第26話 デモルフ族ー1

 この世界の人間は、魔導書を例外なく手に入れることができる。

 ただし、手に入れられないものがいる。

 それがデモルフ族だ。

 見た目は人、ただし目が黄金色で髪も黄金色――それに褐色の肌が特徴だ。俺も知識としかそれは知らない。


「超希少種です。しかし、希少な割に扱いが難しいんですよ。そも素の戦闘力が高すぎますから主人を殺しかねない。魔導書を持たないから奴隷紋で縛ることもできない」

「戦地に送らないのか? 帝国が欲すると思うが」

「素直に従わないですから難しいですね。特定の条件下でのみです。今回はその結果が流れてきたというところですか」

「特定の?」

「ええ」


 そして俺は地下に連れていかれた。

 薄暗い牢屋、その一室にそれはいた。


 鎖に繋がれ、質の悪い奴隷服を着させられている。

 やせこけて、骨ばっている。そしてすべてに絶望している。

 まだ年端もいかない少女がしていい眼ではない。


「ソソカ……これは一体どういうことだ? さすがに不愉快だ」

「セカイ様、お怒りを鎮めてください。全て理由があるのです。彼らは万全の状態なら鎖すら引きちぎる戦闘民族、力を与えないために食事をコントロールするしかないのです。元居た部屋は壊されてしまいまして……それとここに連れてくる前からあの目をしています」

「理由は」

「…………先ほど特定の条件下のみ従えれると申しました。デモルフ族は家族愛、そして種族愛がとても強い種族なのはご存じですか?」

「あぁ、数こそ少ないが血は繋がってなくても同種は全て家族と認識するほどだと聞いている」

「はい。ですから……人質をとって働かせるのが基本です。あの子の両親は、あの子を守るため帝国の命令で戦地に赴き、そして命を落としたと」

「…………」


 それを聞いた俺は、息を吐きながら目を閉じた。

 この世界に基本的人権なんて期待はしていない。奴隷なんて家畜のような扱いを受けているのは知っている。

 そして帝国は、とある戦争をしており種の存続がかかっている。非道な手だろうが、勝たなければならないのはわかっている。


 全て知っている。全て理解できる。


 それでもその事実はあまりにひどい。


「ひどすぎます。それはあまりに……残酷です」

「あぁ」


 このまだ8歳そこらの少女は、きっと理解しているのだろう。

 自分が人質となり、そして両親は自分を守るために戦地で死んだということを。

 

 それが一体どれほど辛いことなのか。

 俺には想像もできなかった。


「セシリア」

「セカイ様が望まれるなら前払いはいくらでも」

「セシリア嬢のお願いでしたら分割払いも承りますよ」

「ふむ」


 魔綿と石鹸で金はある程度用意できる。

 セシリアにはリスクしかないが、俺のことを信用してくれている。いや、信頼を得ようとしてくれている。

 なら甘えようか。俺は今ほとんど金のない貧乏領主だしな。

 

「いくらだ、ソソカ」

「デモルフ族は、本来1憶ゴールドを超えます。ですが、セカイ様は今後ともお付き合いしていただけそうなので…………5でどうでしょう」

 

 そういって手のひらで開いて、5を示すソソカ。5000万という意味だろう。

 日本円にして5億円か。扱いに困るといっていたのに、商売上手だな。


「いいだろう。すぐに準備しろ」

「お買い上げありがとうございます。すぐに対応致します」

「あぁ、で名前は?」

「この子の両親は、ファナ……と呼んでいたそうで」

「わかった。牢をあけろ」


 そしてソソカは牢を開けた。

 俺は中に入るが、ファナは何も反応しなかった。黄金に輝いていたはずの光を失った目でただ床を見つめている。

 俺はこれを知っている。あの日のレイナと同じだ。

 

