第2話 俺、不毛の大地へ向かうー1

 翌日、早朝。


 俺は、一人で家を出た。

 借りにも侯爵家の跡取りだった俺をたった一人で、僻地に向かわせるとはな。


 父の怒りは相当なものだったのだろう。

 俺が持ってこれたのは、手で持てる程度の着替えや生活用品、それと金貨100枚、つまり100万ゴールドか。


 大体1ゴールドが日本円で10円ぐらいの価値なので1000万円だ。

 侯爵家からしたらはした金すぎるのだが、日本人的感覚もある俺からすると結構太っ腹だなと思う。


 昨日、一日考えながら寝たが、やはり俺は大空大地という日本で育った前世を持っている。

 精神は融合し、奇妙な感覚だが、主人核はセカイということだろう。

 簡単にいえば、セカイという人間が、大空大地という人間がしてきた数十年を経験をしてきた。そんな感覚だ。


 その記憶から導き出される結論は。


「よし、とんずらするか」


 この世界では、自由に生きようということ。

 前世で、俺は誰かのために生きすぎてそして失意の元死んだ。

 なら今世では、自分が楽しめるように生きよう。


 もう二度と他人の人生を生きない。

 俺は俺の人生を全うする。それが今世での俺だ。


 ということで、俺はこの悪逆貴族から逃げることにする。

 ノクターン家は、悪逆貴族である。

 それはもうひどい。

 民草から税金をむしり取り、税の限りを尽くし、父は目が合った女を犯し、目が合った男を殺す。そんなクズ野郎だ。

 

 俺の母さんも今思えば、領地から無理やり連れてきたのだろう。

 そして托卵されたと。いい気味である。

 

 ちなみに、俺もその性格は受け継いでいる。今すぐに誰かを虐げたい気分だ。

 今までだって、メイドを手籠めにしようとしてレイナにしばかれ、民を虐げようとして、レイナに虐げられてきた記憶がしっかりとある。

 あれ? 俺本当に悪逆貴族か? まぁいいや。


「さぁ! スローライフを堪能するぞ。えいえいおー!!」


 ふっ……誰が僻地で開墾などするか。

 前世で働きすぎて死んだ俺は、今世では怠惰に、そして自由に暮らすと決めている。

 さぁ、スローライフの始まりだ。田舎で畑でも耕しながら釣りでもして寝て暮らそう。


「ダメです」

「うわぁ……」


 と思ったのだが、家を出た瞬間。レイナが待っていた。

 レイナを見ると、大きなカバンに荷物を持っている。実家にでも帰るのか? まぁお前の実家は戦争に負けて国ごとなくなったけどな。

 そんなブラックジョークを言ったら殴られそうなので、やめておく、


「何してるんだ?」

「仕事を辞めてきました」

「そうか、元気で暮らせよ」


 俺はじゃあなと、あてもない旅に向かった。


 ガシッ。


 止められた。

 俺の肩が万力で締め付けられたように力で捕まれる。


「仕事を辞めてきました。私は今、フリーです」

「そ、そうか。お前なら引く手あまただろう! なんせ王国一の才女で美少女だからな!」

「えぇ。どこに行っても喜ばれる人財です。そんな私が、フリーです」


 怖いんだけど。

 なんでこの子は、笑顔で俺の肩を潰そうとしてるの?


