第43話 禍転じて福と為すー1


「1000人用意した。すぐに作業に入れる。ただし……」

「わかっています。看病は難しいでしょう。薬の大量生産をしてもらえるなら問題ありません。これが各工程の作業リストと作業指示書です。適正に応じて分業化を」

「わかった。すぐに作業に取り掛かる」

「薬の運搬は、私がやりましょう。なに、仮眠もとりましたし、まだまだ動けますよ、レイナ様!」


 オルドが覚悟を決めたおかげで、エルフの助力もあり薬の大量生産は可能になった。レイナが指導し、すぐにでも取り掛かっている。

 薬は常に運ばれてくるが、呪われた者を看病するのは、俺達しかいない。

 

 かつて国を滅ぼした呪いだ。

 オルドの一存だけで、死ぬかもしれないこの場所に国民を連れてくることはできない。ここにいるものは覚悟が決まっている者だけだ。


「石人形×100!!」


 オルドは魔法で大量のゴーレムを生み出す。

 運搬などの単純作業を手伝ってくれる子供ほどのゴーレムだ。作業効率が爆上がりした。


「お父様……」

「遅くなって済まない。アナスタシア。もう大丈夫だ……もう大丈夫。もう……二度と諦めない。最後まで戦う」


 アナスタシアの手をぎゅっと握るオルド。

 アナスタシアは泣きながら握り返し、頷いた。

 

 それから俺達の戦いは続いた。薬の製造には、まだ時間がかかる。

 だが、次々と運ばれてくる梅毒の患者たちが、遂に1万を超え、さすがにこの人数では限界かと思った時だった。


「ひゃっはー!! 汚物は消毒、菌は滅菌だぁぁ!!」

「ここが次の戦場ですかい!! アニキ! 何を作りやしょうか!!」

「セカイ様! 石鹸はみんなに任せてきました!!」


 聞きなれた声が、病棟と化した工房の入り口から聞こえた。

 俺は振り向く。


「お前たち……なぜ」

「私が呼びました。もちろん、呪いのことは伝えましたし、くるかどうかは自由だとも……ですが、これが結果です」


 そこには、リベルティア領の領民がいた。

 子供たちを除くほぼ全員がだ。


「領主様が困ってるなら、助けるのが領民の仕事でさぁ!」

「なんでもいってくださいよぉ!! 命ぐらいかけてやります!!」

「セカイ様のためなら何でもやります!」


「お前たち……なら馬車馬のように働いてもらうからな!! 覚悟しろ!」

「「はい、喜んで!!」」


 死ぬかもしれない呪いだというのに、なんであいつらはあんなにうれしそうなのか。


「慕われてますね、領主様。誰一人、ここに来るのを迷った者はいないと聞いてます」

「で? セシリアにはなんて言ったんだ?」

「…………頭はまだ働いているようですね」

「当たり前だろう、ここに連れてくるまでに誰かの助力がなければ不可能だ。条件は?」

「…………デートだそうです」

「デート?」

「セカイ様を一日好きにさせて欲しいと……緊急事態だから許可しましたが!! 絶対に!! 落とされないでくださいね!!」

「デートって…………ふっ。俺を甘く見るなよ。あのような小娘! 手のひらの上で転がしてやるわ!」

「いつも転がされて、デレデレしてる癖に」

「うぐっ……」


 正直、自信はないが仕方あるまい。

 セシリアとデートか……ちょっと楽しみだな、そういえばすっごいのまだしてもらってないぞ! あんなことやこんなこと……ぐふふ。いて!?


「その顔が不快です。気持ち悪い」

「すんません」

「ふふ、いつものセカイ様に戻られましたね」


 気づけば俺は笑っていた。

 ずっと張り詰めていたものが緩んだのだろうか。

 いつものように笑えていた。


 なんで? …………あぁそうか。

 俺は周りを見渡す。


「俺にとって……あいつらがいる場所が安心できる場所になってるんだな」 


 そのとき、また扉が開いた。

 それに反応したのはオルドだった。なぜならそこには、多くのエルフ達がいたからだ。

 100……いや、それ以上? いったい何しに。

 

