第3話🌸大切な人。

「そうだ、食べ終わったら出かける支度をしなくては!」

ふいに実春が立ち上がってそう言う。

「どこか行くのか?」

「はい!本日は……」


「馬車で買い出しに行きます!!」


        〇ー♢ー〇ー♢ー〇ー♢ー〇


「……しかし」

揺られながら、口を開く。

「俺に合わせてわざわざ馬車を呼ぶなんて、申し訳ない…

食材を買うくらいなら、俺が居ない方が楽だろう」

「だめです!たまには家から出なくては!」


「それに―――」


「わたしが、秋葉様といっしょに行きたい…というのもありますし…///」

可愛らしく小声でそう話す実春。


「………そう言ってくれる実春で良かった。」

そう返した俺は、ふっ、と口角を緩めた。

「!!!」


実春は何故か焦ったように続けた。

「そ、そうだ秋葉様にこんな話をしてみたいと思ってましたっ!」


「秋葉様は、桜の花びらって何枚だと思いますか?」

「……?俺は桜を

見たことがないから分からんが…」


「俺が聞いた話だと、桜は五枚だな」

「ふふ、わたしの髪飾りの桜は五枚ですが、

着物の桜柄は四枚なんですよ。」

今、実春が笑った気がする。


「四枚の桜はあるのでしょうか?」

「それは…一枚散ったら四枚になるだろう。」

「庭の桜の木は、花びらが五枚でした」


「それなら、」


「散る前なのに、花びら四枚の桜を見つけたら

その人は良い事があるかもしれませんね。」

今、実春がこちらを向いて笑った。


「……ははっ!

なんだその予言は」

穏やかな気持ちになり、俺も笑い返した。



「やっぱり秋葉様は

笑ったお顔がいちばん素敵です」


真っ暗な視界に、突然桜が降った。


実春が俺の顔へ手を伸ばし、自分の方へと寄せたのだ。

「みっ…実春……!?」


「目元の汚れさえ落とせば…

ほら!やはりきれいなお顔ですよ。」

「………!」

その『きれいな顔』が赤くなっていることを確かに感じた俺。

思わず、目を見開いて頬に手を添えた。


(落ち着け…!実春は無意識にこういうことをしてる訳であって、

俺に気があるから…き、きれいなんて言ったわけじゃ…)

「御者さん、もうおろして頂いて大丈夫です。」


「ありがとねぇ!山奥から長々乗ってってくれて!

あんたら付き合い始めて何年だい?」

御者さんは元気よく訊ねた。

「一昨日です」

「へぇ!今までのお客さんの中でも一番短いよ!」


「そして!今まで乗ってたお客さんの中で一番仲良しだよ。

お幸せになぁ」


        〇ー♢ー〇ー♢ー〇ー♢ー〇


「馬車のおじさん、良い人でしたね」「ああ」

実春と並んで会話に花を咲かせ、杖をついて歩く。


「あ!花屋さん!かんざし屋さんも!」

「人にぶつかるなよ」

可愛らしくはしゃぐ実春の声が聞こえた。


(――可愛らしい…なんて言葉を使う相手ができた。

俺も何か実春にしてあげたい…)


「…実春は桜が好きと言っていたな。

贈り物をしてみることにするか」

そうしよう。

「よし実春」

俺は振り返って実春に話しかけた。


「………実春?そこに居ないのか?」

しかし感じるのは杖の感触と、街中のざわめきだけだった。


        〇ー♢ー〇ー♢ー〇ー♢ー〇


(ええと、救急箱の物を補充することと、食材はそろえて…)

わたしは夢中で必要なものを確認します。

「さてと!次は本屋にでも寄りますか!」


必要最低限の物だけ補充したので、ささやかな贅沢があってもいいでしょう。

「あー!『はざまだ』の新刊!

秋葉様、これ 買っても………」

そこで漸く、気付きます。

「………あ!!!! しまった…!!」


「秋葉様置いてきちゃった~~~~っ!!!」


        〇ー♢ー〇ー♢ー〇ー♢ー〇


(うかつに動くとすれ違うかもしれん…せめて、場所が分かれば)

街中はおおよその感覚で歩ける。一人だと不安だが。


「ききました?例の商人一家が…」「まあ、そうなの?」

「!そこに誰か居るのですか!」

俺は、声からして年配の女性に話しかけた。


「はい?どうかされましたか?」

「年齢は二十歳くらいの…っ女性を見ませんでしたか?」


「さあ…?」「容姿を言わないとねぇ……」



「………それは…」

どうしよう。俺には実春のを知るすべが無い。


『わたしの髪飾りの桜は五枚ですが

着物の柄は四枚なんですよ』


「…!髪飾りと着物の柄が

桜の方です!」


「うーん…その子はちょっと見てないわねぇ」「知らないけど…」「見てないよ」

「はぐれちまったのか?大変じゃのう…」


「桜柄の着物を着た女性知りませんか!?」

「その女の子って、あなたにとって何なの?」「…!」



「………っ大切な人なんです!」

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