第4話:冒険者+5:戦闘する

「失礼、ルイス殿。参考までに、ルイス殿は幾つまでスキルに覚醒していますか?」


 ダンジョンに入り、まだ余裕のある場所を歩いていた時だ。

 不意に私は、エリア殿から声を掛けられた。


 その内容は、世界の誰もが覚えるスキルについて。


 因みにスキルは二種類ある。

 その人だけが身に付ける<固有スキル>

 魔法の様に誰でも努力で身に付けられる〈特殊スキル〉だ。


 彼女が言っているのは前者の<固有スキル>の方だろう。


「私は第四スキルまで覚醒しているね」


「だ、第四スキルまでですか……! それは凄いですね」


 そういってエリア殿は驚いた様子だが、そこまでかな。

 確かに平均的に生涯覚醒するスキルは大体<5個>と言われていて、覚醒時期も個人差が大きいと聞く。


 結局、生涯で3つまでしか覚醒しないって人もいるぐらいだし、そう思うと4つは凄いのかも。


「こ、こんなおっさんが固有スキル四まで……」


「アハハ、そんなにショックを受けなくても良いさ。固有スキルって言っても、その人次第のスキルだから役に立つスキルかは覚醒しないと分からないし、君は若くて才能もある。焦らずこれからだよ?」


 青年騎士――あぁ、名前はアレン君って言ってたな。


 アレン君は露骨にショックを受けているが、まだ若いんだ。

 騎士である以上、才能は保証されてるし、覚醒したら凄いスキルが身に着く筈だ。


「アレンはまだ第二スキルまでしか覚醒していませんから、騎士として焦ってしまうのです。そういう私も第三スキルまでしか覚醒してなくて……もし宜しければ、何か助言を頂けませんか?」


「……助言かぁ」


 そう聞かれると難しいな。

 生まれつきで覚醒したのもあれば、土壇場で覚醒もしてる。

 だからコツはなく、経験としか言えない。


「私の場合は第一、第二スキルは生まれつきで覚醒して、第三、第四はダンジョンでの土壇場……いや修羅場を迎えた時に覚醒したものなんだ」


「修羅場ですか……?」


 そうそう。本当に生きるか死ぬかって時だった。

 level+5があっても自然には無力だし、世の中に特殊な力を持つ魔物もいる。


 そんな存在との戦いで死に掛けて、心の底から足掻いた。

 そう言う時は、死にたくないってよりも死んでたまるかって想いだったな。


「生きるか死ぬか……ここで終わる。その事に心の底から反発して、必死で足搔いた時にスキルは目覚めてくれたよ」


「死への反発ってことか? 生きたいって欲求の強さって事なのか?」


「どうなんだろうね。同じ状況でも死ぬ時はあっさり死ぬ。あくまで、これは私自身が納得した理由でしかない」


 歳を取ると、何でもいいから納得した理由を見付けないと、変な時に悩んでしまうんだ。

 そんなどうでも良い事をなんでと、そう思う人が多いだろう。

 だが、私にだって分からないさ。

 

「ただ私は……こうも思っている。自分は。そう気付いた者こそ、スキルに目覚めると。何より、その方が長生きすると思う」


「ルイス殿は難しい事を仰る。本当にその仰る通りなら、我々の様に特別な立場にいる者には不可能ではありませんか?」


「副団長に同意します。俺等は騎士で、そこらの凡人とも違う、特別だ。だからそれに見合った権限も頂ている」


 う~ん、肩書きとかの話じゃないんだよな。

 もっと本質。本当の自分なんだ。それを言葉にするのは難しい。

 私も学がもっとあれば、こんな誤解させずに説明出来ただろう。


 本当に教えて来た子達が、優秀だったと分からされた気分だ。 


「そういう事でもないんだよなぁ。私の言い方が悪いと思うんだけど、騎士としての君達ではなく、エリア・ライトロード殿とアレン君自身としての本当の自分に気付く。――そうか、自分って向き合うってやつだ。多分」


「そこは自信ないのかよ……けど、少し分かった気がする。今思えば、騎士を目指していた頃の俺と、騎士になった今の俺は間違いなく違うからな」


 アレン君は私に呆れた様な表情をしながらも、何かを思い出している様だ。

 きっと何かあるのだろう。騎士になる為に、アレン君自身が押し殺した自分自身が。


「……本当に難しいですね」


 気付けばエリア殿も何か考えている様だった。

 全く、若い者達にこんな悩ませるとは。

 歳を取ると言うのは、本当に毒の様でもあるな。


 大人になり、世界に出て組織に属すれば己自身を押し殺す事を強要されてしまう。


 子供っぽい。理想ばかりで夢見人かと、そんな風に思われたくない。

 だから彼等も、本来の自分を消して特別な肩書や立場で、自身を押し殺すのだろう。


 何より責任があるからね。

 自分のまま生きるのは難しい。


「いやぁ説明が下手で申し訳ない。やっぱり私も、もっと学を――おっと。二人共、ここからが本番だ」


 いつの間にか、本番とも言えるダンジョンエリア前まで辿り着いていた。

 