「どうした! お前たちには、薬の製造を任せたはずだが! ガルディア! どういうことだ!! 何故ここにきた!」


 オルドは立ち上がる。

 そのエルフ達は、オルドが集めた薬の製造のためのエルフ達だった。

 するとガルディアと呼ばれた男が前に出る。


「若い者に頼んできた。あちらは安全だからな。だからオルド……俺達はこっちを手伝う」

「――!? しかし、ここは呪われる可能性がある!」

「それを言うならお前もだろう。500年前、愛する者を助けられずに涙をのんだのはお前だけじゃない。それに姫様は言われた。いつの日か、もう一度戦えと。悠久を生きる我々だからこそ、その日が来たとき、もう一度戦えと」


 そしてガルディアは、前に出てオルドの胸をトンっと叩く。


「今度こそ、勝つんだろう? オルド。俺たちももう一度戦わせてくれ」

「…………あぁ!! もちろんだ!!」


 二人は頷きあう。


「薬が届きましたぞ!!」


 ソンが勢いよく入ってくる。

 俺達は全員頷き、そして治療を進めた。

 全員が一丸となり、戦う。ならば結果は決まっている。



 ~すべてが軌道にのり、数日後。


「治った……治ったの?」

「もう…………大丈夫なのか? アナスタシア」

「まだ投与は続ける。まだ菌がいるかもしれないから最後の最後まで確実に殺す必要がある。だが……もう大丈夫だろう」

「はい……はい!! もう体の痛みはありません! 私も戦えます!」


 アナスタシアの赤い湿疹がすべて消えた。


 俺は、無言で横で泣いているオルドの前に手でグーを作る。

 それを見たオルドは、その手を同じくグーでタッチした。


 それからも投与は続き、次々と軽症者から完治していく。重傷者も、回復ポーションとの併用で、症状がどんどんと改善されていった。


「私は謝らなければならない。セカイ殿……本当にすまなかった」

「いや、お前は正しい。俺が……逆でも……そうした……だろ……」

「それでも……セカイ殿? セカイ殿!?」


 連日の不眠不休、なんとか張り詰めていたがどうやら安堵も相まって、俺はついに気絶するように眠ってしまった。




「それが俺の最後の記憶だが……俺は一体どれだけ寝てた?」

「三日ほど爆睡でしたね。ご安心ください。治療は順調。あとひと月もすれば全員完治するかと」

「そうか……やり遂げたか」

「はい。本当にお疲れ様でした。今はお休みください」


 見上げると木造の天井。

 ここは……アナスタシアの家かな?


 ドン!!


「セカイ様!」

「セカイ殿!」

「アニキ!!」


 扉が開いたと思ったら、ソンにオルドに、レオンにアナスタシアに、フィーナに、三兄弟に、他のエルフ達にと騒がしい奴らだ。

 そんなに入るわけがないだろ。今にも扉が壊れそうだ。


「アナスタシア、オルド。こっちへ来てくれ。他は待っていろ」

「!? は、はい!」

「あ、あぁ!」


 そして二人は俺の隣に来る。

 俺は体を起こして、アナスタシアを見る。


「体調はどうだ、アナスタシア」

「はい! 薬はまだ投与していますが、もうどこも痛くありません。どこも辛くありません。 呪いは……呪いは消えました!」

「オルド、他の患者は」

「あぁ! もうほとんどが回復に向かっている。重傷者もいたが、ポーションを併用して全員助かるだろう。」

「そうか、ならばこれは俺たちの……勝ち……だな」

「勝ち……?」

「そうだ、勝ち。だ」

「勝ち…………そうだな! これは我々の勝ちだ!!」

「ならば勝ち鬨だ。俺はこの通り、疲れている。だからオルド、お前があげろ」

「し、しかし! これは、セカイ殿の!」

「いや、お前だよ。俺はほんの一月戦っただけだ。だが、お前は違う」


 俺はオルドの目をまっすぐ見た。


「500年、長い戦いだったな」


 それを聞いたオルドは驚き、そしてゆっくりと理解するように涙した。


「あぁ……あぁ!!」


 唇を噛み締めて、そして拳を掲げた。

 窓を開けて、全員に聞こえるよう大きく息を吸って叫んだ。


「500年の長きに渡るこの戦!! 我々……エルフと!! そしてセカイ殿達の完全勝利だぁぁぁあ!!」

「「ウォォォォォ!!!」」

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