第6話:エリア・ライトロード
「ほれ出来たよ。これが『翠の夢』で作った薬だよ」
「ありがとうございます! これが……これで団長が」
私――エリア・ライトロードはルイス殿から受け取った『翠の夢』から出来た薬を、この村一番の薬師のチエ殿から受け取った。
素が綺麗な薬草だったからか、瓶に入った薬も綺麗で果実水に見えてしまう。
あぁ、これで団長が助かると思うと、自然と涙が出てきそうになる。
だが人前では泣かないと決めてる。
「こりゃお嬢さん、泣くのは団長さんが助かってからにしな。まだ助かったわけじゃないんだよぉ」
「そ、そうでした……チエ殿! 本当に感謝します!」
「わたしはわたしの仕事をしただけじゃ。礼ならギルドの連中……そしてあのダンジョン馬鹿に伝えなさい」
チエ殿はどこか呆れた様に言います。
不思議と私も、チエ殿の言うダンジョン馬鹿が誰かが分かりました。
「ダンジョン馬鹿……ルイス殿ですか? そ、そのルイス殿の体調は? 無事なのですか! あの方は一人で戦った様なもので――」
「おちつきなさいな。ルイスは無事だよ、今は久々にまともなダンジョンに入ったから治療したらぐっすり眠ってるよ。まっ、普段の疲れもあるから寝れる時に寝かせ時な」
「良かったぁ……」
私は思わずそう言葉を洩らし、心の底から安心してしまった。
最初はどこにでもいる冒険者としか思ってなかった。
そんな彼が、ダンジョンマスターと聞かされても実感ができなかった。
なんせ、彼は雰囲気というか冴えない感が強く、覇気もない。
まぁ、あくまでも騎士としての基準で見ていたのもあるが。
だがそう思った己は今は恥じている。
団長の事があったといえ、熱くなった部下のアレンを止められず、ギルドから依頼を断られた事に私は内心では血の気が引いていた。
いや、どこかで彼等――冒険者を下に見ていたのだろう。
権力の肩書きや報酬を言えば依頼を受ける。
そう思っていた己の甘さ――人間性としての弱さと未熟さ。
そんな私達に救いの手を伸ばしてくれたのがルイス殿だった。
周りが止める中、事情を聞いた彼は依頼を受けてくれて、しかも周りの者達もルイス殿が行くならと協力してくれた。
彼は慕われている。そう思うのに時間は要らなかった。
限られた時間で彼等は必死に準備を行い、私とアレンの同行もルイス殿は許してくれた。
足手まといになると分かっていただろうに。
実際、不慣れな森のダンジョンの洗礼を私達は受けた。
変異した魔物、巨悪で狡猾な進化をした魔物達。
倒すのに苦戦はしないと、どこか高を括っていたがルイス殿に何度助けらえれたか。
ダンジョンでの彼は――冴えない雰囲気は一切なく、歴戦の冒険者。
悔しいが実力は私以上。
もしかしたら団長とも互角かもしれない。
これが冒険者かと、私の心に刻まれる程に頼もしかった。
――何より……不覚にもバルブイーターと戦った時、抱き抱えられて守られた私は少しときめいてしまった。
『お前はなぁ……男慣れとかしてないし、ある意味で完璧だから逆にチョロそうで心配だ。将来、ダメ男とかに引っ掛かるなよ?』
それを自覚した時、不覚にも私は団長から昔言われた言葉を思い出してしまう。
何を馬鹿な事を。
最初はそう思っていたが、実際少し助けられただけで、ときめくとは。
これが女性騎士の部下達が言っていたギャップという奴なのか。
「随分とうれしそうだねぇあんた。まさかルイスに惚れた訳じゃないだろう?」
「ふえぇ! そ、そんな事……ルイス殿とは今日出会い、そして共にダンジョンに向かっただけですよ!?」
そうだ。そんなチョロい筈がない。
私は知っている。
こんな女は物語にしかいないと言う事を。
部下から借りた本にそう書かれていたんだ。
――何故か脳裏で、ニヤニヤ笑う団長の顔が過るのも気のせいだ!
