第2話:冒険者+5:依頼を受ける

「これはこれは……王国内から集められた、精鋭中の精鋭のみの騎士団。しかも、その副団長と言えば<黄昏のエリア>殿では? あなたの神速の剣技は辺境にも届いておりますよ」


「そんな畏まらないで下さい。今の我々はただの依頼人として来ています。下手な特別扱いは無用です」


 あのギルド長相手にも凛とし態度を崩さないとは。

 お飾りじゃない、本当の修羅場を潜っている者の佇まいだ。  

 それに本来なら先程の言葉で自身達は特別だと、そう言っている等しいが、その発言が彼等は許される。


 王国――<アスカル王国>の王に仕える騎士団の副団長だ。

 場合によっては、生涯で会う事もないまま終わる程の相手だが、だからこそ分からない。

 彼女達程の騎士が、何故こんな辺境へ?


「依頼ならお聞きしますが、何故わざわざこんな辺境へ? 王都ならば<オリハルコン級>や<プラチナ級>の冒険者ギルドがある筈。そちらへ頼む方が確実だ」


「貴様等にそこまで説明してやる理由はない。こちらも時間がないのだ。とっとと依頼を聞け!」


 エリア殿の隣の一人の青年騎士が前に出て、噛みつくようにギルド長へそう言ったが、それはいけない。

 彼はギルドを便利屋と思っている様だが、ギルドはそんな都合の良い存在じゃないよ。

 

「おやおや、お連れ様はギルドの何たるか知らないと見える。ギルドは便利屋ではありませんよ? そこには確かな信頼関係がなければ成り立たないのです。故に、今の私から言えることは一つ――お引き取りを」


「なっ! 貴様! 我々を王国騎士と知っての態度か!!」


 あぁこれはいけない。

 彼はギルド長の言葉に怒り、今にも剣を抜く――いや手に取ったか。 

 大人しくするつもりだったが、そうもいかないな。

 私は素早く彼に近付き、彼の腕を掴んだ。


「そこまでだ。それ以上は一線を越えるよ」


「なっ、なんだお前は! いつの間に……! それに、そのは――」


 あぁ、ついて興奮して第二スキルが発動のままになったか。

 今の私は普段の青い瞳から、金色に輝く瞳に変わっているだろう。


「失礼、魔眼の類だろうか……?」


「そんな大層なものではありません。これは私の第二スキルで『力量の瞳りきりょうのひとみ』と呼びます。魔眼の様な力はなく、他者のレベルや強さを視るだけの瞳です。だから危険と思ってしまうと、つい無意識に発動してしまう」


「フム、成程……しかし金色の瞳か。それに朱色の長髪」


 エリア殿は何か考え込み始めたがどうしたのだろう。私の目と髪を見ている。白髪でも増えたかな?

 だが警戒という訳でもない。剣を抜く様な気配もないので敵意がないと思うが。


「ええぇ! いつまで掴んでいる! 邪魔をするなら貴様から――むっ!?」


 騎士は私を振り払おうとしたが、それは叶わない。

 彼自身が剣から手を離さすまで、私も手の力を緩める気はない。

 本来ならばこうは上手くいかないだろう。彼のレベルは<31>だ。

 私とのレベル差は3。全力で抗えば外す事ぐらいは出来るだろうが、もう既に私の第一の固有スキルが発動している。

 

――今の私のレベルは<48+5>で、つまりレベル<53>なのだ。 


 これは私――ルイス・ムーリミットのスキル。

 私の戦闘範囲。その中で最も高いレベルに+5された数値を、私のレベルとするスキル『+level5プラス レベルファイブ』の効果だ。

 今は、この中で最も強いエリア殿のレベルに+5が私のレベル。  

 私よりもレベルの低い相手だけなら発動しないが、今のレベル差では彼はどうしようもない筈だ。


 ただこれは私の第四スキルの恩恵もあるのだけどね。


「なっ――くっ! くそっ! 馬鹿な! 俺は騎士だ! 選ばれた騎士だぞ!」


「それでも抜こうとするのかい? ならば仕方ない……少し力を込めるよ」


 そう言って私はレベルアップで強化された掴んでいる手に力を込め、彼の腕を強く握り絞める。


「ぐわぁぁぁ!!!」


 肉と骨が軋み、ようやく騎士は自身の手から剣を手放した。

 それと同時に私も手を放すが、しまったやり過ぎた。腕を掴んで凄く痛がってるな。

 だが相手が剣を抜いてしまえば一線を越え、ギルドと騎士でぶつかる可能性もあった。

 でも私も力で解決したのもいけない事だ。何かあったら私の責任で罪を償わせてもらおう。


「くっ……ぐぅ……!! よくも……よくも王国騎士にぃ!」


 あぁ、凄い苦痛の表情で睨んでいるな。

 君も悪いが、やはり大人げなかったか。

 って、あぁ! また剣に手を掛けようとして! ギルド長も絶対に気付いているでしょ!