 ここからが本当の幻殺樹海だ。

 先程までは碌に魔物も出ない、本当にただの森。

 無知な者から警戒心を無くす、陰湿な自然の罠ばかりのダンジョン。


 だがエリア殿達には無用な注意だった様だ。  

 二人も何か空気の変化に気付いて、表情が強張りながらも身構えていた。


「まさか、辺境にこの様なダンジョンがあるとは……」


「空気が違う。重く、何も信用できない様な不気味さだ」


 あぁ、本当に優秀だ。

 一見、草木も変わらない様に見えるが、草木の影には毒草や幻覚系の植物もある。


 木の上にも、既に此方を見ている魔物達だっている。

 だから、絶対に彼等を死なせはしない。


「さあ、行きましょう。ここからは、私の指示を守って下さい」


「頼みます、ルイス殿」


 エリア殿は信頼を置く様に頷き、アレン君も緊張しながらも頷いてくれる。


 そして我々は足を踏み入れた。

 間もなく、本当に日が暮れてしまう。


 明るいうちに『翠の夢』を取らなければ。

 だが不安要素はレベル56もある魔物だ。


 それはきっと。奴に気付かれない様にする為にも、最後の最後。

 その時にこそ、最も注意しなければ。


♦♦♦♦


「ハァァッ!! <光剣波ライトブレード>!!」


「うおおぉ! 第一スキル<武具強化>!!」


 ダンジョンに入り、暫く進んだ私達を出迎えたのは森の魔物達だった。


 刃物の様な翼を持つコウモリ、牙の生えた不気味な花、毒々しい三つ目の蜥蜴。

 このダンジョン特有の魔物達。

 その洗礼に、私達は全力で対応していた。


 エリア殿は、彼女のスキル<光属性付与>によって強力な斬撃で、敵を薙ぎ払う。 

 アレン君も剣や盾を強化し、攻撃を受けてからの反撃で確実に魔物を倒している。

 私も両手のブレードを振るって、魔物達を斬り裂いた。


「なんという魔物達だ。辺境と侮っていたら、我々とて危険だった……!」


「これが危険度7のダンジョン魔物なのか……!」


「これでもマシな方だ! 本当に日が暮れれば、もっと色んな種が出てくる。――だから今は少しでも、魔物の戦いを避けて先を急ぐ!」


 私はそう言うと、道具袋から特殊な煙玉を取り出した。

 そして、そのまま地面へ叩き付ける。

 

――瞬間、私達を中心に緑色の煙が吹き出し、周囲へ広がった煙によって魔物達の様子が変わった。


 動物系の魔物は一瞬怯むとその場から走って逃げ、植物系の魔物も花弁が一部枯れて動かなくなる。


「これは……魔物除けの道具ですか?」

 

「私達のギルドで作っている、対この森用の魔物除けです。特に一部の植物型にはかなり効きます。――ですが、作るのに時間が掛かり、数も限りがあるのです。それに効かない個体もいますから、注意してください」


「こういう準備が必要なのか……そりゃ最低でも4日は掛かるよな」


 どうやらアレン君は理解してくれた様だ。

 今回は仲間達や私が自分の家や倉庫を漁って、予備を搔き集めた。

 だが、それでも本来の量には足りないし、心許ない。


 更に言うなら、本来なら風上から森全体にも流したりして、色々と手間なんだよ。


「……申し訳ありません、ルイス殿。貴方をこの様な危険な目に合わせて」


「気にしないで下さい。冒険者に危険は付き物です。それよりも先を急ぎましょう、早くしなければ団長さんが危ないのでしょう?」


「……はい!」


 そう言って私達は先を急ごうとした時だった。

 私は彼女達の背後の地面が、微かに動いた事に気付く。


「後ろだ!!」


 私が叫ぶと同時に地面から、触手の様な根の様な物が6本も飛び出してきた。

 しかも、それにはナイフの様な刃が全体に付いており、そのままエリア殿とアレン君へ巻き付こうとする。


「アレン!」

 

 それにエリア殿は素早く反応し、アレン君を後方へ片腕で投げた。

 そして彼女は、光を纏わせた刃を回転斬りの様に身体を捻らせ、その根を全て切り捨てた。


 結果、根はそのまま死んだように倒れたが、それだけでは駄目なんだ。

 私は彼女が斬る前から走りだしていて、斬った直後に彼女を片腕で抱き、後方へ飛んだ。


「えっ! ル、ルイス殿……!?」


 エリア殿に驚いた声が聞こえるが、お叱りは後で受けるさ。 


 事情を説明するよりも、先に事態が動いたから。

 彼女が立っていた場所。その真上から、同じ根が突き刺す様に伸びてきたんだ。


「なっ! これは!?」


 彼女も、どういう状況だったのか気付いたのだろう。

 この魔物の嫌なやり方だ。

 私は彼女を放し、その根へ向かって行き、横薙ぎで切り払った。


 そして周囲の木々を見渡し、私は一本の木を見付ける。

 細い枝に絡まれ、寄生された様な木だ。


 あれだと思い、私は投げナイフと道具袋から発火玉を取り出し、第3スキル『道具合成』を使用した。


「合成――投げナイフ+発火玉!」

 

