第42話 赤の呪いー5


◇それからさらに三日ほど。



 レイナを加えてもなお、人手が足りず不眠不休の日々が続いた。

 それでも死者だけは出さないと、全員が奮闘する。


 それを見る男が一人。


 オルドだった。

 オルド首相は一人、アナスタシアの農場にいた。

 連日通い、セカイたちの様子を見ていた。

 それはセカイの言葉の。


* 

「お前は何を為す」


 それがずっと引っかかっていたからだ。


「セカイ様! 1時間でいいので仮眠を!」

「いや! これをやりきってからだ」

「さっきも同じことを言ってましたよ! また倒れたらどうするんですか!」


 不眠不休で、何やら薬を作っているセカイという男と、その部下であろう女。

 娘のフィーナと、あの騎士は看病をしている。他にも軽症者達も懸命につらい体を押し殺し、看病していた。

 だが……人が足りない。


「私は……治るのですか」

「必ず治る。俺を信じろ」


 今にも命を落としそうなエルフ達に、セカイという男は、ずっとそんな言葉をなげかけた。

 その手をぎゅっと握っていた。

 その様子が、あまりにも過去の自分に似ていたから、オルドは500年前を思い出していた。


 奮闘し、駆けずり回り、そしてすべてが零れ落ち、誰も……最愛も助けられなかったあの日のことを。



 

~500年前。


『絶対に助ける! 諦めるな!』


 エルフェンオーブ王国を襲った赤の呪い。

 そのときオルドは、宰相として、そして一国民として何とかこの国を救おうと奮闘していた。

 だが、何もできなかった。

 呪いを恐れて、誰もが呪われた者から距離をとった。看病していただけの者も次々と呪われ、瞬く間に国中をその呪いが覆った。


『オルド様……もう大丈夫です。あなたも呪われる』

『気をしっかりと持て!』


 不眠不休で、看病した。必死に頑張れと、諦めるなと投げかけた。

 でも自分でもわかっていた。呪われた者で助かった者は誰一人としていない。

 すでに数十万人が死んだこの呪いは、致死の呪いだ。

 四肢欠損すら治す回復ポーション・上級ですら一時的に体調が良くなっただけですぐに再度呪われる。


 何もできなかった。

 ついには、オルドの妻であり、エルフの女王オリヴィアすらも呪われた。

 自分と同じように献身的に国民を助けようと看病していたオリヴィアは、結局呪われてしまった。


 この呪いは残酷だ。

 

 頑張った者から呪われていく。

 優しき者から呪われていく。

 そして、大切な者を捨てることができなかった者から呪われていく。


 愛している。ゆえに広がってしまう。残酷な呪いだった。

 

『オリヴィア……』


 オルドは、床に臥せる妻の手を握ろうとした。

 しかし、妻は首を振った。


『みんなこんな気持ちだったのね……オルド。あなたまで呪われてしまう。私から離れて』

『いやだ! 私も……最後まで君と』

『だめよ。あなたが死んだら誰がこの国を導くの。それにほら……最後の予言が記されたわ』


 オリヴィアの魔導書は、預言の魔導書と呼ばれていた。

 未来を見通す予言は、幾度もこの国を救ってきた。

 そしてオリヴィアが召喚した魔導書には、こう書かれていた。

 

【遠き未来、呪いは蘇り、この地を再び覆うだろう。覚悟を決めよ、心のままに。さすれば王は勝利をもたらす】


『王……』 

『ほら、大丈夫でしょ。王……が何かはわからないけど、あなたのことかしら。なら……きっと勝てる』

『しかし、遠き未来とある!!』

『ええ、そして呪いは蘇ると。だからきっと呪いはこの時代からは消えるの。私がやろうとしていることで』

『なにを……するつもりだ、オリヴィア』

『私は死ぬわ。そして呪われた者にも、自害を勧める。そして抵抗した者は……殺します』

『――!? 何を言うんだ、オリヴィア!!』

『これぐらいしかもう……方法がないの。最悪な女王として悪名が残るわね』

 

