第12話:クロノ・クロスロード
私――クロノ・クロスロードにとって、師匠・ルイス・ムーリミットは今でも尊敬する人物だ。
「全く、師匠は変わらないな」
出会ってか今日まで、全く変わってない。
口では断ろうとしても、最後は困った人や頼まれたら無視できない人。
だが戦いになれば変わる、歴戦の冒険者だ。
あの人には、人としても、冒険者としても、オリハルコン級にまで昇りつめても、同列になったとは今でも思う事ができない。
「フッ……意外と楽しかったな」
師匠達との楽しい時間を終えて酒屋から出た私は、静かに夜の王都を歩き出した。
あの騒がしさ。師匠やミアがいたからだが、昔を思い出してしまう。
あの辺境でギルド長達を始め、師匠や他の弟子達と毎日が大事件の様な刺激的で、楽しかった日々を。
「……『翠の夢』にドクリスか。また懐かしい話を」
私にとって、一番印象的だったのはその話だ。
私が師匠を師匠と呼ぶ様になった出来事。
それが、その二つが大きく関係している。
そもそもが私は、あの辺境<グリーンスノー>地方の生まれではない。
王都から近い街――そこの代々魔術に精通する一族の出身だった。
嘗ては探求心を極めた様な、足を止めない一族だったらしいが、私が産まれた時には見る影もなかったさ。
先祖の遺産を食いつぶし、代々築き上げた影響で自然と入ってくる金。
しまいには血もそうさせた。
産まれながらにしてレベルの高い一族の者達。
努力せずに生きられる事を実感し、何もしなくなった人間もどき共となってしまった。
――努力せず生きる? 違う、あれは生きる事を止めた存在。獣以下だ。
必死に生きる低階級労働者、野生の獣達の方が生きていると言える。
そんな一族へ、神童と呼ばれる程の魔力・スキル・才能を持った私が産まれた。
しかし私は神童と呼ばれる程、優秀だった。だから一族への理解と失望も早かった。
見限るのも早く、必要な知識や物を持って一族を出た。
――それが私が当時10歳の頃、レベルが<30>だった時の話だ。
幸い、両親は比較的まともな人間だったから私を止めなかった。
世界を見て来なさい。そう言って私を送り出した両親だが、この時の私は既に色んな存在へ失望し、見下していた。
今では手紙のやり取りをしている両親へも、当時は見下して軽蔑していたのだ。
「……そこからか。私がダンジョンやギルドと関わる様になったのは」
世界へ出た私を待っていたのは、腐った社会だ。
無能が上に立つ世界。そして欲をかいて勝手に死ぬ。
あまりにもアホらしい世界。探求心の欠片も湧かない社会。
私は全て軽蔑した。見下した。自身しかまともじゃないとすら思った。
今思えば何と傲慢だったのか。師匠がいなければ、私自身がどっかで孤独に死んでいただろう。
そんな私がようやく興味を惹かれたのは<ダンジョン>だ。
生きるか死ぬかの世界。調べても調べても尽きない謎。
私の一族としての探求心が目覚めた瞬間であった。
そんな私は適当なギルドへと入る。
理由はない。ただ金が欲しかったのもあるし、ギルドとはどんなものか興味があったから。
だからすぐに後悔した。
「……フゥ。子供だからと嘗めたと思えば、実力があると分かった途端、危険な仕事を押し付けて旨い汁を吸おうとする。腐ったギルドだったな」
結局、私は適当に挑発して掛かってきたギルドメンバー全員を返り討ちにした。
また新しいギルドを探すのは面倒だ。
流れの冒険者になろうと、滅茶苦茶になったギルドを出ようとした時だったな。
師匠に出会ったのは。
『なんだこれは! 凄い音がしたから来てみたが、これは君がしたのかい!?』
『……そうだ』
それが師匠との初めての会話だ。
そして分岐点だった。そこから私は変われたから。
当時の師匠は、私がいたギルドと揉め事があったらしい。
だからギルド長が殴り込みを決定したが、先に私が壊滅させてしまった様だ。
そこからギルド長は私を簡単に勧誘したが、当時の私はギルドや冒険者にも失望し掛けていた。
