第21話:冒険者+5:魔葬砦のボス:デーモン・ゴーレム

 強かった。彼――『猟犬』のキルグ。

 レベル差があっても、やはり独自の技術とスキルを磨いている者と戦うと『+Level5』があっても過信できない。


 けれど、これは私にとっても良い経験だった。

 私はゆっくりと歩きながら、仰向けに倒れているキルグの傍に向かう。


「ぐっ……ガハッ! ハァ……ハァ……あぁ……やっぱり強いな、あんたは。良い経験、させて……もらったぜ」


 キルグのダメージは大きそうだが、聞く限りでは呼吸は徐々に落ち着いている。

 上位の風魔法を喰らい、最後に連撃を受けても意識を保つとは大した男だよ。


 私は胸ポケットから自身で調合した薬の入った小瓶を取り出し、彼の顔の傍に置いた。


「飲むと良い。痛みを和らげ、すぐに体力が戻る」


「ハッハッ……わりぃな」


 キルドはそう言って躊躇なく開け、そのままの状態で薬を飲み干した。


「躊躇なしだね。私が毒を渡したりと疑わないのか?」


「あぁ……そういう事する奴の戦い方じゃねよ、アンタは。毒飲ませんなら、最初から武器に塗ってたりする方が合理的だろ?――あらよっと!」


 真っ直ぐな男だな。久し振りに気持ちの良い戦いだったよ。


 私はキルグが静かに立ち上がるのを確認しながら笑みを浮かべていた。

――その時だった。砦に大きな揺れが起こった。


「うわっ! 地震!? いや、この魔力は……!」


 砦全体を覆う様な魔力。なんて強い力だ。

 しかも『+Level5』のスキルが再度発動して私のレベルが<63>になってるぞ。


 間違いない。最初に感じた力の正体はコイツだ。

 強い反応が屋上から来ているし、皆は大丈夫なのか。


「うおっ!? コイツはまさか……!? まさか、あのクソおやじ! なんか使ったな!」


 キルグも何かを知っている様だ。

 だが困惑した様子からして正体は知らず、言葉だけで聞かされていたのかもしれない。


「待て、揺れが治まってきた」


 徐々に揺れは治まったが、やはり周囲の魔力を始め、周囲の漂う汚れたマナは酷くなるばかりだ。


「やっぱり碌なもんじゃなかったか。おい、ダンジョンマスターよ。アンタも早く上に行け! 俺も物は知らねぇ。だがグアラの野郎、まだ何かを隠し持っていたんだ」


「何だと……! ダンジョン化だけでも一線を越えているのに、まだ何かを持っていたのか。――君はどうする?」


「わりぃが俺はここまでだ。とっとと砦から撤退するぜ。元々、リーダーから依頼を破棄して引き上げる様に言われてたのを、俺の我儘で付き合ってただけだしな」


 キルグはそう言って窓の方へ歩いて行き、最後に窓の所で振り返った。


「しかし良く効く薬だな。今度会ったら、作り方教えてくれよ」


「あぁ構わないよ。ただ、今度は敵では会いたくないな。私も歳だし、君ほどの相手はしんどいよ」


「何言ってんだ、オレ等みたいな連中は死ぬまで現役だろ?――んじゃ、それまで元気でいろよ!」


 キルグはそう言って窓から飛び出して行った。

 外の包囲している者達とぶつからなきゃ良いが、まぁ彼なら無益な殺生も遅れも取らないだろう。


 それよりミア達が心配だ。

 早く屋上へ急がねば。


 私は急いで階段を駆け上がりながら屋上へと向かった。


♦♦♦♦♦♦


「皆! 無事か!?」


 屋上へ出た私を出迎えたのは、口を覆いたくなる程に感じるの負の風だった。

 吸っているだけで心が荒みそうだ。何が起こってる。


 私は周囲を見渡すと屋上は瓦礫が散乱し、汚れた魔力の渦が屋上全体を覆っていた。

 そして同時に気付いた。近くには壁に背を預けて倒れる騎士達の存在に。


「おい! 大丈夫か!」


 私はすぐに駆け寄って反応を確かめると、僅かに騎士達は反応した。


「ダ、ダンジョンマスターか……気を付けろ……ゴーレムが……!」


「ゴーレム? グアラの切り札はゴーレムなのか?」


 確かにゴーレムならば小さな球状のコアだから、持ち運びは容易だ。

 しかも瓦礫の多い砦なら材料も多い。


 しかし解せない。ただのゴーレムで何故、こんな事態が起きる?