 オルドは、必死に説得しようとした。

 だがオリヴィアの意思は固く、女王の命令は絶対だった。

 そしてそれが今できる選択肢で唯一だということもわかっていた。

 もう国としての形を維持できないほどに、この国は呪われてしまっていたから。


 そしてその日はきた。

 王城のバルコニーから、拡声の魔道具を使い、オリヴィアはその声を国中に届けた。


『これは未来への布石です。私は予言を見た。いつの日か、この呪いに打ち勝つ王がこの地に現れると。それは遠き未来です、だがきっとこの中で同じ時代を生きる者が現れる!! 悠久の時を生きる我々だからこそ! その意志を未来へとつなぎましょう。そして、いつの日か、その日がきたとき!! 我々はもう一度戦う!! そして……』


 すべての国民は、その声をまっすぐと聞いた。


『今度こそ、勝利する』


 そしてオリヴィアは、手に持つグラスに注がれた毒を飲んだ。

 事前に呪われた者に渡されているその毒を、国中の呪われた者は一斉に飲んだ。

 それから呪われた者は即座に殺して燃やすという掟ができた。


 そして、国の半分が死んだ後。やっと呪いは消え去った。

 


~500年前、回想終わり。



「私が…………為す。私が為せねばならぬ」


 オルドは何度も自分に言い聞かせるように、言った。


【遠き未来、呪いは蘇り、この地を再び覆うだろう。覚悟を決めよ、心のままに。さすれば王は勝利をもたらす】


 オリヴィアの予言通り、この国の王……首相として覚悟を決める。

 かつて自分の妻がとったように、呪われた者を殺し尽くすことこそが、覚悟だと思った。

 だから殺す。娘であろうと、最愛であろうと、殺す。


 それが自分が為さねばならぬことだと思ったから。

 それが自分にしかできない覚悟だと思ったから。

 だから。


「私が…………王である私が覚悟を決めねば、勝利はない!!」


 ぐっとこぶしを握って、押し殺すような声で叫んだ。

 そのときだった。



「絶対に助ける! 諦めるな!」


 

 それは、セカイの声だった。

 終わりなき看病で、鬱積した空気を吹き飛ばすような檄。

 思わずオルドは顔を上げてセカイを見る。


 そこには、自分がいた。


 奮闘し、あがき、懸命に最後まで助けようとしていた過去の自分がいた。


 その言葉はかつて自分が何度も言った言葉だった。

 だがその表情だけは、自分とは全く異なり、微塵も諦めなど感じさせなかった。

 セカイの言っていたことをオルドは何もわからない。


 でもその覚悟だけはわかった。


 そして……自分の心は、今もなおあの日と何も変わっていないこともわかった。


 ――みんなを助けたい――


 それが自分のだということにも。


「うっ……」


 セカイが、大きな声を出した反動で立ち眩み、倒れそうになる。


「セカイ様!」


 ソンや、レイナが手を伸ばすが間に合わない。

 だが、セカイが倒れることはなかった。


「……どうした、オルド。俺に触れたら呪われるんじゃなかったのか?」


 セカイをずっと見ていたオルドが、セカイを抱きしめしっかりと支えたからだ。


「殺すこと……それが覚悟だと思っていた。それこそが私がするべき覚悟だと思っていた!!」


 セカイは顔を上げてオルドを見る。

 泣いていた。


「もう一度聞かせてくれ。私は……国民を……娘を!! この国を殺さなくてもいいのか!!」

「それはこの国の代表であるお前が決めることだ。だから自分自身に聞いてみろ」


 そしてセカイはゆっくりと立ち、オルドの目を見て言った。


「お前の心は何と言っている」


【覚悟を決めよ、心のままに。さすれば王は勝利をもたらす】


 そのとき、オルドはオリヴィアの言葉を思い出した。

 そしてその意味も。


「私はもう……失いたくないんだ。もう……命を諦めたくない!!」

「なら、戦うしかないな。覚悟を決めて」


 そしてセカイはその手をオルドに伸ばした。

 オルドはその伸ばされた手を見る。

 かつて握れなかったその手を思い出し、そして心のままに、覚悟を決めて手を伸ばした。

 

「もう一度戦う!! 今度こそ、勝利するために!」


 セカイはにやりと、いつものように笑った。

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