ダンジョンや魔物への軽視。スキルの自信もあって断った時に、私は言われたのだ。
『いや、君じゃ死ぬよ』
まだ二十歳前後の師匠からの言葉。
少年だった私の肩を掴み、真剣な目でを見てそう言ってきた。
だから私は付いて行った。
僅かに師匠に興味があったから。
貫録も何もない、冴えない若者に何が出来るのかと。
『おい小僧。お前はまだ危なっかしいから、ルイスと行動しろ』
ギルドに付いて私は、師匠の付く様に指示をされたが、無能に付く理由はないと。
当時の私は師匠へ、スキルを使って攻撃を仕掛けた。
――そして惨敗した。
スキルを真っ正面から打ち破られ、すぐに組み伏せられる。
初めての敗北。プライドへの傷。
そこからだ。私は師匠を観察した。
しかし生き方は平凡過ぎた。
仕事を終えて、途中で軽く飲んで両親と共に住む家に帰る。
これは私の糧にならないと、すぐに判断した。
だがトレーニングは凄かったと今でも覚えている。
通常の人間では初めて数分で止めるだろうトレーニングを、師匠は自身の庭で危器具を使って行っていた。
私はそれを隠れて見ていたが、逆にそれが駄目だった。
当時の師匠のレベルは<24>だ。あれだけ努力しても、レベルは上がらないのか。
結局は才能かと思った。当時、依頼がなかったからとはいえ、師匠がダンジョンに行ってなかったのも理由だ。
私とこの男は違う。そう勝手にまた見下した。
そんな時だ。あの事件が起きたのは。
丁度、師匠がギルドを離れていた時に貴族の者達が訪れた。
話を聞けば、子供が余所の貴族が捕獲した毒蛇の魔物に噛まれ、すぐに『翠の夢』の薬が必要だという。
だが『翠の夢』は繊細で、摘んでからの保管は長くは持たない。
薬だってそうだ。良くて半月しか持たず、在庫は基本的にない。
そして採取に準備もある。だからギルド長達は時間が欲しいと言っていたが、それだと死んでしまうと揉めてばかり。
だから私が行ったのだ。
ドクリスの森へ、勝手に。
師匠や周りからも絶対に入るなと言われたダンジョン。
子供の為ではない。私の探求心の為だ。
だが道中は、スキルでゴリ押して余裕で通り抜けられた。
こんなものが危険度7のダンジョンかと。
そう思った当時の私を殴ってやりたい。
あの『翠の夢』がある場所へ、私は辿り着き、そして採取をした時だった。
『ギャオォォン!!』
ドクリスの姿を見たのは。
私のスキルは暗い所で真価が発揮する。だから昼間、明るい時間帯のあの場所ではスキルは制限されてしまう。
私は逃げ惑った。だがドクリスの蔓は容赦なく、私を襲う。
ダンジョンには、魔物には子供だからという慈悲は存在しない。
結局、蔓に腹をぶつけられ、吹き飛ばされた私は痛みで起き上がれず、その場で蹲るしなかった。
それでもドクリスは容赦しなかった。
蔓にトゲを生やし、大量の蔓で一斉に私を襲ったのだ。
『しにたくない……!』
そう言ったのを覚えている。
しかし一向に痛みは来なかった。
何故ならば、そこには冒険者がいたからだ。
『無事か……クロノ!!』
自身を盾として、私を守ってくれたのは師匠だった。
ガントレットや防具では防げない場所はトゲが貫通し、血が流れていたが師匠は薬草などを口にしてドクリスへと向かって行った。
あの光景、きっと忘れない。
平凡な姿は消え、そこにたのは覇気に満ち溢れた修羅となった冒険者。
普段と違う姿でドクリスと戦い、そして圧倒した姿に私は真の冒険者の姿を見た。
そしてドクリスを倒した師匠は私の傍にやって来る。
怒られる、殴られる。そう思った私だったが、師匠は黙って私の怪我の手当てを始めた。
『今日の事はまた後で叱る。だが……ここまで来た事と『翠の夢』を採れた事。それに関しては冒険者として褒める。――良くやったな、クロノ』
そう言ってボロボロになりながら、満面の笑みで私を褒めた師匠の姿に私は気付いたら泣いていた。
散々、見下していた相手に抱き着いて、何度も何度も謝罪しながら泣いた。