 あの悪い顔。きっとそれを理由にして依頼断る気だよ。


「許さん!!」


「――そこまでにしろ。それ以上は私が許さん」


「っ!」


 瞬間、エリア殿の言葉に周囲の空気が変わった。眼つきも鋭く、氷の様だ。

 重く、凄まじい威圧感。咄嗟にフレイちゃんを私の背後へ庇ってよかった。

 冒険者仲間達も汗を隠せてないし、ギルド長ですら眼つきが変わった。

 他の騎士達からも息を呑む音が聞こえたが、一番可哀想なのは最初に仕掛けた彼だ。


「……あっ……あぁ……」


 彼女の威圧を真っ正面から受けたのだろう。滝の様に汗を流し、その場の態勢から動けていない。


「部下の無礼、大変失礼しました。謝罪致しますので、どうかお話を聞いて頂きたい」


 そう言ってエリア殿の表情は笑みへと変わり、威圧感も消えた。

 そして問題を起こした彼もようやく立ち上がったが、恐怖からか何も言えなくなっていた。

 やはり王国騎士だ。身内にもなんと厳しいのだろう。

 だが助かった。これで本題が聞ける。


「まっ、副団長様からの直接の謝罪を無下にはできません。依頼内容だけでもお聞きしましょう」


「感謝するギルド長殿。――単刀直入に言いましょう。あるが欲しいのです。この地域でしか採れない希少な薬草だと聞きました」


「それは……!」


 彼女の依頼内容にギルド内がざわついた。 

 私だってそんな気分にもなる。彼女が言っている依頼品はそれだけの物だからだ。

 この辺境で、そんなピンポイントな薬草。それは一つしかない。


「採取難易度7――霊草『みどりの夢』だね」


「っ! 知っているのですか!」


 彼女は喰い付いた様に反応する。それだけ必要な物なのだろう。

 実際、目的が翠の夢ならこの辺境――<グリーンスノー>に来たのは正解だ。

 翠の夢は間違いなく、この辺境エリアのダンジョンに存在するから。

――採れるかどうかは別として。


「この辺境の冒険者出身なら皆が知っている。霊薬にもなると言われた伝説の薬草『翠の夢』は、確かにこの辺境にあるダンジョンに存在する。嘗て、このギルドでも採取した事はある」


「ならば!」


「――しかし! それは念入りに、万全に、後悔なき準備してようやく取りに行けるものなんだ」


「アンタ等もルイスの話を聞いたろ! 翠の夢は10段階の採取難易度の中で難易度7。採取方法、魔物の強さ、ダンジョンの危険度。それらを踏まえた結果だ。辺境ダンジョンだからと安易に行けば死ぬだけだ!」


 私の言葉に続くように冒険者仲間からも言葉が続く。

 だがこれが常識だ。あのダンジョンには迂闊に入るなと、真っ先に教えるぐらいに危険度が高い。

 

「そのダンジョン魔物のレベル・アベレージは『28』です。ボスクラスになればそれ以上、嘗てはレベル『50』の魔物が確認された事もある。しかもダンジョンの環境も植物型魔物の巣であり、油断は即、死を意味をすると思った方が良い」


「レベル50の魔物……!」


「馬鹿な……こんな辺境のダンジョンでそんな!」


 私の話に騎士達も動揺を隠せないでいる。

 嘗ての時は炎系を得意とした魔術師や、完全に対策した道具等を持って制覇したダンジョンだ。

 唯でさえ地の利がない彼等では間違いなく死ぬ。精鋭だろうが、ダンジョンでは関係ない。


「……そのダンジョンの名は?」


「危険度7――『幻殺樹海げんさつじゅかい・ドクリスの森』だ」


「もし……依頼をすれば採って来て頂けるのか?」


「……準備に最低でも4日はいるがな」


 ギルド長の言葉に私も静かに頷いた。

 あくまで最低でだ。もし道具がなければもっと掛かる。

 今留守にしている冒険者にも戻って来てもらい、更にメンバーの編成も必要だ。

 まぁ流石にエリア殿立も、甘くは思ってなかった筈だ。それぐらいは覚悟――


「それでは遅すぎます!!」


 駄目だ、想像以上に過剰に反応してるんだけど。

 あんなに冷静な感じだったのに何故? そこまで必要って事は訳ありなのか。


「もう少し早く出来ませんか! 準備だけで4日では……!」


「申し訳ありませんが、これが最短です。ギルドとしても依頼は大事に扱いますが、それ以上にギルド員の命も大事に扱います。死ぬと分かって仲間へ強行させる事はできません!」


