第19話:冒険者+5:VS傭兵・猟犬のキルグ

『キィィィ!!』


『ギィィィィ!!』


『―――!!』


 正面から突入した私達を出迎えたのは、予想通り動物が変異した魔物達だった。

 鳥・鼠の魔物や、瓦礫がマナによって歪なゴーレムとなって私達へ襲い掛かってくる。


 ただ、その程度で止まる戦力じゃないよ。


「魔法刃・蒼双そうそう!」


月光閃げっこうせん!」


獣王撃じゅうおうげき!」


 私は氷の魔法を纏ったブレードを両手で振り下ろし、鳥の魔物を斬り裂く。

 エリアは光属性を纏わせた剣を、残光が残る程の神速剣で鼠の魔物を両断。

 ミアは魔力を込めた渾身の拳でゴーレムを打ち砕く。


 他の騎士達も同じ様に迎撃しながら進み、メインである筈の『骸の贄』にギルド員はたまにしか出てこなかった。


 襲って来ても負傷して我を忘れた者が多いし、既に通路や部屋で事切れている者ばかりだ。


 いよいよお終いだな。

 まさか三大裏ギルドの一角の終わりが、こんな呆気ないとは。


 私は内心で巨大ギルドの終焉の呆気なさを感じながらも、力量の瞳等を使い相手を探りながら皆を先導していく。


 時折、壁に擬態したゴーレムがいるが、私の力量の瞳で居場所が分かる。


「ミア!」


「おうセンセイ! そこだな!!」


 私が簡単に合図を送るだけでミアは察し、擬態したゴーレムを粉砕してくれる。

 やはり、こういう時には通じ合っている者がいるだけで楽になるな。


「おおっと、油断すんなよルイス!」


 粉砕したゴーレムの背後から鳥の魔物が飛び出すが、皆が声を上げる前にジャックがブレード兼用のボーガンで撃ち抜く。


 全く、頼もしい程の目ざとさだ。

 情報ギルドだけに、情報察知以上に危険にも敏感だなジャックは。


 前衛は私達が、中衛にジャックがいるから前後の心配はしなくていい。

 魔物の数も減って、既に『骸の贄』のギルド員は勝手に自滅。

 このまま一気に屋上へと行ければ、私は思っていたが、そうもいかないようだ。


「待て! 誰かいる……」


 私が皆を腕で制止させ、前方のいる者へ意識を向ける。

 図面で見た中央通路からの屋上口。


 そこへ仁王立ちしている一人の男がおり、その男も私達に気付いた様だ。

 静かにこちらへ歩いて来る。


「よう! ようやく来たか……どうやらを引いたみたいだな俺は。異名持ちの連中がいないルートの防衛とはよ。騎士団長に黒の王がいないとは――いや、そっちの女二人は見覚えがあるな?」


「なんだ貴様は! 私はエリア・ライトロード! 王国騎士団・副団長だ!」


「チッ! クロノばっかり意識しやがって……オレだってセンセイの弟子で! オリハルコン級ギルドのギルド長だ! 舐めんな!」


 二人は比べられた事で小馬鹿にされたと思ったのか、食って掛かる勢いで私の前に出る。


「あぁ! そうだったな! 思い出したぜ! だったらまだ当たりとも言えるな!」


 この二人を前にして、しかも私達や騎士達もいるのにこの調子の良さか。

 

――彼、強いな。


 男の周りには魔物の死体が幾つも転がっていたが、返り血一滴も浴びていない。

 こんな状況下でも我を忘れない精神力もある。

 決して油断してはいけない相手だ。

 

 私がそう警戒していると、不意にジャックも少し前に出た。


「見覚えだったらこっちもあるよ? その三本線入った獅子。傭兵ギルド『戦獅子の爪』の傭兵だな。しかも、その赤い髪――『猟犬』のキルグだな?」


「ハッハッ! 俺を知ってんのかい!」


 ジャックの言葉にキルグという男は嬉しそうに豪快に笑う。


「傭兵か……しかも異名持ち。どんな男なんだジャック?」


「噂だぜ。嘗て雇われた時、その依頼主に裏切られて連中は殺され掛けたらしい。だが、それを撃退して難を逃れた。依頼主はそのまま逃亡……したが、それを『猟犬』の如く追いかけて制裁を加えた男……と聞いた」


