第5話 平和な日々は続きません
「セーラ、今日もまた海に来ているの?あなたは本当に、海が大好きね」
「お母様、まだ体調が万全ではないのでしょう?すぐにお屋敷にお戻りください」
「あら、私は大丈夫よ。領地に来てから、すっかり体調も良くなったの。この美しい空気と綺麗な海、それにあなたを見ていると、なんだか力が湧いてくるのよ」
そう言ってほほ笑んでいるお母様。私の意識が戻ってから、早1ヶ月。2週間前に、お母様も領地にやって来たのだ。
私の顔を見るなり、涙を流して抱きしめてくれたお母様。その姿を見た時、私も涙を流して抱きしめ返した。目はうつろで、私と視線すら合わせなかったお母様が、私を認識してくれたのだ。
それが嬉しくてたまらなかった。
そんなお母様は、まだ体調が万全ではない。それでもこの2週間で、随分と元気になって来た。愛するお父様を亡くした悲しみは未だに大きいが、それでも少しずつ立ち直ってきているお母様を見ると、私も嬉しい。
そして私だが、この1ヶ月、毎日楽しい時間を過ごしている。王都にいた頃とは比べ物にならない程、ゆったりとした時間が流れているのだ。そして時間が許す限り、海で過ごしている。
なぜか海にいると、心が穏やかになる。こんな日々が、ずっと続いたらいいな、そう思う反面、王都にいるお兄様やアマリリスお義姉様の事が心配になる事がある。
ただでさえお父様が亡くなった事で、お兄様は今、物凄く大変なのだ。その上、私の件でも多大なる迷惑をかけてしまった。
もしかしたら私の件で、貴族世界から好奇な目で見られて、辛い思いをしているかもしれない。そう考えると、本当に申し訳ない。
私だけがこんなにのんびり生きていて、本当に良いのだろうか…ついそんな事を考えてしまう事がある。
そんな私の気持ちに気が付いたお母様が
“ルイとアマリリスちゃんの事は、気にしなくてもいいわ。アレリス侯爵様も色々と協力してくださっているし。マレディア侯爵家も随分落ち着いてきているから、あなたは何も心配をする事はないのよ”
そう教えてくれた。
それならいいのだけれど…ただ、お兄様の事だから、私やお母様に心配をかけない様にと、気丈に振舞っているだけかもしれない。
とはいえ、今の私に出来る事はない。せいぜいこの領地で、ひっそりと暮らすくらいだろう。そう思っている。
「奥様、お嬢様、ご昼食のお時間です」
「まあ、もうそんな時間なの?領地では何もしていないはずなのに、どうしてこんなに時間が過ぎるのが早いのかしら?」
「お母様、きっと海に来ているからですわ。海に来ていると、時間が経つのを忘れてしまうのです」
「そうかもしれないわね。本当に領地はいいわね」
お母様が目を細めて海を見ている。そんな姿を見ると、私も嬉しくなるのだ。
その後2人で昼食を頂いた後、再び海へとやって来た。
靴を脱ぎ、ゆっくりと海に入る。そしていつもの様に歌を歌うと、魚たちがやって来たのだ。
「あなた達、今日も来てくれたのね。私もあなた達の様に泳げたらよいのだけれど…」
海はとても広い。この広い海の中は、一体どうなっているのかしら?きっと私が見た事のない、美しい世界が広がっているのだろう。
「行ってみたいな…海の中に…」
ポツリと呟いた。
すると
“もうすぐずっと海で生活が出来るよ。あと少しの我慢だから…”
「えっ?今、誰か話をした?」
どこからともなく声が聞こえてきたのだ。それもなんだか聞き覚えの声が。一体この声の主は、誰だろう。
無意識に海の奥へと歩いていこうとした時だった。
「セーラ!!!」
えっ?この声は…
「セーラ!セーラ!!」
声の方を振り向く。
「ワイアーム殿下?」
必死に走って来るワイアーム殿下の姿が。どうして彼が、ここにいるのだろう。
バシャバシャと殿下が海に入って来る。そして…
「セーラ、会いたかったよ!ごめんね、セーラ。本当にごめん。もう二度と離さないから」
なぜかそのまま抱きしめられたかと思うと、訳の分からない事を呟きだしたのだ。この人は一体、何を言っているのだろう。
「海は危険だ!一刻も早く海から出ないと。と言いたいところだけれど、今の僕にはそんな事を言う権利はないね。セーラ、今まで本当にごめんね」
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