🌸はらひらふたり

第12話🌸先生。

「さおせんせい、この曲教えて～」「ばーちゃんこっち！」

「二人供、懐かれてるな…」

早速練習という事で、”お歌の時間”を過ごしている。

俺は子供たちと関われず困っていた。

（歌詞の本が見れなくても、何か接点があれば――）

ちりん。

音のした方を振り返る。すると、

「っ、おぉ」

俺がそちらを見たからか、子供が膝に乗ってきた。

突然体重をかけられる感覚は慣れておらず吃驚。

ちりんちりん。

「これであそびたいの？」

そう言って鞠を差し出すその子は、他の子より控えめな喋りだ。

「かしてあげる」

俺はそっと、その子に鞠を返した。

「…俺に向かって、投げてみてくれ。思いっきり」

その子はちょっと不思議そうにしてから、こちらに鞠を投げた。

ちりん。

少しの間、静寂が流れる。

投げられた鞠を、俺はしっかり両の手で取っていた。

「―――すごい」

「すごいすごいすごい…！なんで投げる場所、わかったの…⁉」

「ええと、鞠の揺れる音を聴いてたから…」

思いの外褒められたので、かなり照れてしまう。

「もっかいやる。」

「じゃあ、取れなかったら相手に鞠を渡さなきゃいけない。

こういうのはどうだ？」

「それでやる！」

ちりん、ちりん。

（まさか二十歳にもなって、また鞠遊びをするとは…）

「あれー園（その）くんなにやってるの？」「鞠あそびしてた。」

今俺と遊んでいたその子は、園というらしい。

「たのしそう、わたしもやる！」「おれも！」

俺は子供たちに向かって言った。

「分かった、みんな少し離れたところから投げるんだぞ」「はーい！」

　　　　　　　　〇ー♢ー〇ー♢ー〇ー♢ー〇

「楽しそうだったわね、鞠」

子供たちがすっかり眠ったお昼寝の時間。

「ああ…お陰でみんなの名前を覚えられました」

「そう。」

嶺眞さんは淡々と、畳（たたみ）を箒（ほうき）で掃（は）く。

俺も箒を取ると、布団から園が立ち上がった。

「どうした？起こしてしまったか…？」

「おべんじょ…」

寝起きの園は俺の袖を掴んで引っ張った。

（親と厠（かわや）に行くときの癖…なんだろうか）

俺は厠の位置が分からない為、着いていく。

園に引っ張られながら歩いていると、思わぬ大声が響いた。

「台所に入らせてないで!!!」

「⁉嶺眞さん…？」

「子供を台所に行かせないで！危ないわ、皿が割れたり、火おこしの道具を触って

怪我でもしたら…！」

嶺眞さんは不安そうに叫ぶ。園がビクッと身体を震わせたのが分かった。

「分かりました、気を付けます」

「…叫んで悪かったわ。でも先生というのは、

子供の安全を守るために、」

「ちゃんと見ていなきゃいけないのよ」

（――ちゃんと、見る…俺はいつの間に台所の前まで来ていたのか。

分からなかった……）

「叉緒（さお）。その兄ちゃんは目が見えないんよ。」

台所から、皿を置く音とともに雨梅さんの声が。

それは俺を助けてくれる発言だった。

「知っています。ですが私はそれが不安なのです。」

嶺眞さんは淡々と返す。

当然だ。盲目なら、子供の安全を見守れない。

（――見ることは、できなくても。）

「俺はこの子達を守りたい。」

まっすぐに嶺眞さんをみて、意思を伝えた。

嶺眞さんは少し驚いて、返す。

「秋葉」

「任せたわよ。」

「……！はい！」

　　　　　　　　〇ー♢ー〇ー♢ー〇ー♢ー〇

「実春！富雨町で買い物は楽しめたか？」

「日用品はばっちりです秋葉様、しかし…」

託児所に戻った実春は、気まずそうに言う。

「お野菜が一つも置いていませんでした…！」

「まぁここは、極端に豪雨だからねぇ。」「雨梅さん。どうも実春です。」

（ずっと雨だから、野菜が育たないのか…なるほど、

それで雨梅さんは米をわざわざ買いに…）

「しっかし兄ちゃん、嫁さんが居るとよく笑うねぇ！」「⁉」

「そうね。奥さん可愛いし」「わたしですか!!?」

口々に言う雨梅さんと嶺眞さん。

「実春の前だから、笑っ…てた…？」「可愛いだなんてそんな…！」

うろたえる俺達夫婦をよそに、嶺眞さんは淡々と続ける。

「優しい笑顔は大事よ。子供の前でもそうして欲しいわ。」

すると、

「ねぇ。またあそべる？」「もっと鞠あそびしたかったー！」

園や織子たちが、楽しそうに俺の袖を掴む。

「ああ。これからはいつも遊べる。」

笑顔で、俺は答えた。

どうやら、子供たちは嬉しそうに飛び跳ねているらしい。…そんなにか？

「じゃあ雨梅さん、私はお役御免ですよね？」

ふいに口を開いた嶺眞さん。

「秋葉の兄ちゃんが入ったからな…しかし、寂しくなるなぁ」

「⁉嶺眞さん、居なくなっちゃうんですか…⁉」

「ええ。医師資格を取ったから。」

「医師…」

嶺眞さんは教えてくれた。

元々医師を目指して勉強していて、合格したら辞める予定だったこと。

雨梅さん一人にこの仕事量を任せたくないから、辞めなかったこと。

「でももう秋葉が居るから、大丈夫よ。」

「………」

嶺眞さんは俺に、この仕事について教えてくれた。

そして『任せた』と言ってくれたのだ。

「…嶺眞さん、応援してます。」

だから俺は、嶺眞さんをまっすぐ見送った。

　　　　　　　　〇ー♢ー〇ー♢ー〇ー♢ー〇

「わー！なんでとれるの⁉」「つぎ鞠なげる！かして！」

「怪我しないようにな、転ぶなよ」

「うん！」

子供たちに軽く鞠を投げ返す。

（まさか、こんなに鞠当て遊び（ドッヂボール）が人気とは…）

…なんだか、子供の頃の俺を思い出す。そう思っていると、

「そうだ、さおせんせい…じゃなかった、」

「あきはせんせい！」

先生。

「せ、先生なんてそんな…」「あきはせんせい、あきはせんせい！」

千里松を、思い出してしまうな…