「ちがっ! ゴホッ……ただのゴーレムじゃない……あ、あれを――」


 騎士はそう言って、力弱く前方を指差した。

 そこは魔力の渦の中心となっている場所、私もよく目を凝らしてみると、その姿を捉えた。


「あれはまさか……!――<デーモンゴーレム>か!?」


 魔力の渦に隠れた、その姿。

 骸の羊の様な頭部、巨大な爪を持った長い両腕、そして巨大な悪魔を連想させる翼。

 身体は上半身のみで、下半身は魔葬砦と一体化しているが、あの形状は間違いない。


「デーモンゴーレム……!? なんだ、それは……ただのゴーレムじゃないのか?」


「嘗て、どっかの闇ギルドが悪魔召喚の触媒として作った、闇の力を持つゴーレムだ。その闇ギルドが討伐されて、ゴーレムコアも殆ど破壊された筈だが、まだ残っていたとはね」


 まさにゴーレムの中では希少中の希少種だ。

 しかも厄介なのはダンジョンと同化しているからか、その魔力量が半端じゃない。

 

 どうする? あんな巨体、レベル差があっても質量の力押しで潰されたら私だって死ぬぞ。


「オラァァァッ!! 爆獣拳!!」


「ハァァァッ!! 光突ライトスピア!!」


『ボオォォォォォォッ!!!』


 そんな事を悩んでいた私の目と耳に入ったのは、ミアとエリアがデーモンゴーレムの右拳とぶつかり合って叫ぶ両者の咆哮だった。


 両者のぶつかり合いは衝撃を生み、デーモンゴーレムの拳は砕けた。

 そして二人は、そのまま距離を取る様に後ろへと飛ぶ。

 

 無茶をする二人だな。しかし拳を壊したならば話は早い。

 一気に破壊して、コアを探せる。


 そう思った私だったが、目の前で有り得ない事が起こった。


『―――!』


 デーモンゴーレムが念じる様に静かになった途端、砕けた拳が再生した。

 

「再生した……! それだけダンジョンの魔力が強いのか!?」


 何てことだ。ダンジョンと一体化した事で再生能力を持ったのか。

 これは厄介で済む話じゃないぞ。


 私はすぐに頭を切り替え、何とかしようと考えていた時だ。


「あっ! おーいセンセイ!」


「ルイス殿!!」


「やっと来たかルイス!」


 ミア達も私の存在に気付いた。

 ミアとエリアもかなり汚れているし、かなりの激闘を繰り広げていた様だ。


 ジャックもジャックで、エミックと共に瓦礫の上からボーガンでデーモンゴーレムを撃っていた。

 そして当たった矢は爆発し、デーモンゴーレムの身体を崩すが、すぐに再生する。


「こりゃ矢が足んねぇぞルイス!」


『~~♪♪』


「あれはただのゴーレムじゃない! 闇を使うデーモンゴーレムだ! ダンジョンと一体化してる限りは再生し続ける! こうなったら一気に破壊してコアを狙うしかないぞ!」


「へぇ、あれデーモンゴーレムっていうのか! 面白れぇ!」


「恐らく、団長達も間もなく来るでしょう! ならば、それまでにやれる事をやるしかありません!」


 確かにグランやクロノ達がくれば一気に楽になる。

 それまでに、何とか突破口を探らねば。


 私はジャック達のいる瓦礫に飛び乗ると、第三スキル『道具合成』を発動させる。


「ジャック! エミック! 矢を寄越せ! 爆裂石と混ぜる!」


「あいよ、援護は任せな!」


『~~♪』


 私の頼みに二人はボーガンの矢を次々と出し、最後にエミックも閉まっていた爆裂石を次々と吐き出す。

 それを素早く私が合成すると、先程よりも爆発力のある矢の完成だ。


「援護を頼むぞ! まずは私が突っ込んで様子を見る! 可能ならばコアの場所は完全に特定したい!」

 

 大体は頭部か胴体だが、たまに変な場所にある個体もいる。

 あれだけの相手に慢心は出来ないし、どうやらようだ。


「危険です! せめて団長達が来るまでは時間稼ぎを!」


「そうも言ってられない。さっきからデーモンゴーレムの力が上がって行っているんだ。このまま放って置けば、手が付けられなくなる」

  

 私のレベルが<63>~<65>~<67>と変動している。

 それはつまり、デーモンゴーレムのレベルも上がっていると言う事。

 だから多少でも攻撃して邪魔をするしかない。 


 私は頭を切り替え、一息入れる。

 そして一気に飛び出した。


『ボオォォォォォォ!!』


 デーモンゴーレムが私目掛けて左腕を振り上げた。

 思ったよりも動きが速いし、奴が動くと風が吹く。


「させねぇぞ!」


 ジャックが上がった腕へ矢を一気に放ち、矢が一斉に爆発して粉砕した。

 腕は崩れ、そのまま地面へ落ちたが、すぐに再生を始める。


光爆ライトボム!」


 そこにエリアが光魔法で追撃し、デーモンゴーレムの意識を私から少しでも遠ざけてくれた。

 良し、このまま右腕から一気に駆け上がるぞ。


 私は奴の右腕へ走ったが、奴はそれに気付いた。


『ボオォォォォォォ!』


 今度は右腕を上げようとするが、それよりも先にミアが飛び出してきた。


「おおっと! 大人しく……しとけや!」 


 ミアは思いっきり右腕をぶん殴って粉砕し、そのまま取り押さえてデーモンゴーレムと力勝負を始める。

 凄いな、ゴーレムと力勝負とは。


「ほら……ほら! センセイ! 行ってくれ!!」


「助かる!」


 私は一気に駆け上がり、ブレードに風魔法と炎魔法を纏わせて奴の頭部を狙った。

 だが瞬間、奴の瞳が光って、その大きな口を開けて私の方を向く。

 

