第9話🌸組紐。

「…俺はただ、俺と関わった人が悪く言われるのが恐かった……っ」

言い終えて、俺はまたぎゅっと目をつむった。


「あ…秋葉様は何も悪くないですよ!」

「知ってるよ…。でも事実、俺のせいで千里松は、あんな風に――!」


父は「盲目に劣等感を抱く必要はない」と、育て方に頭を悩ませた。

母は「あなたに罪は無い」と、産んだ自分自身を責め続けた。

姉と兄は「できることがあったら言って」と、いつも申し訳なさそうに言った。


千里松も…千里松は、「味方のふりをしなくていい」と

俺を突き放した。

世間も、これまで絶好調だった商人一家に

盲目が生まれた白紅家を憐れんで噂した。


「ぜんぶ、俺が招いた噂で、俺のせいで周りを悩ませてしまった」

今も、こうして実春の噂がたってしまったのだ。


「俺が…盲目に生まれたせいで――」

「秋葉様。」【秋葉様、】


実春が俺の手を握る力が強まったと同時に、

千里松の声が蘇る。


「見えなくたって、音や香りは分かります。」



「―――…!」

「禍福は糾える縄の如し、ですよ。」

実春は握った手を自分の胸に当てたようだった。実春の鼓動を感じる。


「良いことの後には悪いことが来るし、悪いことの後には良いことがあります。

あなたの人生は、悪いことしか来ませんでしたか?」

「いや…」

その一言で、俺は千里松と話した思い出を、再び大切だと思えた。


『千里松は、その…

す、すきなひとにどうしたらいいと思う?』

【ほお。秋葉様、好きな人ができたのですか?】

『ちがうし…。それは、千里松に昔こいびとが居たとか言ってたから』

【そ…その話をどこでっ……いや、そうですね。

――教えて差し上げましょう。想いあっている相手に



俺の唇に柔らかい肌が触れた。


        〇ー♢ー〇ー♢ー〇ー♢ー〇


「……ありがとう、実春…」「――っ!!?秋葉様…!?///」

わたしは感謝と同時に、秋葉様の口づけを受け取りました。



目を閉じて長らく初口づけキスを噛みしめた後、秋葉様はわたしに向き直って

「…こんなお返ししかできないが、いつもありがとう。」


長年求め続けてきた「ありがとう」をくれました。


「あ、わ、わたしっお食事運んで来ます!!!」

嬉しいやら、初口づけが頬だったのが恥ずかしいやらで、わたしは慌てます。

お米とお味噌汁を温め直して運ぶと、秋葉様が照れたように笑っていました。


「おかずは冷めても美味しいですから、たんとお食べ!」「…ああ。」

晩ご飯をとりながらも、秋葉様は思い出を話してくれます。



「経済を知る授業だと言って、千里松と街中へ行ったことがあってだな。

俺はあの茶屋で抹茶ぜんざいを食べたんだよ。千里松は確か…練乳ぜんざい。」

思い出話をする秋葉様は、なんだか楽しそう。


「それでな。これはほんのお礼だって言って、千里松に組紐くみひもを贈ったんだ。彼は髪が長かったそうだから、結ぶ用に。」

「!わたし、その場面を見ていました!」


「本当か…!それは……出会う前だったのによく覚えていてくれた。ありがとう」

「いえ、そこから秋葉様へ四年の片思いの末、結婚が叶ったのです。

だからその出会いがわたしの初恋です。」

「……!///」

はっきり愛情表現を伝えられるのに弱いのか、秋葉様は白いお顔を紅潮させました。

(ふふ。先程のお返しです)


「…実春、それも無意識に言ってるのか?」

赤い顔のままこちらをじと目で見てきたので、わたしはそっぽを向きました。

「秋葉様だって…ずるいです。次口づけするなら、ここにしてください」


わたしは秋葉様の手をとって、指を唇に押し当てました。

「…っ実春!勘弁、してくれ……//」

(あ。やりすぎました…///)

目を見開いて、口元を覆うように手を広げる秋葉様。

わたしまで恥ずかしくなってきて、互いに黙ってしまいます。



「…今まで、俺は罪悪感を埋めるために感謝を伝えていた。」

口づけのときも、ありがとう、と言ってくれました。


「支えてばかりが嫌で、ものが無い自分の、

せめてものお返しだと思っていた。」

わたしはそれが嬉しかった、と言おうとしました。


「実春が気付かせてくれたんだ。感謝は申し訳ない想いを込めるのではなく


かけがえのないものに、『有り』『難い』と思った気持ちを伝えるものだと。


実春、有難う。」


「………!」



「ふふっ、素敵な言葉ですね。」

月明りの下、わたし達は仲良く並んでそう笑いあいました。

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