ぶり、先生」
「えっ……先生? もしかして、この子もルイス殿の?」
「はい……一応弟子です」
何とも言えない気分だが、嘘は言えない。
彼女もまた、私の弟子だ。
撲殺無敵の最強魔導士――その名に恥じない魔法の神童。
王国魔導衆・筆頭魔導士――レイ・マクスウェル。
――さて、どうやって逃げようかな。
『~~~♪』
飼い主の気持ちを察してか、エミックはただ笑っているだけだった。
――こら! だからエリアのお尻を舐めちゃダメだろ!
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