第37話 貞操逆転世界ー5
「やったぞ、アナスタシア! 成功だ!!」
「やりましたね! じゃあ私たちもヤりましょう!」
「勢いでOKしちゃいそうだったけど、ダメ!」
俺とアナスタシアは喜びハイタッチする。
この米麹があれば無限に米を増やせる。
今持ってきた米は、そんなに多くないのでこの米麹は保存しておこう。
「じゃあ日本酒を作るか」
「わぁ! お酒って好きです! 男性に飲ませるとすぐにお持ち帰りできるので」
「やめてね。そういう道具じゃないから」
「ふふ、冗談です。でもお酒はわたくし、とても好きです」
「日本酒を気に入ってくれるといいが。……じゃあドライイーストをもらってもいいか?」
「ええ、どうぞ」
ドライイースト……つまりは酵母だ。
パンを発酵させるのに使うが、アナスタシアの工房ではそれも作成して各国に輸出している。
ここでお酒というものについておさらいしておこう。
お米が日本酒……つまり、お酒になるまでには二段階ある。
糖化とアルコール発酵だ。
糖化とは、お米、つまりデンプンが麹菌が作った酵素――アミラーゼによって、分解されてブドウ糖になることを言う。
アルコール発酵とは、このブドウ糖を酵母によってアルコールと二酸化炭素に分けることを言う。
以上終了。
と、簡単な手順で出来てしまう。
なので米麹まで来てしまえば、お酒自体はとても簡単な手順でできるのだ。
ではやっていこう。
まずは白米をしっかりと炊きます。蒸すのではなく炊きます。
これはアナスタシアの家のキッチンを借りました。フライパンもあったので簡単に炊けた。
「わぁ……すごい良い匂いですね」
「食べてみるか。これは白米といって俺の故郷の主食だ。こっちでいうパンだな」
「いただきます…………わぁ美味しい! パンとはまた違って……なるほど他の食べ物の味を邪魔せず腹持ちも良い。だから主食になりえると」
「そうだな。おかずがあればもっとうまい。塩だけでもうまいけどな」
そしてこの白米を容器に入れる。
今回は植物操作で大きなバケツを木で作った。
そこに少し冷ましてから放り込む。
そして次に。
「水を入れる。そして米麹を入れて、ドライイーストを入れる」
「ふむふむ」
「これだけだ」
「え? これだけなんですか?」
「そうだ。これで米のでんぷんがブドウ糖になって、ブドウ糖がアルコールになる」
「どれぐらいで出来るんですか?」
「そうだな、五日ぐらいか」
「手間は少ないですが、時間はかかるんですね」
「そうだな、これで出来たお酒はどぶろくといって、そこから日本酒にするにはまた少しかかる。焼酎にするにはさらにかかる」
「お酒は造ったことはないですが……とても時間がかかるものなのですね」
「まぁ果実酒やエールなんかはこんなにかからないけどな。日本酒は丁寧に磨き上げて手間暇かけたお酒だ」
俺は仕事終わりはビール派だけど、ゆっくり味わうなら日本酒派だ。
特に居酒屋なんかにいくととりあえず生だが、そのあとは日本酒にしている。
「とりあえずこれでこの国でやりたいことは終わりだな」
「え? 帰ってしまうのですか?」
「これでも領主だからな。帰りを待ってる領民と、怖い秘書がいる」
「そう…………ですか」
別れはいつだって寂しいものだ。
それに俺はアナスタシア達が嫌いではない。
ここはとても居心地が良かったからな。また来たいと思っている。
「またくるさ。そんなに寂しそうにするな」
「…………一年後ですか」
「千年生きるエルフ族にとっては一瞬だろ? それにお前から俺の国に来る分には問題ない。リベルティア領はいつだって歓迎する。待っているぞ、アナスタシア」
「…………はい! 絶対にいきますね!! 約束です」
俺はアナスタシアと握手して笑いあった。
その日の夜、俺とソン、そしてアナスタシアとフィーナの四人でBBQをした。
エルフはあまり肉を食べないと聞いたのに、全然食うやん。肉食やん。
「フィーナ、アナスタシア。二人とも感謝する。この恩はいずれ返す」
「大げさですよ、それに私もこの数日とても楽しかったです」
「そうですよ、セカイさん! お姉ちゃんったら結構ガチ恋してたみたいですから、また来てくださいね!」
「ちょっと、フォーナ!!」
「あはは、お姉ちゃん顔真っ赤! セカイさん! お姉ちゃんすごくお勧め物件なのでよろしくです!」
「も、もう……恥ずかしいわ」
顔を赤くして、ちらちらと俺を見るアナスタシア。
そんな初心な反応されると俺までドキドキしてしまうだろ。
するとソンが俺に耳打ちしてくる。
「セカイ様、側室でしたら如何様にでも」
「だまれ、エロ騎士」
「御意」
遊んでしかなかったこのエロ騎士に発言権はない。
それに側室? そんなことレイナが許すわけないだろ。ん? でもなんてレイナが許さないんだ?