 一瞬、火花が散った後、私の手の中には投げた後に発火するナイフが握られていた。

 そして私は、その木へナイフを投げようとすると、再び木々溢れる頭上から根が振ってきた。


「エミック!」


『――♪』


 私の言葉に腰にいたエミックは飛び上がり、口から仕込んでいた緑の液体――除草剤を吐き出した。


 それが根に掛かると痙攣し、その隙を突いて今度こそ私は、木の上へナイフを投げると何かに刺さった手応えを感じた。 


 それは、すぐ木の上で発火し、燃えあがると何かが私達の目の前へ落下してきた。

 

「これは……!」 


「これも魔物かよ……!」


 落下してきた物体――巨大な目玉がある球根の様な魔物が、燃え上がっていた。


「こいつは『バルブイーター』――レベルは大体<28>ぐらいだが、戦い方が狡猾な魔物だ。本体は木々の上にいて、地面の下と、木の上に根を張って獲物を狩るんだ」


「こんな魔物まで……レベルは私よりも低いのに気付けませんでした。不覚です」


「初見で気付くのは難しい。気にしない方が良いです。寧ろ、最初の攻撃は見事でした。流石は王国騎士団・副団長だ」


 本当に才能だよ。伸びしろだってまだまだあるし。

 若さが眩しいなぁ。俺なんて最初から+level5なかったら、絶対に死んでた自信があったね。


「いえ! そ、そんな……結局、ルイス殿に助けられて……ありがとうございます」


 そう言ってエリア殿は気恥ずかしそうに私に頭を下げてきたが、そんな事をしなくていいのに。

 あんなの、初見で気付く方がおかしいんだから。


「いえいえ気にしないで下さい」


「それにしても、おっさん強いんだな。さっきの動きは驚いたぜ。伊達にベテラン冒険者じゃないって事か。さっきのスキルも凄かったな」


「アハハハ……あれは合成スキルの一種さ。それに今回のも慣れだよ。冒険者にとって経験こそ、最大の武器さ。経験次第で皆、出来る様になる」


 まぁ実際は+Level5でレベル<61>だし、体力も魔力も上がってる分は頑張らないと。

 あぁでも、毒とかは効くから毒消しとか、私も油断は出来ないな。


『カッカッカッカッ』


「ん、なんだこの音? 何かの鳴き声か?」

  

「また魔物か!」 


 あっ、この鳴き声は。うん確かに魔物だ。

 二人は身構えているが、コイツは姿を見せないんだ。

 だから静かに耳を傾けて、良し――


「――そこだ!」


 私はアレン君の背後にあった大木目掛け、投げナイフを全力で投げた。

 風を切り、ナイフは大木へ突き刺さる。

 だが同時に、肉を切る音と共に大木から紫色の液体が流れた。


「なっ、何だ……木から血?」


「これは一体……!」


 二人は何が起こってるか分からず、少し混乱していた。

 だがすぐに理解した様だ。

 血が流れている場所、そこにいる元凶が正体を現したから。


 大木しか見えなかった場所。

 そこから溶ける様にその姿を現したのは毒々しく、模様と瞳をした大きな蜥蜴だった。


「蜥蜴……!? なんですかこの魔物!?」


「レベル『32』――幻毒蜥蜴げんどくとかげだ。攻撃まで姿を見せず、木々に張り付いて獲物を狩る魔物だよ。さっきの様な鳴き声が聞こえたら、すぐに周囲を見て違和感のある場所を攻撃するんだ」


 じゃないと、この蜥蜴すぐ毒を出すわ、暴れるわ、奇声をあげるわで、神経削ってしんどいんだよね対処が。


「……全く気付きませんでした」


 う~ん、エリア殿はまた落ち込んでいるな。

 団長さんの事でメンタルが揺らいでる中で、自信が揺らぎやすくなっているんだね。

 でも慣れだねこれも。慣れたらすぐに分かるし、結局は経験経験。


「なぁおっさん。あんた、なんでこんな辺境に――いや、すまない。何でもない。」


「ん? そうかい……?」

 

 何かアレン君は言いたそうだったが、時間も無いし大丈夫なら良いか。

 それに短い間とはいえ、関係性が多少は良くなっている気もする。

 見て来る視線から敵意がないからね。


 アレン君との溝もそこまでは無くなり、エリア殿の私を見る目も柔らかくなった気がするよ。


 さぁて! 気合を入れ直さないと。

 この先に奴が――ボス魔物がいる筈だ。

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