 フレイちゃんも流石に口を挟さまざる得なかった様だ。

 彼女は本当に優しく、正しいギルドの受付嬢だ。死ぬと分かっての依頼は絶対にさせないし、不正を感じる依頼にも敏感だ。

 それは王国騎士に対しても変わらず、ギルド長含め、決してOKを出さない筈だ。


「しかし! しかしそれでは……間に合わない。……!」


「騎士団長……?」


 今にも泣きそうになる彼女の言葉に私には、ある予感が過った。

 冷静になれば簡単だ。薬草が欲しいって事は使う人がいるんだ。

 背に腹は代えられない程の存在。だから彼等が王都を離れてまで辺境に来たんだな。


「詳しく聞かせて貰えませんか?」


「ルイスさん!?」


「おいルイス! まさか受ける気じゃないだろうな! いくらお前でも――」


「話を聞いてからです。彼女達はまだ話していない事がある。それを聞かず断るだけなら簡単です」


 きっと何かがある。長年冒険者をやっていた勘だけどね。

 でもそうじゃなきゃ、こんな凛とした女の子が泣きそうになるなんて事はない筈だ。

 それに私の気持ちが伝わったのだろう。エリア殿は静かに頷いた。


「実は……我が王国騎士団の団長が、暗殺ギルドから子供を庇い、毒を受けてしまったのです。その毒は特殊で解毒もままならず、我々も手を尽くし……何か薬はないかと周囲のギルドに聞き込みしたら……」


「翠の夢の事を聞いたと?」


 私の問いにエリア殿はゆっくりと頷いた。

 恐らく、聞き込みをしたギルドの中に、このギルドの出身がいたのだろう。

 でなければ、価値があるといえ有名ではない『翠の夢』を知る者はそうそういない。


「聞いたのなら、それを教えた者も言っていたのではありませんか? その薬草を採るのに危険が伴うと」


「……はい。ですが時間がなかった。これしかないと、もう」


 藁にも縋る。まさにこの事なのだろう。

 時間が無く、団長が死んでしまうと思って動かざる得なかったって事か。

 周りの騎士も顔が暗いし、どこか疲労感もある。

 あんな凛々しく、冷静であったエリア殿も、今では年相応の女性じゃないか。

 

 こんな方々が依頼してきて、それを無視するのは私には出来ない。

 私はその依頼を受けようとした時だ。エリア殿は更に言葉を続ける。


「ですが、これを言っていたギルドの方々は皆揃って言っていました。その地にはと呼ばれる人がいると。その人を頼りなさい……そう言われたのです」


 あぁ、そういうことか。その言葉で私は全てを察した。

 

 ダンジョンマスター。それは私が自身で名乗った事はないが、周囲が、他者が、弟子と名乗る者達が私に対していう称号だ。

 でもそれは私が沢山のダンジョンに潜っての経験と、入念な準備をして制覇率を上げているからだ。

 何度も死に掛けてるし、ダンジョンに絶対はないんだよ。


 でもそうか、彼女達は私を頼って来たのか。

 私が教えた子達も、未だに私をそう思ってくれているのか。


「お願いします! どうか団長を助けて下さい! そのダンジョンマスターという方に会わせてください!!」


「……副団長さん。ダンジョンマスターに会う、その願いなら既に叶ってますよ」


「はい……こちらの冒険者ルイス・ムーリミットが、貴女の探す<ダンジョンマスター>と呼ばれる冒険者です」


「ハァッ!? こんなただのおっさんが!?」


 ギルド長とフレイちゃんの言葉を聞き、騎士の一人が驚きながらそんな事を口にする。

 アハハハ、だが仕方がない。実際、私はただのおじさんだ。三十後半で腰や肩にもガタがき始めたね。

 だからフレイちゃん、そんなに圧掛けないで良いんだ。怒ってくれるのは嬉しいが、事実も受け入れないとね。


「貴殿が……? 確かに金色の瞳と朱髪を持つ、を纏う冒険者を探せと言われていたが」


 誰だい、エリア殿のそんな事を言ったのは。

 力量の瞳を使えば確かに金色だよ。でもそのせいで、おじさんの子供の頃のあだ名はフクロウだよ。

 何より歴戦の覇気ってなんだい。こっちは加齢臭が出ない様に食生活とか悩んでるのに、そんなものないよ。


 しかし、縋る様に私を見ているエリア殿をこれ以上、不安がらせる理由はない。

 何より、話が本当なら時間が勿体ない。


「ダンジョンマスター……とは私自身で名乗った事はありませんが、私が助けた方や教え子達は私をそう呼んでいました。はじめまして、私はルイス・ムーリミット――ただの冒険者です。あなたの依頼を受けましょう」


 そう言って手を差し伸べると、彼女も私の手を掴んでくれた。

 それを見てギルド長は頭をしょうがないと溜息を吐き、フレイちゃんも頬を膨らませていたが納得してくれている。

 仲間達も頭を抱えながらも、準備の為に腰を上げ、仲間への連絡や準備を始めてくれた。


 さぁ! 残業の時間だ!

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