俺は領主だし、この世界は一夫多妻なんて日常だ。ふむ、帰ったら相談して…………いや、殴られそうだからやめとこ。
「アナスタシア、今後もリベルティア領の領主として作物や酵母などの取引をしたい」
「ええ、もちろんです。そう言われると思ってこちらにリストを」
「さすが優秀だな。うん……俺が欲しかったものばかりだ。支払いは今すぐにはできないが、追って使者を出して今後も貿易して国交を築いていこう」
「はい、末永く。それにセカイ様となら私の夢も叶う気がするのです。セカイ様の知識はわたくしの知らないものばかりですから」
「夢?」
「はい。私の夢は、世界から飢えを無くすことです」
「飢えを無くす……この飢えとは程遠い国でか?」
するとアナスタシアは、静かに語りだした。
「今から500年も前の話です。エルフェンオーブは滅びる一歩手前でした。回復ポーションも効かない……災厄の呪いがこの国を包んだのです」
「呪い?」
「はい、全身に赤い湿疹のようなものが広がり、やがて死に至る呪いです。赤の呪いと呼ばれ、それは国中で猛威を振るいました。当時、1000万いたエルフは…………半分以上がその呪いで死にました」
「――!? 500万の死者ということか」
半分以上……それは500万人ということか。
そんな呪いがあるなんて、異世界は怖いな。
「ええ、500万人が死に、国は死にました。それと同時に呪いも消え、悪夢は去ったと思われました。ですが、そこからも地獄でした。国は死に、文化も秩序も何もかもが死んだこの国は、大量の飢餓者を出し、そして仲間同士で少ない食料を奪い合い、殺し合い、さらに400万人以上が死にました。それはまさに……地獄だった」
「仲の良いエルフが殺しあわなければならない……それは言葉にできない地獄だな」
「呪いは仕方ありません。ですが……もし食料が十分にあったなら我々は同種族であのような地獄を経験しなくてもすんだ。500万から100万人まで減らさずに済んだ。それから500年。人口が減少したことによって、食料の需要と共有は保たれて、やっとここまで戻ったのです」
「人口のわりに国が広いのはそういうわけか。よく侵略されなかったな」
「それは呪いのせいです。この地を踏んだものは、エルフ以外も呪われて死にましたから。だから他国から侵略も……そして助けもきませんでした。呪いが完全に消えたと他国が理解したのも、ここ100年ほどの話ですね」
「なるほど……だからお前は飢えを無くしたいんだな」
「ええ。もうあの時のような地獄を繰り返したくない。そして今、この世界ではそれが起きつつあります」
「ワールドガルズ帝国の10年戦争か」
「はい、セカイ様の国――ファルムス王国だけではありません。世界中から食料から兵士からと徴収され、多くの飢餓者を生み出し続けています」
今この世界は、疲弊している。
10年続く帝国の戦争……それは生存戦争で決して敗北することはできない。
「でも正確には母の願いでもあるのです。500年前……ここを作ったのは母ですから。私はそれを受け継ぎました。母が願った……みんなが食で満たされて争わなくていい世界を作りたい。それは夢のような世界ですが、きっと……できる」
そしてアナスタシアは俺ににっこりと笑った。
「それがわたくしの夢――必ず成し遂げると母の亡骸に涙ながらに誓った、たった一つの願いでございます」
「…………そうか」
俺はゆっくり立ち上がった。
「ならば、その夢。俺も見させてもらおう」
「どういう……」
俺は前世を思い出す。
毎日毎日、貧乏な我が家で俺は満足に食べられなかった。
飢餓とまではいかないが、それでも腹が減って辛いという気持ちは多少わかるつもりだ。
「飯を食う。そんな当たり前に困ることのない世界。それは俺が望む世界でもある。だからアナスタシア、この手を取れ。お前の自然に関する豊富な知識が必要だ」
「…………本気にしてしまいますよ」
「俺は、嘘はつかない。やると言ったことは必ずやる」
そしてアナスタシアに手を伸ばす。
それを見たアナスタシアが、ふふっと笑いその手をぎゅっと握った。
「もう逃がしませんからね。一生」
「望むところだ。なら今日から俺達は同じ夢を追う――仲間だな」
「仲間…………ふふ、素敵です!!」
その日は夜まで俺達は夢を語らった。きっと叶う……そんな未来を夢見て。
だが、まだ俺達は知らなかった。
呪いという悪夢はすぐそこまで迫っているとも知らずに。
◇同時刻エルフェンオーブ、とある病院。
エルフェンオーブの代表たちは緊急で呼び出された。
ガラス越しに病室の中を見る。
そこには一人の女性の遺体が置かれていた。
「オルド首相……これをご覧ください」
「――!?」
そして医者がその女性を覆っていた布をとった。
それを見たエルフェンオーブ共和国の代表たちの長――オルド首相は、顔を青ざめた。
その女性には、全身に赤い湿疹が広がっていたからだ。
「急激な痛みと共に……心臓を抑えて……そのまま。私も700年医者をしておりますが、この症状はあの時と同じ――赤の呪いです。予言は……正しかった」
「オリヴィアの予言…………呪いは……本当に蘇った」
800年近く生きるオルドは、その症状を知っている。
そして頭を抱えて膝をついた。
「また悪夢がこの国を包むのか」
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