第3話 俺、不毛の大地へ向かうー2

 ところで、俺は悪逆貴族である。

 ノクターン家といえば、それはもう悪逆非道傲慢不遜である。


 民からは恐れられ、嫌われ、畏怖されている。

 例にもれず俺も、性格は終わっていたが、基本的に引きこもりだったので悪事はしていない。

 それに、今俺は青空大地という結構な人格者の記憶に引きずられて随分マイルドな性格になった気がする。


 だが、この性格は好都合である。

 なぜなら青空大地の人格は、頼まれると断れないお人よしだからだ。

 善意に漬け込む悪意に弱かったが、今の俺は悪意をも飲み込める悪逆貴族だ。


 今世では、善人にはならない。


 ――俺は悪人になる。


 よし、開拓村についたら偉そうにして民たちから死ぬほど搾取しよう。

 俺は寝て遊んで暮らし、民草に働かせて、うまいものでも食べながらスローライフを満喫しよう。 

 噂では、当時1000人は開拓村に連れてこられたらしいからな。ならば次々と使い潰してやればいい。民などいくらでも沸いてくる。虫のようにな! ガハハ!


「っと思っていた時期がありました」

「いきなりなんですか。熱を出してから元から歪んでいた性格がさらに歪んでますよ」

「とりあえず会話するたびに、一回罵倒を入れるのやめてほしいんだが……」

「すみません、無理です。私を殺すしか」

「どんな悲しきモンスターだよ。しかし、これが開拓村か? 廃村の間違いではなく?」

「…………私も少し驚いています。ここまでひどいとは」


 不毛の大地に船が着いた。

 船で、半日近くはさすがにしんどいな。


 降りたらすぐに、開拓村があった。

 が、もはや村というより廃墟である。その奥には広大な荒れ果てた荒野がどこまでも広がっていた。


 開拓なんてそんな夢溢れる状況ではない。

 不毛だ。想像を絶する不毛。土地はカピカピ、草木も水も何もない。

 すると俺達に気づいたのか、一人の男が近づいてきた。

 年は30ほど? 疲れて切って髭が伸びきっているが、体格の良いおっさんが来た。

 だが見た目はほとんどホームレスだ。


「この村の村長をやっています。ソン・といいます。見たところ貴族様のようですが……一体どうされましたか」

「俺は、セカイ・ヴァン・ノクターン。侯爵家のものだ。この村の開拓の責任者になった。こちらはレイナ、俺の秘書だ」

「レイナ…………」

「知り合いか?」

「いえ、私は存じ上げません」

「も、申し訳ありません。どうやら人違いでしたようです。しかし貴族様がなぜ……まだこの村は捨てられていなかったのですか?」

「一体どういうことだ」

「詳しい事情をお話します。こちらへ」


 案内されたのは、ソンという男の家だった。

 家というか、もはや小屋だったし、隙間だらけでボロボロだった。

 だがこの家だけじゃない。周り全てがそうだった。


「他の村人はどうした。1000人はいたはずだが……みるところ100人もいないだろう」

「全部で70名……いえ、今朝で69名です」

「どういうことだ」

「そのままの意味です。10年前に開拓村に連れてこられた1000人は、大半が体調を崩しそのまま死にました」

「…………」


 ひどすぎる。

 さすがに、開拓なんてレベルじゃないぞ。

 この世界、人権意識低すぎないか? 人的リソースを何だと思ってるんだ。

 

「支援物資も年々減らされ……今ではもうほとんどありません。この村は死にました。いつ死ぬか……それを待つのみです」

「なぜ逃げなかった」

「…………我々は戦争奴隷ですから。それに……どこに逃げると? この大陸はすべてが不毛」


 そういうと自らの足を見るソン。

 そこには、奴隷の証。奴隷紋が刻まれている。

 闇系統の魔導書の多くが使用できる魔法――隷属の魔法だろう。生殺与奪は握られている。


 どうやらここに連れてこられた1000人の開拓者は、志願ではなく強制だったようだ。


「この国はどこまで腐っているんですか」


 するとレイナが怒りをあらわにしていた。

 ここまで感情が高ぶっているのは、久しぶりに見る。

 戦争奴隷……その言葉がレイナを刺激するのはわかっていた。


 なぜならレイナ自体が、戦争奴隷で、性奴隷一歩手前まで落とされていたからだ。

 

「話はわかった。対応しよう」

「助けていただけるのですか!!」

「助けるわけじゃない。助かるかはお前たち次第だ。当面の拠点として空き家をもらうぞ」

「えぇ、ほとんど空いてますので。お好きに使ってください」

「…………」


 そして俺とレイナは、まずは村を歩いてみた。

 惨状はひどかった。

 死体は転がり、虫が湧いている家もある。これでは疫病が蔓延するぞ。

 食料はもはや無く、明日にでも全滅してもおかしくない惨状だ。


 そして何よりすべての村人の生きる気力がない。

 死を待つだけ。

 そんな雰囲気がこの村には漂っている。


「至急、改善計画を作成します。まずは無法状態なのでルールから」

「違う、レイナ。間違っている」


 堅物のレイナは、ルールを作り、規律を作り、この現状を変えようと考えたのだろう。

 だがそれは間違っている。

 人とは、そんなものでは動かない。俺は彼らの気持ちが少しだけわかる。


 腹が減って死にそうなときに、してほしいことなんて一つだけだ。


「飯を食わせる」

「…………飯」

「あぁ、残った金全てで、できる限りの食料を買ってこい。そうだな……初日は、シチューがいい。牛の乳を使って肉と野菜を煮込んだとろとろのシチューが」

「…………わかりました。セカイ様は?」

「俺はやることがある。すぐに出発しろ」

「…………わかりました。では、明日の明朝に」


 そしてレイナは、船に乗って食料を調達しにいった。


「ふぅ……」

 

 俺はまた誰かのために動こうとしているのかもしれない。

 だが、今日からここは俺の領地。あいつらは俺の所有物だ。

 所有物の世話をするのは当然ともいえるし、あいつらが生きていなければ俺が楽をできない。


 これは先行投資……という奴だ。


「よし、俺は俺で検証だな」


 それに未来がないわけじゃない。

 俺は船の中で、作った種を手に取る。


「魔草……不毛の大地が不毛の原因である高濃度の魔素。それを吸って育つ草……か。もはや運命……というには出来過ぎだな。女神の意志……といったところか」

 

 俺はふっと笑い、村の中心の広いスペースに、種を植える。


 俺には四つの魔法が使える。

 一つ、種子生成。

 一つ、成長促進。

 一つ、植物操作。

 一つ、生命祝福。


 その一つ目の種子生成は、そのページに記された植物の種子を作成するというものだろう。

 そして、この二つ目の魔法――成長促進。

 

 これはきっと。


「――成長促進!」


 この絶望の大地に芽吹く希望だ。

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