 心が枯れ葉てて乾いている。


「今日から俺がお前の主人だ」

「…………」

「名前は?」

「…………」

「奴隷紋を発動させましょうか? 痛みにはまだギリギリ反応しますよ」

「いらん」

「失礼いたしました」


 やはり反応がない。

 俺はその手に触れてみる。

 それでも反応がなく、筋肉は衰え、骨だけになっている。


「それでも1秒あれば我々の首など簡単にへし折る種族ですのでお気を付けください」

「枷を全てはずせ」

「………………了解しました」


 ファナの枷は全てはずされた。

 俺はそして目の前で、しゃがんでファナの目を見て言った。


「お前の両親は死んだ」

「セカイ様!」


 レイナが後ろで声を上げるが、俺は手で制した。

 その言葉に反応し、ゆっくりと顔を上げるファナ、俺の目を見る。

 その眼には涙が溢れていた。


「パパ……ママ……もういないの? もう……会えないの?」

「そうだ、もう会えない」

「セカイ様! あまりにそれはひどすぎます!」


 レイナが耐えきれないと前に出ようとする。

 だが俺はまた手で制した。

 だがこの子の枯れた大地をもう一度芽吹かせるためには必要だ。怒りでもいい、悲しみでもいい。


 感情がなければ、そこには何もしみ込まない。


「俺はお前に未来はくれてやる。だが、過去は変えられない。お前は両親が死んだことを受け入れなければならない」

「…………」

「それとも今、ここで死ぬか?」

「…………コクッ」


 ファナは頷いた。

 死にたいと言っている。もう全てに絶望して、ここで命を落としたいと言っている。


「パパ……ママ……もういない。ファナ……もう一人…………もう……死にたい」


 目から涙が零れ落ちて、死にたいという言葉を繰り返した。

 ぽろぽろと涙があふれて、わんわんと泣き出してしまった。

 この世界で一人だけという孤独と最愛の家族を失った痛みは、8歳の女の子に耐えられるようなものではないだろう。


「お前の両親は、お前に死んでほしくないからと行きたくない死地に赴き、戦って死んだ」

「…………うっ……うっ。ファナのせい。ママ……パパ……死んじゃったの、ファナのせい…………」


 ぐちゃぐちゃの顔で、ファナは泣きじゃくった。

 悲しいだろう、でもそれでいい。涙は乾いた心では流れない。

 流せるなら、まだ死んでない証拠だ。

 後ろでレイナからの圧がすごいが……別に虐めてるわけじゃないんだが。


「だからお前は生きろ。なんて軽々しい言葉を言うつもりはない。死にたいなら死ねばいい。お前はもう自由だ。望むというなら、殺してやる」

「セカイ様!! やめてください!!」


 それに合わせて思わずレイナが飛び出した。

 そしてファナをぎゅっと抱きしめる。

 昔の自分と重ねたのかもしれないな。


 だが俺は言葉を繋げた。


「だが何も為せずに死んでいいのか?」

「…………なにも?」

「お前の両親は何で死んだ。言ってみろ」

「…………ファナを守るために」

「違う。間違っている。確かに、お前の両親はお前を守るために戦地に向かったかもしれない。だが、それをさせた奴がいる。戦わなければ、お前を殺すと脅して両親を死地に向かわせた奴がいる」


 その瞬間、ファナの目になにかが灯った。

 レイナの時と同じ目だ。


「だからはっきりと言ってやろう。お前の両親は勝手に死んだんじゃない。殺されたんだ。それを命令した奴にな。そしてそいつは、お前たちが死んだことなどどうでもいいと思っている」


 ファナがこぶしを握った。

 絶望から立ち上がるために必要なエネルギーは、怒りだ。

 怒りこそが、最も基本的な根源的原動力となる。


 乾いた大地をも踏み砕く怒りの力が、今のこの子には必要だ。


「そして今なお、お前の同族たちはお前と同じ目にあっている。同じように殺されるかもしれない。お前が家族のように愛している同族たちは、お前の両親のように命を落とすかもしれない」


 その言葉に、ファナの目に何かが灯った。


「止めたいか」

「…………コクッ」


 ファナは唇を噛みしめて頷いた。

 俺はにやりと悪人の顔で笑った。


「ならば俺についてこい。世界を知り、理を学び、死に物狂いで練り上げろ。よく食べ、よく寝て、心も体も今よりも大きくなったとき……そのときまだ、復讐の牙を研ぎ続けることができていたならば……」


 俺はファナに手を伸ばす。


「俺がお前の牙を使ってやる。不条理を切り裂く牙として」

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