第39話 赤の呪いー2
「俺は悪人のつもりだが、仲間を見捨てるほど悪逆のつもりはない。アナスタシアはともに夢を追う仲間だ。だから俺の話を聞け!」
「悪いが国防は、友情ごっこではないのだよ! それに今更お前の言葉ぐらいで覚悟を変えるつもりはない!!」
オルドの合図で、憲兵団たちが一斉に魔導書を召喚した。
20人近くいるが、力づくというわけか。
「ソン!!」
「御意!!」
俺の指示で、ソンが一切迷わず剣を抜いて、走る。
あまりになめらかな動きで、気づけばその憲兵団の真ん中に立っていた。
「なんだ!?」
「こいつはやいぞ!!」
中心にこられたソンに、魔法使いたちは何もできない。
魔導書があろうとも騎士という存在がなくならないわけだ。
接近されれば、当たり前のように魔法よりも剣の方が速い。
それに中心なので、魔法を放っても同士討ちしてしまう。
「魔法は打つな! 剣で倒せ!」
「おう!!」
だから全員魔導書を収め、剣を抜いた。
だがそれは悪手だろう。
相手は、一国で最強まで上り詰めた剣の使い手――ソン・ギルフォード元騎士団長だ。剣で戦うにはあまりに練度が違いすぎる。
ソンは、数の理など関係ないと、次々と憲兵団のエルフたちを気絶させて再起不能にしていく。
これで魔導書が封じられているのだから、魔導書があれば一体どれだけ化け物なのか。
「なんなのだ、お前たちは……なぜ我々の邪魔をする!!」
オルドが怒りと共に土色の魔導書を開いた。
すると3メートルはあろう巨人のような石造り人形が召喚されて、家の屋根を突き抜けた。
「ゴーレムか……魔法としては、定番だな」
憲兵団をボロボロにしたソンが戻ってくる。
「さすがにあれは魔導書なしでは難しいですね。切り刻めますが、すぐに再生するのがゴーレムの厄介なところ」
「生身であれをどうにか出来たら、お前はもう人間じゃねーよ」
「ふふ。では、援護に回りましょう」
俺達は3メートルはあろう巨人のようなゴーレムに乗るオルドを見る。
「何も知らない部外者が!! 一体その呪いで何人が死んだかわかっているのか! どれだけこの国が悲しみと絶望に包まれたかわかっているのか!!」
「さぁな、俺はそのとき生まれてなかったから知りもしない」
「ふざけるなぁぁ!!」
「セカイ様!!!」
ゴーレムのパンチ、ただの巨岩の落下だ。
当たればぐちゃっとパンのように潰れるだろう。
ソンが抱えて、逃げてくれなければ身体能力が貧弱な俺では避けることもできない。
「邪魔をするな……今、この国は一刻を争う状況だ、今この瞬間にも、呪いは広がり、この国をまた絶望の底に叩き落とそうとしている」
「だから実の娘であろうとも、殺すのか?」
「そうだ!! 接触者は完全に隔離! 呪われた者は、即座に殺し、骨まで燃やす! そうして、500年前も我々は生き残った!!」
「それは諦めだ。まだ救える命を、お前たちは諦めている」
「高々数十年生きたお前に、私の……私たちの覚悟がわかってたまるか!!」
振り下ろされる拳。
俺はポケットのタネを目の前に投げた。
「――成長促進!」
成長した魔樹は、その拳を受け止める。
「な!? 木が生えた……だと。先ほどといい……お前の魔法は…………だが、その程度で!」
するともう一体の同じ大きさのゴーレムが生み出された。
二つのゴーレムは、魔樹をなぎ倒し進んでくる。
俺とソンは、森へ逃げた。
追いかけてくるオルド、そして森の中に入ってくる。
「逃げるのか! 今逃げれば、見逃してやってもいい。ただし金輪際、この件にはかかわるな!!」
「逃げたわけじゃない。それに見逃してもらうつもりもない」
俺は森に生えている大きな大木に手を当て、オルドを見る。
「この国は……とても良い国だな。自然と共に生きる……これほど見事な森は、俺の記憶の中にすらない」