「マズイ! 闇の魔力波か……!」


 口に溜まっている闇の魔力を、こいつ一気に私に放出させる気か。

 そうはさせるか。私はガントレットに仕込んだワイヤーを出し、奴の頭部へと放った。


 そして、そのまま口を巻き付けてワイヤーを斬って、左腕へ飛び乗る。

――直後、デーモンゴーレムの頭部は暴発して吹き飛んだ。


「コアは……!」


 私はすぐに頭部を確認したが、そこにコアはなかった。

 後は可能性的には胴体か。


『ボオォォォォォォ!!』


「おっと!」


 私は左腕に振り払われたが、大きく飛んで地面へと着地する。

 そこへエリアとジャックが攻撃して胴体を狙うが、再生した両腕を盾にして攻撃を防ぐ。


「なんて奴……あれがゴーレムとは!」


「おいおい情報ギルドだよ本業は。思った以上の肉体労働させてくれるじゃない?」


「終わったら奢ってやる。それに奴は胴体を庇った。ならコアは胴体にあると言っている様なものだ。なんとか腕を抑えてくれないか!」 


「そうしたいのですが、デーモンゴーレムの耐久力がどんどん固くなって……手が足りません」


 何てことだ。エリアの言葉に私もいよいよ焦りが出て来る。 

 手が足りない。どうすれば。


「あの腕を抑えれば良いのですね――第一スキル『黒の支配者ブラックマスター!」


 突如、私の背後から声が聞こえた瞬間、影から一斉に伸びる黒がデーモンゴーレムの両腕を縛り上げた。


「これは……クロノか!」


「師匠!」


「間に合ったか!」


 私が振り向くと、そこにはクロノとグラン。そして彼等の仲間達がいた。


「師匠、どうやら問題があった様ですね」


「あぁ、要件だけを言うぞ。奴は闇を使うデーモンゴーレム。再生能力持ちで、コアは胴体にある!」


「それさえ分かれば話は早いな。良し! 全隊、構え!」


「行くぞ!! 続け『黒の園』!」


 グランとクロノが仲間へ指示を出し、一気に攻めるといった時だった。


『ボオォォォォォォ!!』


 デーモンゴーレムが突如叫び声を上げると、周囲の瓦礫が一斉に動き出す。

 そして次々と形を作り、やがては四足の獣型や飛行魔物のガーゴイルを生み出した。


「まさか……こんな事まで出来るとは」


「問題ありませんよ師匠! あれらは私達が抑えます! ですので師匠はコアを!」


「行けダンジョンマスターよ!」


「……分かった。援護を頼むぞ!」


 私は頷いて一気に駆け出した。

 クロノは両腕を抑えているので動けず、仲間達が守っている。

 グラン達は作られた魔物を排除し、私はそこに空いた穴を通っていく。


『ボオォォォォォォ!!』


 だが私が近付くとデーモンゴーレムは再度、その口を開けて魔力波を放とうとする。


「おおっと! 口癖が悪いね!」


 けれど、そんな頭部へジャックがボーガンで撃ち抜き、再び爆発させた。

 

『ガルルルル……!!』


「今度は生成魔物か!」


 だがまだまだ前途多難だ。

 私の目の前に奴が作った四足歩行の魔物が現れた。

 思わず私は足を止めそうになるが、それよりも先に飛んできたものがいた。


「邪魔すんじゃねぇ!!」


「ミア!」


 飛んできたのはミアだ。

 ミアはそのままの勢いで魔物をぶん殴って破壊し、周囲の安全を確保する。


「ほらセンセイ! もういっちょ!」


「あぁ!」


 私は止まらず駆け抜けていき、やがて胴体への間合いへと入る。

 そこへエリアがやって来た。


「ルイス殿! ここは私が――第二スキル『光増幅』!――天魔聖空斬てんませいくうざん!!」

 

 彼女は今まで以上の光の魔力を剣へと纏わせ、それを奴の胴体へと放った。

 直撃し、吹き飛ぶ胴体。そして風穴となった場所に、それは浮いていた。


「捉えた――ゴーレム・コア!」


 私は一気に飛びあがり、ブレードをそこへ目掛けて飛んでいく。

 だがやはり再生能力が発動し、今まで以上の速度で胴体を修復し始める。


「駄目だ、間に合わない!」


「――いえ


 不意に私の耳に優しい声と、優しく綺麗なマナを背中から感じた。

 そして一斉に矢が胴体の周辺に刺さると、植物の蔓が伸びて再生を妨害する。


 私は咄嗟に後ろを振り返ると、そこにいたのはエルフ族の者達だった。


「彼女達は……!」


 弓を構えながら私を見て頷いている彼女達。

 彼女達は最初、このダンジョンのエントランス浄化してもらったエルフ族だ。


 後から来ると言っていたが、本当にいいタイミングに来てくれた。


「これで――終わりだ!」


 もう邪魔をするものはない。

 私はそのまま突っ込み、ブレードがコアを貫いた。

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