「セカイ様。一応言っておきますが、命を助けられたのは、不毛の大地の開拓が条件です。もし逃げたら殺される可能性がとても高いです。さすがにお分かりですよね?」

「…………」


 まじかぁ。

 このままとんずらとはいかないのかぁ。

 でも不毛の大地ってあれでしょ、草木は生えず、いるだけで健康を害してみんな死んじゃうような過酷な土地でしょ? いやだぁ。


「優秀な秘書がいれば、何とかなるかもしれませんよ。ちなみに私はフリーです。公私ともにフリーです」

「優秀な秘書か……そんな奴がいればな、俺には見当たらな……!?」


 俺は目の前の美少女に、目潰しされかけた。


「いきなりなに!?」

「いえ、腐っているその眼を潰して差し上げようと」

「たとえ腐っていたとしても潰していい理由にはならねぇよ!」


 俺はため息を吐いた。

 この物好きは、俺についてこようとしているのだろうか。


「はぁ……ついてきてもいいことなんて何もないぞ。死ぬかもしれない」

「構いません。それにあなたは死にません。私が守りますから」


 どこかで聞いたようなセリフを吐きながら、俺を見つめるレイナ。

 昔から頑固で一度決めたら絶対に曲げないからな、こいつ。


「給料はいつ払えるかわからないぞ」

「未払い分は、トイチの利子でどうでしょうか。いずれ払えるときでいいですよ」

「やめろ、気づけば二度と返せない額になるだろ」

「驚きました。少しは頭もよくなったのですね……仕方ありません。しばらく無給で我慢します」

「お前も物好きだな」

「セカイ様ほどではありません。では……ご命令ください」

「はぁ……」


 いつもこうである。

 自分で考えて行動できるのに、俺に命令をさせたがる。 

 実はドMなのかもしれない、いや、間違いなく超ド級のドSだ、こいつは。


「セカイ・ヴァン・ノクターンの名において、レイナ・クリスティアに命ずる。俺についてこい」

「イエス、マイマスター。たとえ地獄でも」



~ 



 馬車で揺られて丸二日、そして今は船の上だ。

 定期便など出ていないので、わざわざ船を借りて向かわなければならない。大出費だ。


 しかし、めちゃくちゃ遠いな、不毛の大地。

 この国、ファストレスの端にある港町――そこから少しの海を隔てた向こう側に広大な土地が広がっている。


 ただし不毛だ。

 ほんとに不毛、草木も何もない。

 いるのは、強力な魔物ばかり。

 スローライフなんて期待できず、待っているのはハードライフのみ。


「やってみるか……ガチャ」


 もはや頼みの綱は、この魔導書のガチャだけである。

 ちょっと前世の記憶がある転生者特定でとてつもない力の魔導書であることにかけよう。

 ガチャを回すのに、必要なのは魔石だ。

 

 魔石――魔物が体内で作り出す結晶体。

 この世界に漂う魔力が生物の中で長い間凝縮されて生み出されたもの。

 魔物の強さに応じて……いや、どちらかというとその魔物から取り出された魔石に応じて魔物はランク分けされる。

 ランクはSS、S、A、B、C、D,E、Fの8種類。

 まぁ、SSなんてのはほぼ伝説なので無視していいのだが……。


「まだやってなかったんですか、相変わらず小心者ですね」

「これが最後の望みなんだ。慎重にもなる。魔石を買うにも、余剰資金はほとんどないしな」

「買えたのは、E級の魔石が1個とF級の魔石が11個ですからね」

「足元見やがって、あの商人。俺に力があればさらし首にしてやるのに」

「セカイ様が追放されたのは、すでに周知の事実ですからね」

「はぁ……まぁこれだけ買えたので良しとするか」


 魔石は売買されている。

 多くは魔道具の元になり、今俺達が乗っている船の動力源もそうだし、ランプや、熱を生み出すのにも使われる。

 S級の魔石なんて使えるなら飛行艇すら動くだろう。


 ゆえに扱うには資格が必要だったりもするので大規模商人ギルドでなければ扱えないし、個人では買えない。

 そこを無理言って融通させたので、それはもう随分な金額を吹っ掛けられた。


「10連の方がいいだろうけどなぁ……よし! まずは一つから」


 俺は意を決して、魔導書の下にある真っ黒な穴に魔石を入れてみる。

 すると魔導書が光り輝いた。 

 白い光……そして突然ページがめくれた。


 そのページには、草の絵とともに。


===========================

名称:魔草

Tier:4

レア度:★☆☆☆☆☆(コモン)

成長速度:3日

種子作成:1魔力


説明:魔素を吸って育つ草。過酷な大地でも魔素さえあれば成長するたくましい種。

土壌を肥沃させ、すべての基礎となる。

===========================


「なんだこれ」

「魔草? 聞いたことがありませんが……雑草のようですね」


 見た目はただの草である。

 草原に生えてそうな草で、何の変哲もない。

 そのページの下部に、種子作成とあったので俺は種子作成を唱えてみる。

 

 あ、なんか魔導書を手に入れた者は自然と魔法が使えるようになるの意味がわかった。

 俺には、なんとなくこの魔導書の使い方がわかる。

 すると、そのページから小さな種が産まれた。


「種ですね」

「種だね」


 それが全ての始まりのタネだった。

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