「だから猟犬か……」


 異名というのは自身で名乗っても意味のないものだ。

 私の『ダンジョンマスター』という異名もそうだが、他者達から言われて始めて異名となる。


 もし噂通りなら、彼は修羅場を生き残った強者だ。

 雰囲気からしても、自身で異名を作って名乗るタイプにも見えない。


「……強いな」


「へぇ……分かんのかい、おっさん?」


 分かるさ。君の纏う雰囲気もそうだが、他を対象にしていた『+Level5』のスキルが私に警告している。

 君を強制的に対象にして、私の敵だと教えてくれるんだ。


 私は力量の瞳を再度発動させ、金色の瞳で彼を見ると案の定。

 彼のレベルは<48>だ。経験を含めれば、それ以上の力を持っていると見える。


 これで私のレベルは<53>に変動して、先程よりは下がったが、きっとそれにも意味がある。


「へぇ、おっさん……魔眼持ちか?」


「そんな大層なものじゃないさ」


 キルグは私の瞳を見て、興味深そうだが、このやり取りは、今まで何度もやってきたから思わず私も笑みが漏れた。


「ルイス殿、傭兵とはいえ奴は向こう側の男です。ここは全員で一気に仕留めましょう」


 責任のあるエリアらしいね。

 最短での突破の為、全員で彼をタコ殴りにしようって事か。

 だが、それを許す彼じゃないし、傭兵ならば多勢に無勢は寧ろ得意でもある筈だ。


 しかし時間を掛けたくないも事実。

 さてどうするか。


 私も判断に悩むが、エリアの話を聞いてキルグの表情が変わった。


「……ルイス? おっさん、あんた本名は?」


「ルイス・ムーリミット。ただの冒険者さ」


 私は他愛もなく名乗る。

 だがキルグの表情は、何かを考えていた。


「ルイス……赤い髪に金色の瞳。――まさか、あんた『ダンジョンマスター』か!」


「……そう呼ぶ人達もいるね」


「やっぱりそうか! アハハハハ! あんたが噂の『ダンジョンマスター』か! まさか、こんな泥船みたいな依頼で伝説の冒険者と出会えるとはな!」


 キルグはそう言って心底嬉しそうに高笑いする。


 全く、このダンジョンマスターという異名が独り歩きし過ぎだ。

 傭兵にまで知られているなんて、困ったものだよ。


「そうと分かれば話は早い。なぁ、ダンジョンマスター! アンタ等をこのまま通してやっても良い。その代わり、ダンジョンマスターよ。アンタだけ残って、俺と戦え!」


「成程……既に雇われている君も『骸の贄』の終わりに気付いているか。――構わないよ」


「ルイス殿! いけません! そんな――」


 いやこれで良いんだよエリア。

 彼もまた雇われた傭兵だ。

 依頼人が消えれば戦いを止めるだろうし、何よりあの闘気はどうしようもないさ。


 こんなおじさんと戦えると思っているだけで、彼の目が輝いているよ。

 きっと今の言葉も嘘じゃないな。


「よっしゃラッキー! だったらとっとと行こうぜ! センセイがあんな奴に負ける訳ねぇし。ほら、邪魔になっから行くぞ!」


「サボらず来いよルイス?」


 助かるよ。

 ミアとジャックが察してくれて、エリアや騎士達を連れて行ってくれるなら。


「エミック、お前はミア達に付いて行ってくれ」


「おう! 行こうぜエミック!」


『~~♪』


 エミックは私の腰から降りると、ミアへ嬉しそうに近付く。


「良し!ってこら! 尻舐めんなよ!!」


 エミック、本当に誰に似たんだ。

 ミアは軽く注意して腰のベルトにエミックを付けると、そのまま皆を上へハンドサインで誘導する。


「ルイス殿、ご無事で」


「ありがとう、君達も」


 向かう直前にエリアにそう言われたが、結構嬉しいな。

 あんな若い子に心配されて喜ぶとは、私もいよいよ歳だよ。


 しかしら引退したいと思っていたのに、まさか傭兵とやり合うとは。


 だが彼は信用が出来る人間だ。

 実際、横を通っていくエリア達を、彼は見向きもせずに素通りさせた。

 皆が階段を上って行き、これで残されたのは私と彼だけとなる。


 そして自然と私達はフロアを回る様にゆっくりと歩き出した。


「まさかアンタとやり合えるとは! なぁ! 『ダンジョンマスター』よ! 異名持ち同士! 派手にやろうぜ!」


「君は随分と『異名』に拘りがあるようだね。傭兵としての本能かい?」


「それもあるが違うな……『異名』とは他者から名付けられ、呼ばれる事で生まれる新たな自分! この有象無象の多い世界で、自分が特別だという証明! 人間として新たなステージへ上った証だ!」