「何を企んでいる」
「いや、本心だよ。本当に素晴らしい森だ。土は肥沃、草木はのびのびと育ち、動物達も幸せそうに暮らしている。なにより、エルフ達と完全に共生している」
俺は前世を思い出していた。
木材を手に入れるために整備された森、人の手で整えられた森、ソーラーパネルが敷き詰められて、工場排水が垂れ流されて、生態系を破壊尽くされた森。
そんな悲しい森をたくさん見てきたし、そんな森にする仕事もたくさんしてきた。
100年先など考えず、ただ目先のために自然を破壊尽くしてきた。
だからかもしれない。
俺は一週間という短い時間だが、この悠々と聳える手つかずの大自然が、好きになっていた。
「……この国を愛してくれるのは、素直に嬉しい。だが!! その程度の機嫌取りで! 考え直すほど私の覚悟は軽くない!」
「わかっている。ここにお前を連れてきたのは説得するためじゃない! 植物操作!!」
「――!?」
周囲すべての大木が、オルドのゴーレムを貫いた。
魔樹よりも大きな大木たちが、俺に魔法――植物操作によってまるで手足のように動く。
今、俺の魔力は10万を超えている。この程度なら数時間だって動かせるだろう。
「草木を操る……だと」
「オルド首相。俺ならその呪い……解いてやれるかもしれない」
「呪いを解ける? 絵空事を! 500年! 世界中を駆けずりまわっても、呪いを解く方法など手がかりすらも存在しなかった!! それに、今日会ったばかりのお前を信用して、国の命運を左右などできるわけがない!!」
直後、オルドは土色の魔導書の最後のページを開く。
『自戒する巨神兵!!』
現れたのは、先ほどの3メートル程度の巨人ではなかった。
10メートル、いや、それ以上はあるだろうか。この森の大木よりもさらに大きい。
これは植物操作でも倒すのは、難しいか。
「これが最終警告だ。邪魔するのなら殺す覚悟はある。私は今度こそ、この国を守らなければならない!!」
「わからずやが……」
そのときだった。
「やめて!!」
俺とオルドは振り返る。
そこには。
「お父様、セカイ様。お願い……争わないで。私はここですから」
赤い湿疹を全身に発症させ、涙を必死にこらえるアナスタシアがいた。
「赤の呪い…………やはりか」
それを見て、オルドは唇を噛みしめて、悲しそうにこぶしを握った。
わかっている。
これほどこの国を愛するこの男が、実の娘を喜んで殺すわけがない。
その拳には長い年月とともに抱いた想像もできない思いが握られているのだろう。
「…………アナスタシア」
「大丈夫です、お父様。わかっていますから」
アナスタシアの手にはナイフが握られていた。
そしてそのナイフを自分の喉に向けた。
その手は震えて、泣いていた。なのににこっと俺に笑いかける。
「セカイ様……先ほどはひどい言葉の連続。ご無礼をお許しください」
「許す、それにあれは……お前の優しい言葉だった」
「…………願わくばあなたともっとお話ししたかったです。この一週間、とても楽しかった。さようなら、セカイ様……そして、お父様。ここまで育ててくれてありがとうございます」
オルドの目には涙が溜まっていた。
だが零さぬように、そして目をそらさぬように血の涙が流れそうになりながらアナスタシアを見る。
そしてアナスタシアが、そのナイフを喉元に突き刺そうとした。
「――!?」
だがそのナイフを俺は植物操作で叩き落とした。
「だが、死ぬことは許さん」
「で、ですが!! 私は呪われています! 死ななくてはいけないのです!」
「お前は、娘の覚悟すらも踏みにじるのかぁぁ!!」
俺はゆっくりと歩いてナイフを拾った。
そして再度、アナスタシアへとそのナイフの切っ先を向けた。
「アナスタシア、お前は死にたいのか。それとも……生きたいか」
