第8話🌸月の夜溶け。

「んー……」

わたしは伸びをしながら目を開きました。

すると、


すやすやと眠る秋葉様が!

しかもわたしの目と鼻の先に!!


「秋葉様っ………!!?」

思わず飛び上がって、壁まで後ずさってしまいます。

その拍子に秋葉様も目を覚まし、

「実春…おは――」


「な、なっ…何で秋葉様がわたしの部屋で…⁉

勝手に入ってこないでください!!!!」

「は…いや落ち着け‼ここは家じゃない‼」


「あんたら寝起き早々うるっさいねぇ!

夫婦喧嘩ならよそでやりな!」


        〇ー♢ー〇ー♢ー〇ー♢ー〇


「秋葉様、お騒がせしました…」「別にいい。」

泊めてくれた二人にお礼を言い、家をあとにしたところだ。


「遅くに寝たからか、大分お寝坊さんですね。」

実春が言うには、日は昇りきり、町の人が働き始めた時間だそう。


「秋葉様!髪が太陽に照らされて美しいですよ!」

「そうなのか?」

「はい!今度髪をとかして、結ってもいいですか?」

「構わんが…そんなにか?」「そんなに、です!」

二人で会話を交わしながら話していたその時。



「——それじゃ、白紅家になんの得もないじゃないの!」

「そうなのよ。でも、利益を生まない家と結婚を結ぶなんて、

白紅家も落ちたものよね。」


聞こえてきたのは、そんな世間話だった。


        〇ー♢ー〇ー♢ー〇ー♢ー〇


「秋葉様」

障子の向こうから、俺を呼ぶ言葉。

「お夕飯も食べないんですか?ちゃんと食べないと、

栄養不足になっちゃいますよー!」

俺は布団にうずくまって、目をつむる。


恐れていたことが起きた。

父が実春との結婚を許した事が、今になって噂になったのだ。


『白紅家は桜陽家を完全に養っている』


それもそのはず、俺は父から手紙なんて来ても読めなく、

結婚が決まった時も突然だったし、生活費を支援してくれていたことにも

が行かなかった。


だが世間のには

『あの白紅家が商売結婚をしていない』

と映るらしい。更には、

『嫁いだ娘の方は、盲目のお世話係』

と言われ、実春は世間に憐れまれている。



「秋葉様!」

【秋葉様】

呼びかける姿が、重なる。

「………っ!!!!」


【秋葉様、いいですか?音をよく聞き、】

「…ぅ……げほっ」


【秋葉様。】

「秋葉様!!!」

ぴしゃり、と戸が開く音がした。


「みは…げほげほっ!」

「大丈夫ですか!?お顔が真っ青です!」

実春に背中をさすってもらっても、混乱がおさまらない。


「立てますか…?」

素直に手をとり、縁側まで移動する。

「具合が悪い時は外の空気を吸うのも大事です!

今、薬をもって来ますね。」


「げほ、げほ………行くな…実春」

咳き込みながらも実春を引き留める。

俺が話をしようとしているのに気づき、真剣に俺の手を握ってくれる実春。



「…俺の家庭教師、千里松は背の高い人だった。」

 

       〇ー♢ー〇ー♢ー〇ー♢ー〇


「秋葉様。お疲れさまでした。

次回は算盤そろばんを学びましょうか。」

「ふー!今日もありがとう、千里松」


目が見えないから、いつも口頭で授業をしていた。

まだ幼い俺に、千里松は丁寧に教えてくれたな…。

「秋葉様!お庭に出ましょう。今日もやりますよね?」

「もちろん!そのために勉強を頑張ったから。」


「秋葉様、行きますよー!」

ちりん、という音と共に、俺の横を鞠が飛んでいった。

勉強のあと、地理松と”鞠を投げて相手に当てるドッヂボール”遊びをするのが好きだった。


「わ⁉地理松が本気出してきた!」

「四割程の力です、秋葉様」

俺が取り損ねた鞠を、千里松は代わりに拾って、


「秋葉様、いいですか?音をよく聞き飛んでくる位置を読むのです!」

ちりん。

「…と、取れた!千里松!」「その調子です秋葉様。」



千里松は俺の大好きな家庭教師。


それなのに。


「お前は秋葉の為にとてもよく頑張ってくれている。

それはよく分かっているが…」

父が千里松を呼び出し、そう話しているのを陰で聞いていた。


「秋葉はこのままじゃ、将来職に就けんだろう…可哀想な話だが。」

「…お言葉ですが、秋葉様はとても心の優しいご子息です。

いつも私めを労ってくださるのです。」

「それは俺が一番よく分かっているよ。」


「――『優しい』だけじゃ伸びないという事を、よく覚えておいてくれ。」

「…肝に銘じておきます。」


千里松は父にそう言われたからと言って、俺に対する態度を変えたりはしなかった。

しかし俺がちゃんとしていれば、こんな事は起こらなかったのかもしれない。



『お疲れさん。…いや、おまえは遊んでいるだけだから疲れてもいないか』

『今日もよく働いたわぁ。どこかの誰かとは違ってね』

『洗い物ばかりであかぎれが酷いの。

そこののっぽ千里松と代わって欲しいくらいだわ』


同僚達の、容赦ない嫌味。

――今思えば、それも当然の意見だった。

彼らが汗水たらして働いている間、俺は千里松と鞠遊びをしていたのだから。


千里松は、日を追う度に笑顔が減っていった。勿論、俺には暗い顔を隠していたが。



そしてついに――こう言われたのだ。

「千里松、だいじょう…」「貴方も味方のふりをしなくていいですから。」


いつも俺を『秋葉様』と呼んでいた彼が、『貴方』。


俺が千里松に突き放された証。

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