 羨ましい考え方だ。

 私もそう思えればどれだけ楽だったか。

 

 しかし私は自由を愛する冒険者で、彼は傭兵だ。

 伸し上がってこその世界。だからこその考え。


 自由や自分の流れを大切にする冒険者である私にとっては、その『ダンジョンマスター』の異名すら、私を縛るモノと思っているのだろうな。


「アンタは自分が思っているよりも有名人だ! どんなに過酷でも、強力な魔物と対峙しても生きて帰る伝説! 俺等傭兵でもアンタの強さは聞いている! なら試したいものだろ! 俺の『猟犬』の異名と、アンタの『ダンジョンマスター』の異名! どっちが上かよ!」


「羨ましいな。私は『ダンジョンマスター』の名が好きじゃないからね。――ダンジョンにも絶対はない。大自然の亜種だ。なのに、まるで私がダンジョンを支配している様に聞こえて嫌なんだよ」


 努力も準備もしている。私だって死にたくないからね。

 けれど生き残って来た大きな理由はスキル『+Level5』の力だ。


 そして、ずっと思っていた。

 これはルイス・ムーリミットの生き様じゃない。

 私じゃなくても良かったんじゃないかって。

 

 このスキルを持っていれば、誰でも同じだったんじゃないかってさ。

 私だからじゃない。このスキルさえあれば、皆が私と同じになった。

 その虚しさもあって、この異名は苦手なんだよ。


「だがアンタはそれでも乗り越え続けている! 今でも聞くぜ……『ダンジョンマスター』に助けられたって連中をよ。例え『異名』が、己を縛る存在でも実績を残し続ける。凡人に出来る事じゃねぇ。――アンタは立派で、そして強いんだよ人間としてな」


 そこまでお互いに言って不意に足が止まり、自然と私達は身構える。

 私は腰を低くし、ガントレット・ブレードを身構える。


 そして彼への認識を変えた。彼は魔物だと思う事にしよう。

 どうやら、私は嬉しくて気が昂っている様だ。

 私の想いを理解してくれる彼に会えて。


 現在、私はレベル<53>だ。そのレベル相応の力を解放し、魔力の強風が吹き始める。

 

「……ハ、ハハ! やっぱすげぇよアンタ。なんて魔力、なんて瞳だ。歴戦の猛者の顔だぜ!」


 そう言ってキルグは驚き、そして笑いながら構える。

 両手に鉄爪を装備し、前屈みの姿勢となる。その姿は、まるで獣――『猟犬』の如くの構えだ。


「どうやら今のままじゃ足りねぇみたいだな。――なら第一スキル『魔爪展開まそうてんかい』!!」


「それは……魔力の爪」


 キルグがスキルを発動すると、彼の両手足に獣の爪を模った魔力の爪が展開される。

 同時に彼のレベルが上がった。レベル<48>から<55>に。


 しかし同時に私のレベルも上がる。レベル<60>へと。


「ハッハッ! まだ上がんのか!! 最高……じゃねえか!」


「所詮はスキル頼りさ!!」


 私達は叫びながら同時に飛び出して中央でぶつかった。


 彼が左腕を振るい、私が右腕で受け止める。

 そして耐えられると分かれば、彼は右足で蹴り――魔爪で斬り裂こうとする。

 私は左足を上げて咄嗟に防御するが、レベル差があっても足は軽装で僅かに出血する。


「フンッ!」


 だが止まるな。

 素早く右腕で相手の攻撃を払い、同時に左腕で相手の左腕も弾き、ガラ空きになった胴体へ斬り込む。


「ハッ!!」


 しかしキルグは紙一重で下がってから、私の真上を飛んで背後を取る。


――来るっ!!


