第2話🌸舞い上がる。

『秋葉様が嬉しくなると思いまして!』『大丈夫ですか!?』『そのほうがわたしが

幸せなのです。さ、たんとお食べ!』『桜、とってもきれいです!』

『秋葉様を愛する、妻ですから…っ!///』


がばっ。

頭の中に残った、花びらのような実春の声。

俺は観念したように起き上がった。


コン、コン、コン

「あきはさまーっ」

障子を叩く音。現実の実春の声だ。

「おーきーてーーーっ!」


「お天気がいいのでお布団を干そうかと!

いい加減起きてくださーい!」

寝ぼけ眼で返事をしようとすると、


バンッ

「そーれっ

おはようございます!」

勢いよく障子が開けられた。

「……あ、ああ

おはよう実春………」


ぎこちなく笑って、実春に挨拶をした。

「昨晩は眠れましたか?」

「あーー…まあ、な…」


(実春のことを考えていて眠れなかった…!!!!)


        〇ー♢ー〇ー♢ー〇ー♢ー〇


ことの始まりは一昨日の真夜中。

突然俺との結婚が決まったこの女性・実春と暮らすことになった。

前々からお見合いなどの話は出ていたが、こんな俺に奥方など、と

断り続けていた。


だが、俺は昨晩から実春のことを変に意識している。


「それはそうと秋葉様、

昨日はお風呂入らずに寝てしまいましたよね?」

ちょっぴり怒ったような口ぶりから、腰に手を当てる仕草が浮かぶ。


「体を清潔に保てないのは良くないことです。

今日は朝から入浴してもらいますから!」

俺が困ったように言葉に詰まらせていると、


「それに」

身を俺の方へ寄せ、縁側で下駄を履かせてくれた。

「顔を洗う時は、わたしを頼っていいんですよ。」

耳元に実春の温かい声が届く。


「…ありがとう。」

頼ってしまうのは申し訳ない気持ちになるが、甘えることにした。


        〇ー♢ー〇ー♢ー〇ー♢ー〇


「本当に良いんですか?

お背中 わたしが流さなくても。」

「い…いい!その程度のことは自分でやる!」


俺は手探りで石鹼を取り泡立てる。

窓の向こうでは、実春が火をおこしてくれている。

「本当ですか?きちんと手が届きます?」


「ふぅ………しかし、今までどうしてたんですか?

お召し替えもお風呂も。」


「それは……っ!!?」

ざぱーん。

浴槽に入ろうとしたら、足を滑らせ頭からお湯に落ちてしまった。


頭から落ちてしまったのだ!!!


「あら、大丈夫ですか?」

はぁ…昨日今日でよく滑る足だ。


「ふふ、秋葉様って案外うっかりさんなんですね」「………!!!!」

恰好悪いところを見せてからなので、実春の揶揄いが刺さる。


「お風呂でも無理をなさらず、わたしを頼ってください。」

(………。)

お湯につかりながら、実春の言葉を反芻する。

(あたたかい声…心の底からあたたまる………!

声だけでこんなにも…)


        〇ー♢ー〇ー♢ー〇ー♢ー〇


「…ごちそうさま」

「あ!またご飯残してますね!本当に足りてるんですか?」

後ろから朝日が差し込む中、わたしは元気よく話します。

「…腹がふくれてしまったんだ、仕方がないだろう」

「もー…。秋葉様は食が細いですね。」


秋葉様のお顔が下を向くと、前髪が陽に照らされてきれいです。

わたしより長い髪を右肩に流していて、きれいな髪をしています。


わたしは秋葉様の隣に移動し、代わりにお米を平らげました。


「……っその…実春…」


わたしは秋葉様の方を向いて明るく笑いかけます。

「なんですか?」

「なんというか、少し…距離感が近くないか?」


「へ!!?」

わたしは後ろに勢いよく後ずさります。

秋葉様のお顔を見ると、少し頬に赤みがかっていました。

(あ…昨日より更に顔色がいい!わたしのお食事のお陰…なんて。)


(――じゃなくて!!!)

「あっああああのすみません!!無意識です!!!

少しでも秋葉様のお傍になどと自分都合なことを

思ったわけではありません!」


「…そうか」

秋葉様はどこか残念そうに顔を背けます。

わたしは驚きのあまり落とした髪飾りを付け直しました。


この手のひらほど大きい桜の髪飾りは、わたしが初めて欲しいとねだった

お気に入りのものです。

「じゃあ…朝ごはん、……ありがとう。」


「………………!」

ねぎらいの言葉。

それはわたしが欲しがってやまないもの。一度もねだったことのない言葉。


『…ありがとう』『じゃあ…朝ごはん、……ありがとう。』

彼は何度も、わたしに感謝の言葉をくれた。


―――ああ、やっぱり、秋葉様は―


わたしの初恋の相手だ。

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