第40話 赤の呪いー3

「病……だと」

「そうだ、これは呪いなんかじゃない。細菌という微生物による感染症だ」

「そんな……バカな。回復ポーション・上級すらきかなかったのだぞ!!」

「回復ポーションの作用は、細胞の活性化、自然治癒力の増加だ。外傷や、ただの風邪ならば一瞬で治すだろう。しかし自然治癒が適わないこの細菌に対しては全く効果がない」


 俺は再度アナスタシアを見る。

 赤い湿疹、そしてエルフの特性である性に開放的、死因、症状。

 そのすべてを総合的に加味しても、この病はたった一つの答えを導いた。

 実は前世で、先輩がかかってしまって死ぬほど調べさせられたというのもあるのだが。


「これは、梅毒トレポネーマという細菌が引き起こす――梅毒と呼ばれる性感染症だ」

「梅毒……」

「治療法はある。ペニシリンなどの抗菌薬を投与することだ。逆に言えば自然治癒は叶わない」

「抗菌薬……聞いたことがない!! お前の言っていることは何一つわからない!」


 俺はアナスタシアの手を再度握って、オルドを見る。

 

「だが信じろ。俺ではない。娘を。娘が信じた俺を」

「ぐっ!!」

「別に、この国のかじ取りをさせろと言っているわけじゃない。同じ症状を持つ患者を全員、この農場に集めろ。ここで隔離すればいい。そうだな……では一月だ」

「一月?」

「一月たっても俺が呪いを解けなければ、俺含めて全員殺せ」

「セカイ様! それは!」


 俺はアナスタシアの手を離して、オルドへとゆっくりと歩いていく。

 一歩ずつ、まっすぐとその眼を見つめて。

 

「どうする、オルド。俺は命を懸けた。お前は何を懸ける。この国の長として、お前は何を為す」

「私は……」

「お前の選択肢は二つ。呪いに恐怖し、全員殺すか。それとも、俺と共に呪いと戦うか」

「戦う……だと」

「あぁ、これは戦いだ」


 答えに迷っているオルド、そのとき後ろからフィーナが叫んだ。


「私は、お姉ちゃんを助けたい!!」

「フィーナ……」

「お父さん! 私はまだ呪われてない。でも!! でも!!」


 そしてフィーナが走り、アナスタシアを抱きしめた。


「フィーナ!?」

「私はお姉ちゃんを助けたい!! だから一緒に戦う!!」

「では、僭越ながら私も」


 そういってソンもアナスタシアの手を握った。


「ソン……お前」

「なんの心配もしておりませんよ」

「ふっ……だそうだ。オルド首相……お前はどうする」


 それを見て、オルド首相はこぶしを握りながらそしてふっと手を広げて頷いた。


「…………わかった。だが!! 一月だ!! 一月で何も効果がなかったなら! 私は容赦なく殺す!」

「いいだろう、契約だ。握手はするか?」

「……ふん!! 赤の呪いの発症者は全てこの農場に連れてくる。そのあとの対処はお前たちでやれ!」


 そしてオルドは背を向け、憲兵団と共に去っていく。

 どうやら、ひと月の猶予は手に入れたようだ。


「セカイ様……私、私!!」

「さぁ、やることは多いぞ。アナスタシア、病気が辛いと泣いている暇なんてないからな」

「…………はい!!」



 


 俺達はアナスタシアの家に戻った。

 暴れたので屋根が吹き抜けになっている玄関を見てため息を吐きながら、食堂へと向かう。

 屋敷のように広い家で、まるで貴族の家の食堂のように広いので、ここをしばらくは拠点とすることにした。


「俺達がやらなければならないことは二つ。ペニシリンの大量生産、そして患者の看病だ。自分で歩ける者もいれば、立つことすらままならない症状の者もいるだろう」

「この国は人口が減ったとはいえ、100万人います。呪いを恐れて、患者の看病など誰も手伝ってくれないでしょう」

「あぁ、だから時間との勝負だ。たった4人で全てを見ることはできない。無駄な時間はないぞ」

「「はい!!」」


 やる気は十分。だが懸念もある。

 それはペニシリンの作成にはどうやっても一週間はかかるということだった。

 もっと良い方法があるのかもしれないが、俺が持つ知識では原始的な方法しかない。

 だから成功するかもわからない。

 それでも。


「必ずやりとげる」


 俺しかこの国を救えないのなら、俺がやるしかない。


「アナスタシア、体調はどうだ」

「全身に倦怠感がありますが、まだ立てます」

「…………そうか」


 俺は考えていた。

 梅毒といっても前世のそれと同じなのかと。

 そもそもエルフは千年近く生きる。それを人間と同じように当てはめていいのかと。

 そんなことを言ってしまったら、おしまいなのだが、だがこれが細菌増殖によって体を蝕んでいる梅毒というのなら抗菌薬は間違いなく効果があるはずだ。


「では、ソン、フィーナ、アナスタシア。お前たちは患者の治療に当たれ。まずは、治療場所の確保。食料の調達から、すべてを頼む」

「はっ!」

「セカイ様はその……ペニシリン? の作成に当たるということですね」

「あぁ、そうだ。ここからは俺も手探りになる。正直指示してやれるほど整理できていない」

「わかりました。では、我々は我々の仕事を致します」


 そしてソンとフィーナとアナスタシアは頷いた。


「あの、セカイ様!」

「なんだ」


 胸に手を当てて、まっすぐとそれでいてさっきまでの泣きじゃくる顔ではなく。

 アナスタシアは、覚悟を決めた目で言った。


「…………ご武運を」

「任せろ」





「さて、じゃあ始めるか。まずは……」


 俺はアナスタシアの工房の中のチーズ工房へと向かった。

 そこには通常のチーズに加えて、ブルーチーズと呼ばれるチーズもあった。

 俺はそのブルーチーズを手に取る。


 ペニシリン――フレミングという天才がたまたま発見した人類の多くを救ってきた抗菌薬。

 その原材料は、このブルーチーズを作るための青かびだ。

 そして青かびの学名は――ペニシリウム。


「運が良いのか、悪いのか……すべての素材は俺の手に中にある。見ててよかった、大河ドラマ」


 つまりは、ペニシリンの原料だ。

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