 私は確かな殺気を感じ、前屈みになった。

――瞬間、私の後頭部を彼の魔爪が掠る。


「――っ!」


 今度は私の反撃だ。

 躱した事でキルグに刹那の隙が生まれ、そこに左からの回転斬りをキルグへ放つ。


「うおっ!?」


 キルグは左腕で防御したが、その衝撃で彼の左の魔爪に亀裂が入る。

 そこへ体勢を整え、一気に突きを放つが彼は大きく後ろへ飛んで回避した。


 動くのが上手い。レベル差故の速さ、その差を地面を蹴って加速して対応している。

 それに動きも反射や本能に近い。

 最初のぶつかり合いで、力で負けてると分かると戦闘スタイルを変える頭のキレもある。


 なんて強い相手だ。


「ハァ……ハァ……! すげぇな、これがダンジョンマスターか! 呼吸すんのも忘れてたぜ!」


「……フゥ。私もだよ」


「ハハッ! 魔爪を砕かれたの久し振りだ。こうなりゃ遊ぶ暇はねぇな。――第二スキル『幻獣想げんじゅうそう』」


 彼がステップを踏む様に動くと、彼の左右に三体ずつの魔力で出来た獣が現れる。


 まさか魔力で獣を創るスキルとは。


「さぁ行くぜ! 奥義! 幻獣狩猟群ビーストハント!!」


 キルグの号令に一斉に飛び出す幻獣達。

 

 これはまずい。しかも幻獣一体のレベルが<38>とは。

 しかも幻獣の動きは攻撃というよりも目くらまし。

 群れのボスキルグに狩らせる為の連携か。


 ならば、この幻獣を素早く処理するまでだ。

 私はブレードの左右に炎と闇の魔法を混ぜた黒炎を纏わせ、両足にも風の魔法を纏わせ、鳥の足の様に模らる。


黒炎刃こくえんじん疾風脚ふうそうきゃく!!」


 前後左右真上、全てを縦横無尽に動いて攻撃してくる幻獣を、私はブレードを振り、その反動を利用して回転蹴りも合わせる。


 一切、無駄のない動きしか許されない状況。

 しかし一瞬だけ幻獣だけに意識を取られた時、私は背中に痛みと衝撃を覚える。


「ハッハッ!!」


 一瞬の隙を突いてキルグが、私の背中を魔爪で斬ったのか。

 なんて奴だ。力量の瞳も発動している中で、一瞬だが完全に意識外だった。


 この状況はまずい。一回だけとはいえペースが崩される。

 一気に決める気で行くぞ。


「天空、魔天、天翔の裁き――」


 私は幻獣を相手にしながら呪文の詠唱を唱える。

 一気に終わらせろ。レベル差を活かせ。

 レベル量増加で、私への最大の恩恵。それは魔力の増加だ。


「轟く剛風となりて、我が前に具現せよ!!――『ガルダテンペスト』!!」


 私が呪文を唱えた瞬間、フロア全体の窓ガラスを割る程の剛風が吹き荒れた。

 そして風は巨大な鳥の姿となり、幻獣ごとキルグを襲う。


「ぐうぅ!! お、うおぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」


 彼等に直撃した魔法は旋風となって周囲を吹き飛ばし、幻獣は次々と消滅する。

 そして収まった頃には、瓦礫等の埃が周囲を覆う。


「……まだ終わりじゃないな?」


 この風魔法を喰らってまだ動けるのか。

 感じるよ。君からの闘争心を。


「うおぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」


 誇りを吹き飛ばし、真っ正面からキルグが私へ迫って来る。

 その前身はボロボロになっているが、彼は両手足だけではなく全身を魔力で模った獣の姿となっていた。


「うおぉぉぉぉぉぉぉぉ!! これが俺の第三スキル『獣道けものみち』!!――獣王無迅じゅうおうむじん!!」


「良いだろ……最後まで付き合おう!!」


 私はガントレット・ブレードに風魔法を纏わせた。

 そしてブレードの先端を合わせると、強烈な風が吹き荒れる。


「うおぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」


「――疾風波動迅しっぷうはどうじん


 私の攻撃とキルグが真っ正面からぶつかった。

 だが僅かな均等はすぐに崩れ、彼の纏う魔力の獣に亀裂が入り、最後は一気に砕けた。


「ぐぅっ!! ガアァァァァァァッ!!!」


 そして最後にキルグは疾風に巻き込まれて宙を舞い、そのまま地面へ叩き付けられた。 

 

 これでようやく決着だ。

 私は傷や埃で汚れながら、一息ついて天井を見上げるのだった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る