「ふざけたことを抜かすな!! 死にたい奴がどこにいる!!」
「ですが、セカイ様。この呪いは…………致死の呪いです。どうせ死ぬなら!! 私は誰かを呪う前にここで死にたい!」
「お前は本当に……優しいな。だが、俺はお前の本心が聞きたいんだ。夢を残したまま死んでもいいのか」
「……わ、私の母も! エルフの女王だった母も!! 500年前に、この呪いにかかりました! そして自害し、呪われた国民たちは、次々と母を追うように自害しました! みな! 大切な人を呪うぐらいなら、ここで死んだ方がいいと」
「ならば言ってやる。お前たちは間違っている!」
「ふざけるなぁぁぁ!!」
オルドが叫び、巨神兵がその腕に持つ土くれの剣を振り下ろす。
その剣は、俺の真後ろに地面深くまで突き刺さった。
俺はゆっくりとオルドを見る。
「何も知らぬ若造がさっきから好き放題いいよって!! お前に…………お前ごときに我々が……オリヴィアがどんな思いでその選択をしたかわかるのかぁぁ!」
「どんな思い? 俺が知るわけがないだろう」
「だまれぇぇ!」
そして巨神兵は再度剣を振り上げる。
次はあてる。その意志と怒りがその眼には宿っていた。
だが俺はオルドの方へと体を向けて、その眼をまっすぐ見て言った。
「何度でも言ってやる。お前たちは間違っている。これは呪いなんかじゃない!!」
「呪いじゃない……だと」
俺はナイフを捨てて、その手をアナスタシアへ手を伸ばす。
「アナスタシア。生きたいのならこの手をとれ」
「で、できません! この呪いは、接触した者も呪います!!」
「いいや、呪われない。触れた程度では、それはうつらない」
「で、ですが!」
「お前の人生だ。お前が決めろ」
「だって…………だって!! この呪いは!!」
「俺は助かりたいと思わない奴は助けない。だがな、最後まであがく奴には、手を差し伸べるぐらいはしてやる」
俺は泣きじゃくるアナスタシアを見つめる。
「勝手なことをぬかす――!?」
ソンが巨神兵を駆けあがり、その剣をオルドに向けた。
「今、セカイ様が話されている。少し黙るといい。それに貴殿も聞くべきだ。愛しているのならなおのこと。彼女の心からの声を」
「ぐっ……」
アナスタシアは、震えながら俺を見る。
「私……私…………」
手を伸ばし、ひっこめるを何度も繰り返す。
迷い、悩み、葛藤している。
だから俺は背中を押すように、一言だけ言った。
「――頑張れ」
ゆっくり、そして少しづつ近づく。離れる。また近づく。
目にいっぱいの涙を浮かべ、アナスタシアはアナスタシアの戦いをしていた。
そしてついに。
「あっ!」
俺の手にアナスタシアの指先が触れた。
瞬間、逃がさないと、俺はその手をぎゅっと握りしめた。
「よく伸ばした」
「うっ……うっ……死にたく……ありません。私……まだたくさんやりたいことがあります!! 私は!! わたくしは!!」
まるで決壊するように、アナスタシアは涙をボロボロと流した。
そして感情のままに、心のままに。
「生きたいです!!」
その思いをぶちまけた。
その手を強く引っ張っり、アナスタシアを引き寄せる。
そして。
「――!?」
アナスタシアにキスをした。
「ど、どうして!!」
「触れた程度では呪われない。だが、粘膜接触ではうつるだろう……これは俺も呪われてしまったな」
俺は茫然としているオルド首相の方を向いた。
「オルド首相!! 今、俺もおそらくは呪われた!」
「な、なぜ……そんなことを!! 死ぬつもりか!!」
「いいや、死ぬつもりなど毛頭ない! だから……俺も命を懸けて治すしかないな」
俺はにやりと笑って、宣言した。
「お前たちが赤の呪いと呼ぶこのただの病を」
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