「た、確かにルイス殿はとても頼りになる方でした。魔物から助けられ、ダンジョンでもアドバイスを頂き、最後はドクリスと真っ正面から戦う姿は素晴らしかったです!」
あれはお世辞抜きで、騎士としての目線で言っても凄いとしか言えなかった。
ドクリス――本来なら騎士団とギルドが協力するレベルの魔物を、ルイス殿が一人で戦う姿は。
私とアレンは可能な限り蔓を斬っていたが、ドクリス自体が私達に意識を向けたのは悔しいが最後の方だけだ。
――ルイス殿戦いを見て、私がどれだけ未熟なのかと自覚させられた。
蔓から蔓へ渡り歩き、スキルと魔法を使いドクリスと戦うルイス殿――まるで団長の様に強く凛々しかった。
戦う横顔も格好良かったな――って違う。
こ、これだけで好意なんて持たん!
きっと経験だ。男性との接する機会がなかったからだ。
だから、こんなに心が乱れ――
『どうかこれを。――依頼品です』
「……っ」
何故、このタイミングで思い出してしまったのだろう。
自身が一番負担が大きかった筈なのに、ボロボロであった筈なのに、私達のせいでこうなったのに。
あの方は、あんな笑顔で私に『翠の夢』を渡してくれた。
森を出る時も真っ先に先頭に立ってくれて、私達を気に掛けてくれた。
いかん。疲れからの体調不良か? 妙に顔が熱い!
「顔が赤いよ若いの? 何ならルイスを起こしてくるかい?」
「い、良いですそんな! ルイス殿に申し訳ありませんから! 顔が赤いのも、き、気のせいです! きっとそうです! 疲れてたから……きっと……!」
そう言って必死に誤魔化す私ですが、チユ様は優しそうに笑うだけだった。
あぁ、誤魔化したがやはり無理があるか。私だって馬鹿じゃない。
こんな初めての気持ち、その異常に気付かない筈がない。
自身のレベルや実力の高さから、同性は勿論、異性からの助けも団長以外殆どなかった人生だ。
だから嬉しかったのだろうな私は。助けてくれた彼を、手を差し伸べてくれたあの方を。
「……もう行きます」
気付けば心が落ち着いていた。
自身の想いに納得が出来たからだろう。
「そうかい。気を付けなよ……本当ならアンタ等をすぐに帰すのは薬師として止めるべきなんだけど、いかせん薬の事もある」
そう言ってチユ様は、複雑な表情で私が握る『翠の夢』の薬へ目線を向ける。
確かに身体のダメージはまだある。可能な限りの治療を受けても、確かに感じる不調。
しかし私は聞いた『翠の夢』の薬は保存が難しく、あまりに足が早いと。
だからすぐにでも、この町を発たねばならなかった。
夜通しの強行移動になるだろうが、それを察してギルドの方々が馬を癒してくれていた。
本当に凄い方々と思いながら、私は最後にチユ様へ一礼する。
「それでは本当にありがとうございました」
「だから礼は良いってのに、最近の若いのなのに律儀だねぇ。――ルイスに何か伝言はあるかい?」
「……いえ、直接言う事に致します。また来ますから」
「そうかい、気を付けてな」
チユ様の言葉に再び一礼し、今度こそ私は薬師屋から外に出た。
そこには馬や荷物を纏めたアレン達、騎士達が佇み待っていてくれた。
「副団長、すぐに出立できます」
「ギルドや町の者達から、道中の軽食や疲労回復の実、そして長時間効く魔物除け等を受け取っております」
「そうか、至れり尽くせりだな。彼等には大きな恩が出来た」
「えぇ、本当ですね。彼等の動き、うちの補給隊や物資管理の者達に見習わせたいぐらいですよ」
そんな会話を交えながら、私達は馬に跨る。
不意に町を見回すと少し離れた場所に、見送りのギルド長がいる事に気付き、私達は一礼する。
向こうもそれを見て一礼すると、大丈夫だと思ったのか頷いて離れていく。
本当に世話になった。
最初に来た時はこんな大事になるとは思わなかったが、良い出会いがあった。
「では行くぞ!」
私の言葉に一斉に馬を走らせる。
そして少し走った後、不意にアレンが側面へ近づいて来る。
「よろしかったのですか副団長。今回の件で、我々騎士団はダンジョンの経験が未熟だと実感しました。だから、おっさ――いえルイス殿を相談役としてスカウトしても良かったと思いましたが」