格下だと思った師匠が凄く頼もしく、安心できる存在に思えた。
恥ずかしながら褒められたのも生まれた始めてだったのもある。
そして私は師匠に背負ってもらいながらダンジョンを出ると、皆が私達を待っていた。
ギルド長達は私を見付け、安心しながらも雷を落としたが、師匠がそれは後でと私を降ろし、依頼人の貴族へと向かう様に言った。
貴族なのにダンジョンの前にいるとは、やはり切羽詰まっていたのだろう。
『さぁ、冒険者としての責務を果たすんだ』
師匠はそう言って私が持つ『翠の夢』と貴族を見る。
その様子に私も察し、彼等の下へと歩き、そして渡した。
『依頼品……です』
その時の事は今でも覚えている。
貴族の両親が、使用人が泣きながら私をお礼を言っていた事を。
ありがとう、ありがとうと何度もだ。
その時だった。私が冒険者になれたのは。
冒険者としての喜びを学び、そこからだ私が師匠を師匠と呼ぶ様になったのは。
師匠はあれから私を共にダンジョンに連れて行くようになった。
最初は性格上、私が指示を聞かないだろうと思って連れて行けなかったとも聞いた。
だがそこから色んなダンジョンを師匠と潜った。
死に掛けたし、驚きの発見や出会いもあった。
色んな依頼人も救って、文字通り冒険をしたのだ。
世界は本当は広い。そう初めて思えた。
やがて、私はギルド長から聞いた。
師匠は物心付いた時にはダンジョンに潜り、数々の実績がある事を。
そして助けられた人々は、高難易度のダンジョンも必ず生きて帰る事から、こう呼んでいる事を。
『ダンジョンマスター』
「師匠、あなたは私の誇りです……」
私は昔を思い出しながら、右手のブレスレットを撫でる。
これは私が自立した時に師匠がくれたオリハルコン製のブレスレットだ。
師匠のスキルで、あるアイテムと合成されたアイテム。
私と師匠の絆。
「さて、そろそろか……」
私は王都の路地裏まで来ていた。
人気のない。この場所で私一人で来れば向こうも察するだろう。
「分かっているぞ。良い加減に出てこい」
私の言葉に微かに気配を感じる。
だが警戒心が強い。出てこようとしない。
「仕方ない」
私はそう言って建物の壁。夜で、月夜によって黒で染まった壁にスキルを使う。
すると壁から黒い階段が生えた。それを登り、私は建物の屋根に上る。
それに合わせ、気配の乱れを感じた。
「ようやくお出ましか」
雲から漏れた月明かりが、私と相手方を照らす。
屋根にいる私の前後。そして左右の建物の屋根の上にも佇む、仮面の集団。
「暗殺ギルドの割には、随分と臆病なものだ。多少は酔い、そして一人になってようやく出て来てくれるとはな」
「……」
私の言葉に相手は反応しない。
やはり熟練の暗殺ギルドは違うか。声一つでも自分達の情報とするか。
だが、良い加減にケリを付けたい。
『クロノ……大丈夫か?』
えぇ大丈夫ですよ師匠。
私はあなたの弟子だ。一番目の弟子。
それこそは誰にも譲りたくない私の誇りなんです。
「第一スキル――<
私の周りの闇・影――否、全ての黒は私の支配下。
スキルを発動と共に、黒という全ての部分から剣が、トゲが、次々と飛び出して仮面の集団を襲う。
「グハッ!」
「ガッ!?」
次々と刺されて倒れる暗殺ギルドの者達。
しかし中には掠るだけで回避か、完全に回避する者もいた。
だが少数だ。雑魚は振るいに落とした。
「情報を知っているのは間違いなく貴様等の内の誰かか。――では、ここからは容赦はせんぞ」
私は魔力を解放する。
スキルと同じ黒い魔力だ。それが獣の鬣の様に荒ぶる。
今の私の気持ちの様だ。
「クッ! こ、これがクロノ・クロスロード……<
これだけ見せて、ようやく動揺するか。
だが容赦はしない。
私は内心の怒りを力にせんと、周囲の黒で彼等へ襲い掛かった。
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