第5話 魔草ってすごいー2

◇レイナ


 10年前になる。

 私の国――ロギア王国はファルムス王国に、戦争で負けた。

 国民は奴隷となり、死んだ方がましと思わされるような生活を強いられた。


 王である父も、女王である母も。

 処刑台の上で、おぞましい処刑方法で無残に殺された。

 

 私だけは、王族であることを隠されて奴隷に落ちることになった。

 私だけが生き残った。

 当時、6歳の私は奴隷商に売られたが、生きる希望も失った私は食事も喉を通らず痩せぼそり、劣悪な環境から病にかかって死を待つだけだった。

 でもそれでよかった。

 もう生きていく理由がない。死にたい。

 

「磨けば光りそうだな」


 そんなとき、セカイ様と出会った。

 同い年だが、身なりが良くて貴族であることはわかった。

 だが虚ろな目で見た後、私はすぐに下を向いた。


「生きたいか」

「…………」

「…………死にたいか?」

「コクリ」


 私は頷いた。

 もう全てが終わってほしかったから。


「それでいいのか? お前から全てを奪った相手はのうのうと生きているぞ。そしていまだにお前の国から奪い続けている。それでいいのか?」


 何を言っているんだろう。

 でもその言葉はすっと私の胸に入ってきた。

 もう生きていくのも嫌なのに、私の心がざわついた。


「復讐したくないか?」

「え?」

「初めて目に力が見えたな」

「……何を言ってるの」

「ただの気まぐれだ。だが……服従し、隷属するだけの女なんかつまらないだろ。だから復讐する気概をみせろ。そのために、美しくなれ、賢くなれ、気高くあれ……そして何より強くなれ。そうしたら俺の隣においてやる」


 意味が分からなかった。

 でも……。


「いくぞ、俺についてこい」


 その手が暖かかったことだけは覚えている。

 そして私はセカイ様の従者になった。


 奴隷紋もつけず、敗戦国の戦争奴隷ということを隠して、平民として偽装してもらった。

 大恩がある。ここまで育ててもらった返しきれない恩がある。

 だが、私はセカイ様にもまだ言っていない。


 ――自分が亡国の姫であるということは。





「全員注目!!」


 俺の呼びかけに、村のみんなが集まってきた。

 村長のソンに命令して、全員を俺の前に座らせる。

 確かに69名。子供もいるのか……。


「俺は、セカイ・ヴァン・ノクターン。侯爵家のものだ。今日からこの開拓村含む開拓地の領主となった!」


 ざわつくが、どちらかというと困惑の反応の方が大きい。

 彼らはもう自分達が捨てられると思っていたのだから当然だ。


「話をする前に……飯を食う。すべてはそれからだ」


 俺はぱちぱちと手を叩き、レイナに合図した。

 ガラガラと、台座付きの机が押される。

 その上には、レイナがかってきた巨大な鍋が三つほど。


 すでにシチューはできている。

 さきほどソンに、村人を集めさせている間に俺とレイナの二人で用意したものだ。

 手際が悪いので、野菜の皮だけ向いていてくださいと言われたのは内緒だ。


「全員分ある。いくらでも食べて構わない。並べ」


 全員が疑心暗鬼だった。

 ずっと虐げられてきた10年だ。そう簡単には動かない。

 こういうときどうすればいいか。


 簡単だ。

 俺は鍋の蓋を取った。

 シチューの良い香りがあたりに充満していく。

 すると、一人だけいた女の子が立ち上がった。

 そして走ってくる。


「食べていいの?」

「あぁ、しっかり食え。おかわりもいいぞ」

「ほんと!!」

「遠慮するな。今までの分食え」


 レイナがシチューをよそって、子供に手渡した。

 そして頭を優しく撫でた。


「胃がびっくりしちゃうから、ゆっくり食べるのよ。ふーふーしてね」

「わぁぁ!! ありがとう、お姉ちゃん!!」

「氷姫も、子供には優しいんだな」

「黙ってください。次そんなことを言えば、その舌を引っこ抜くか、舌を噛み切って死にます」

「こわ……」


 すると村人たちが次々と立ち上がった。

 レイナがシチューをどんどん配る。配給が追いつかない。

 しかし貴族である俺がするわけにはいかないので、ソンに手伝わせた。


 俺も腹が減ったので、裏手にある机で食べることにする。


 しばらくするとレイナが戻ってきた。


「よそうだけですので、お任せしてきました」

「あぁ、それがいいだろ。そのほうが気を遣わないでたくさん食べれる…………なんだよ」

「いえ、本当に人が変わったかのようですね。クズで引きこもりのセカイ様はどこに行かれたんですか?」

「奴は死んだ」

「お悔やみ申し上げます」


 正確には、性格が変わったというべきか。

 そりゃ数十年分の人生を経験してきたら性格も変わる。

 今では元の性格がどんなだったかもわからない。


 しかしうまいな、このシチュー。シェフを呼んでくれ。

 

「どうですか? 王国一の才女で、美少女が作った手作りシチューは」

「うまいよ。嫁にしたいぐらい」

「…………」


 いつもの暴言が飛んでこないなと思ったら、レイナが顔を赤くして下を向いていた。

 あれ? どうしました、レイナさん。あなた1言われたら10の暴言を返す人でしたよね?


「そ、それで! 今後の予定は! 一月分の食料は買ってきましたが、状況は何も変わりませんよ」

「あぁ、それなんだがな」


 俺は立ち上がった。

 そして食事中の村人たちの前に立つ。


「食事しながらで構わない、聞け」


 すると全員が俺を見つめる。

 立ち上がろうとするが、俺は手で制した。


「再度自己紹介をしよう。俺は、セカイ・ヴァン・ノクターン。侯爵家だ。この開拓村を預かり、発展させるためにここにやってきた。つまり領主だ」


 村人たちは、先ほどまでの表情ではない。

 死を待つだけではなく、それでも疑心暗鬼は消えていない。

 でもそれは当たり前だ。

 

「今日から、全員俺の指示に従ってもらう。逆らうものは容赦せず殺す。だが従うものには、今日のような恵を与える」


 慕ってもらおうなどと思っていない。

 俺は悪逆領主で十分、ただしギブアンドテイク、その関係でいい。

 それに、彼らの心はきっとまだ。


「…………い、いまさらなんだってんだ!!」


 開かれていない。


 子供の一人が立ち上がった。

 年は10歳ほどの男の子だろうか……10年前連れてこられた1000人は、子供もいたし大人もいた。

 きっと妊婦もいたのかもしれない。

 それに開拓村では人口を増やすために、出産は推奨されていたのだろう。


 誰もこんなことになるとは思わなかったはずだ。

 

「俺達は10年放置されたんだぞ! 俺の父さんと母さんは、その間に死んだ! 治療もできないこの不毛の大地で、毎日食うものにも困って!! 俺に食べ物を分け続けて!! ただの風邪で死んだんだぞ!」


 その眼には涙が溜まっていた。

 

「一体……一体何人死んだと思ってるんだ! どう責任取ってくれるんだ!!」


 その怒りは伝播していく。次々と暴言が飛んでくる。

 暴徒となって、いますぐにでも俺を殺しにきそうな勢いだった。

 10年の怒りは、そう簡単に消えることはないだろう。


 だから俺はこう答えた。


「――知るか」


 枯れた心を、もう一度怒りで目覚めさせるために。

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