第7話 皆で王都に戻ります

「王都に戻らなければいけない事は分かりました。ただ…ワイアーム殿下は、なぜうちの領地にいらしたのですか?既に私とワイアーム殿下は、婚約を解消しているのでしょう?」


「ああ…まあ…セーラが領地で過ごしている間の1ヶ月で、貴族世界を含めてちょっと色々とあってね。僕もちょっと頭が混乱していて。ただ、セーラにとってもマレディア侯爵家にとっても、悪い方向に進んでいる訳ではないから。それから、確かに殿下とセーラの婚約は今は白紙に戻っているが、全て解決したら、再び婚約を結び直す方向に行きそうなんだ」


「お兄様、どうして殿下と私が、再び婚約を結び直すのですか?殿下はレイリス様を愛していらっしゃるのですよ、それなのに、どうして…」


「あら?ルイ、どうしてあなたが領地にいるの?それにズボンのまま海に浸かって。一体どうしたの?」


 私達の元にやって来たのは、お母様だ。今お兄様と大事は話をしているのに。


「母上、随分とお元気そうですね。実は色々とありまして。セーラは一旦王都に戻る事になったため、迎えに来たのですよ」


「セーラが王都に?一体何があったの?ルイ、セーラは海に身を投げるほど追い詰められていたのでしょう?もしまたセーラが王都に戻ったら。セーラ!」


 お母様が完全に取り乱して、バシャバシャと海に入りながらこちらにやって来たのだ。そして私を強く抱きしめた。まだ精神的に安定していないお母様。もしまた、精神が不安定になってしまったら…


「母上が心配するような事はありませんよ。すぐにセーラは領地に帰って…くる事は厳しいですが…とにかく母上は領地でのんびり…」


「ルイ、セーラ、こんな母親で本当にごめんなさい。本来なら私が軸になって、侯爵家を引っ張っていかなければいけないのに…きっと天国のあの人も、悲しんでいるわよね。だからせめて、私はあなた達の傍であなた達を見守っていたいの。セーラが王都に戻るのなら、私も王都に戻るわ」


 真剣な表情で、お母様が訴えかけてきた。正直また、お母様の精神が不安定になってしまうのではないか。そんな心配はある。でも、このままお母様だけを領地に残して王都に行くのも不安だろう。


 それに裁判に出廷さえすれば、私の役目も終わる様だし、すぐ領地に戻って来られるだろう。


「それでは皆で王都に戻りましょう。私も出廷が終われば、また領地に戻って来られるでしょうし」


「そうだといいのだけれど…」


「母上、そんなに心配しなくても大丈夫ですよ。ただ…母上にとっては辛い現実かもしれませんね」


 そう言うと、お兄様が力なく笑ったのだ。よくわからないが、お兄様はどんな裁判が行われるのか、ある程度把握している様だ。それならどうして、私には教えてくれないのだろう。


「とにかく明日には、領地を出ないといけません。今日はゆっくり過ごしましょう。それにいつまでも海に浸かっていては、風邪をひいてしまいます。屋敷に戻りましょう」


「そうね、せっかくルイも来てくれたのですもの。久しぶりに3人で夕食を食べましょう。さあ、行きましょう」


 確かに3人で食事をするのは、いつぶりだろう。お父様が亡くなってからすぐ、お母様が体調を崩してしまったし。本当に久しぶりね。


 この日は久しぶりに、3人で食事をした。思ったよりもお母様の精神状態は安定していて、まだお父様が生きていた時の話や、私たちの子供の頃の話で盛り上がった。


 そして翌日。


 領地の使用人たちに見送られながら、馬車に乗り込み王都を目指した。まさか皆で王都に向かう事になるだなんて。


 ふと窓の外を見ると、今日も真っ青な海が太陽の光を浴び、キラキラと光っていた。


「領地の海は本当に美しいわ。また領地に戻って来られるわよね」


 この1ヶ月、毎日領地の海に行き、歌を歌い、楽しい時間を過ごしてきた。毎日が平和で、この時間がずっと続けばいいのに、そう思っていた。でも…


「セーラ、ごめんね」


 ポツリとお兄様が、謝ったのだ。お兄様の言葉から見て、たとえ出廷が終わっても私は、領地に戻る事は厳しいのだろう。なんだかそんな気がした。


「セーラもルイも、そんな顔をしないで。セーラとワイアーム殿下の婚約も解消されたわけだし、セーラは今、自由の身よ。誰もセーラを縛り付ける事なんて、出来ないわ。今回王都に行く目的は、出廷なのよね?それなら、出廷が終わったらセーラはまた、領地に戻れるわ。後4ヶ月しかセーラとは一緒にいられないかもしれないのですもの。もちろん、私も一緒に付いていくから」


「お母様、あと4ヶ月しか一緒にいられないというのは、一体どういう意味ですか?」


「母上!セーラ、母上はまだ、体調が万全ではなく、時折訳の分からない事を言う事があるが、気にしないでくれ。そうだね、極力セーラが領地で暮せるように、僕も最善を尽くすから」


「ルイ、私がいつ訳の分からない事を言ったというの?と言いたいところだけれど、ごめんなさい。変な事を言ってしまったわね。きっとこうやって3人で馬車に乗って長旅をするのも最後でしょうし、3日間楽しみましょう。セーラ、今日泊まるホテルの近くに、貴族に人気の観光地があるの。せっかくだから行きましょう。子供の頃、よく行ったでしょう?」


「そういえばありましたね。ぜひ行きたいですわ。お兄様も一緒に行きましょう」


「分かったよ、それじゃあ、3人で行こうか」


 そう言って笑ったお兄様。お母様の言う通り、こうやって3人で何かをする事は、もうないだろう。だからせめて、王都に戻る3日間は、楽しい時間を過ごしたい。


 それにしてもお母様、すっかり元気になってくれてよかったわ。王都でどんなことが待ち受けているか分からないけれど、せめて今だけは、お母様とお兄様と楽しみたい。


 2人の顔を見ながら、そんな事を考えたのだった。

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