「そうだな……私もそう思ったよ。だがきっとルイス殿は断る。そう思った。だから森でお前は誘いの言葉を言おうとしたのを止めたのだ」
「……断りますか? 王国騎士団からの誘いですよ」
アレンは信じられないという表情を浮かべる。
普通ならばそれが正常な判断だ。
王国騎士団への加入、それを手にしたい人間は星の数程いる。
だがルイス殿は数少ない例外だ。
「ルイス殿なら断りますよ。だから彼はダンジョンマスターと言われる程の人間なのです。当の本人はその肩書きを否定していましたが、それだけの実力があります」
あの方は辺境で終わって良い方ではない。
実際、あの魔物達を単身で撃破した様なものだ。
実力は示している。
たが、それだけでは駄目なのだ。
「ですが、それは冒険者という自由な肩書きゆえ。騎士団に入れば名誉も財も手に入りますが、自由ではなくなる。彼は生粋の冒険者です、だから周囲の反対を受けても、私達を助けてくれたのです」
今思えば王都でギルドの方々に聞いた時に察するべきだった。
王都にいる最上位のギルド『オリハルコン級』・『ミスリル級』のギルド長達や、エース冒険者が推薦し、頼れと言う程の存在。
それ程の存在だ。
もし簡単に折れる相手なら、きっと彼等が己のギルドにスカウトしている筈。
――ですが。
「ただ、彼ほどの人材が辺境で燻っているのは私も惜しいと思います。ですから、まずは団長に話を通し、万全な状態にします。その準備をしてから、もう一度あの方に会います。私の隣に立つ者として」
「へっ? 副団長、今なんて、隣に――」
「あっ! いえ! 違います違います! 疲れで言い間違いを!――ゴホンッ! あれ程の人材を騎士団に入れる為、特殊な立ち位置が必要となると言う事! その準備がまずは必要です」
「うむ、副団長達がそこまでいう男なのですか? 薬草には感謝していますが、見たところ貫録もありませんでしたが?」
「お前は見てないからそう言えるんだ。あの戦い方、ダンジョンに入った途端の雰囲気の変化。王都に戻ったらまず訓練をしたいぐらいだ俺は」
「私も同意見です。今回の件で、私は己の未熟さを痛感しましたから」
「御二人がそこまでいうとは……!」
私とアレンの言葉に周囲の騎士達はざわついてた。
無理もない。能ある鷹は爪を隠す。まさに彼の存在だ。
半信半疑な者もいるだろうが、共にダンジョンに入れば嫌でも分かる筈。
そんな彼と共に戦い、可能ならば教えを受け、背中も預けたい。
その為にも、早く団長へ薬を届けねば。
「あっ、そういえば。俺、おっさ――ルイス殿が眠る前に軽く話したんですが……副団長に、ちょっと気になる事があるらしく」
「わ、私にか……? 一体なんと仰っていた?」
「そ、それは……」
な、なんだその反応は。
気になるじゃないか。言い淀むな早く言ってくれ。
この際だ、汗臭いとか体臭系は何とか耐えてやる。いやルイス殿がそんな事を言う筈が――いや男同士だからそんな話に!
違う、違うんです! 急いでたし、鎧で少し蒸れるから汗臭いのしょうがないんです。
でもいつもはちゃんとお風呂は入りますから!
「じゃあその……言います。副団長は露出が多いと。目のやり場に困るし、防御力的に問題ないのかと。そんな疑問を抱いていました」
「……えっ?」
思っていた言葉ではなかった。
しかし、それ以上に恥ずかしい話だった。
私はゆっくりと自身の鎧を見る。
うむ、お腹は出ている。
足も太股まで余裕で出ている。
もしマントがなく、後ろから見られたらどうなるのだろう。
「……そ、そうか」
顔がまた熱くなっていく。
これはきっと熱だ。団長の無事を確認できたら風呂入って寝る!
この鎧だって加護もあって神聖な鎧だ。
確かに今までも視線は感じていたが、騎士故に堂々としていたから何とも思ってなかったさ。
だが結局、私の顔の熱は王都に到着するまで、ずっと下がる事はなかった。
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