第32話 ヒロインみたいなオカン
瞬きひとつすることなく恐ろしい顔で結愛と桜庭が交わっている映像を凝視しているオカンに俺は声をかける━━。
「母さん、そこに映ってるのが俺ん家の隣に住んでる幼馴染の正体だよ。俺は......いや、俺たち親子はそいつらにコケにされたんだ」
「......」
オカンは俺の問いかけに返事をせず、そっとスマホの画面をスリープにしてスマホを机の上に置いた。
隣に座っているミラさんはその様子を心配そうに見つめる━━。
「玲奈......」
「ねぇ悠月......
この子達全員始末しましょうか」
オカン......いや母さんの声は今まで聞いたことの無いほど冷静で冷たい口調だった。
そして何も映さなくなったスマホの画面を見つめるその目は、底が全く見えない暗闇のようにドス黒く恐ろしいモノに変わり、あのミラさんでさえ一歩引いていた━━。
「玲奈......ちょっと......」
「許さない......絶対に許さない......。私の悠月を深く傷つけただけじゃなく、お父さんが残してくれた家にズカズカ入り込んで悠月の部屋でこんなゴミと穢らわしい事をしてたなんて絶対に許さない......。殺してやる......アイツらをこの世に産んだヤツらもろともこの手で肉塊にしてやる......!」
オカンはブツブツと呟きながら椅子から立ち上がりフラフラと歩き始める。
「母さんちょっと落ち着いて......っ......!」
「落ち着いてるよ? でもね、愛する一人息子をコケにされて黙っていられるほど私は人間出来てないの。だから1人残らず絶対に殺す━━」
「玲奈待てっ!」
母さんは殺気を漲らせながら玄関へと向かい、それを見た俺とミラさんは母さんを止めに入る。
マズいな......ここで元幼馴染に母さんが突撃するのはまだ早い。なんとか怒りを抑えてもらわないと......!
俺が策を巡らせているとミラさんが母さんの目の前に立ちはだかり静止する━━。
「玲奈、一旦落ち着くんだ。お前の怒りは痛いほど分かる......我だってコイツらを血祭りにあげ、苦しませながら寿命を迎えるまで血を搾り出すだけの奴隷にしてやりたい。しかしこのまま怒りに身を任せてもニンゲンの玲奈には公な殺人は許されないんじゃ......」
「......」
「玲奈よ......よく聞け。一時的な感情に身を任せて親が出張っても逆にそこを相手につけ込まれる可能性がある。だから我ら親は子供が成し遂げる事をじっと見守り、必要となった時に親としてのサポートを精一杯悠月にしてやるんじゃ」
「でも......こんなの......!」
「お前の言いたいことも分かる......けどな、ここまで悠月がたった1人でもがき苦しみながら我慢を重ねて証拠を集め続けたことが全て台無しになってしまうんじゃ。そんな結果は悠月にとってあまりにも酷ではないか......?」
「っ......!」
母さんはミラさんの言葉に歩みを止め、その華奢で小さいその身体を一生懸命背伸びしながら俺のことを強く抱きしめた━━。
「ごめん......ごめんね悠月......。私がもっと早くこの事に気がついてあげれば悠月は苦しまずに済んだのに.......! 私が鈍感なせいで.......アンタにこんな辛い思いさせて......本当にごめんなさい......っ......」
母さんはボロボロと涙を流し俺の肩に涙をつけながら何度も何度も謝るが、俺はその度に胸が苦しくなる━━。
「いや、母さんは悪く無いよ......」
「ううん......そんな事ない......。悠月がこんな酷い映像や写真をどんなに辛い思いで何度も何度も見て集め続けて、証拠の資料を作って来たかと思うと胸が張り裂けそうになる......。親としてアナタに何もしてあげられなかった......そのことが悔しいの、自分自身に悔しいの......!」
「っ......」
母さんから言われたセリフにハッとした俺は、奴らのデート現場やキスの映像を何度も見て、証拠のペットカメラを何度も見返して吐き気を催しながら編集をしたあの地獄のような辛さを思い返して涙が少しだけ込み上げる━━。
「悠月......よく耐えたね......」
「まぁ......ね......」
「ごめんね取り乱して......。悠月が耐えてるんだもんね......ミラさんの言う通り今ここで私がコイツらを殺したらアナタの我慢が全部パーになっちゃうよね」
「うん......。ここまでいろいろとモノが揃ったんだ、奴らが最高に盛り上がった所で叩き落としてやるさ」
「そうね......殺すのはそのあとで良いわね。でも叩き落とす手はもう揃ってるの?」
「ああ、もちろん。そのためにこんだけ我慢したんだ......」
「わかった、その目をしてくれて安心したわ。でもね悠月......次にこんな大きい事を1人で抱えてたらアンタの寝込みを襲って二度と外を歩かせないから」
「あ、はい......」
先程まで涙をこぼしてウルウルな涙目をしていた瞳は、一瞬でハイライトが消え真っ黒な瞳に変化した母さんの魔王のような殺気に俺は敬語で返事をする事しかできなかった━━。
「わかった? そうなればアナタは16歳からエケチェンに逆戻りだからね?」
「なんだエケチェンて......30代の
「ミラさん、コイツを抑えて」
「はっはっは! ガッテンじゃ!」
オカンは着ていたワイシャツを脱いで放り投げ、昨日の酔っ払った時みたいな下着一丁に近い格好になる━━。
「お、オカン落ち着けっ! 服なんか脱いで何するつもりだ風邪ひくぞ......! アンタまさかっ!」
「何バカな事考えてるの? これは機動力を上げるためのものよ。さぁ覚悟しなさい......!」
「い、嫌だ......! ミラさん! 離してくれぇぇっ!」
「離したらダメよミラさん。悠月って不死身だから痛みなんか感じないんだよねぇ? だからアンタには今から1時間くすぐりの刑に処す。女性の年齢をバカにした罰よ━━!」
「嘘です冗談ですっ! 決して30代には見えません! 頑張っても28、9です!」
「ほぼ一緒じゃねぇかあああああああっ!」
「だ、だれか......! 俺を助けてくれぇぇぇえええっ━━!」
「なるほどなるほど.......悠月のお母様は私と似ている部分があるのね、しかも顔だけじゃなく言動も行動も中々可愛い......。よしよし、あのお母様に私自身が好かれるためにも今のうちに一つも漏れ無く徹底リサーチしておかなければ......」
ピー、カチャカチャッ......!
「お、お嬢様......」
「何よニシダ。私は今悠月とお母様、そしてその他一名の大事なスキンシップを聞いてる最中なの。少し黙ってなさい」
「申し訳ございません。ですがあの家から500m以上離れた高台からこのような事をするのは.......」
「あのね......好きな人とその親が普段どんな会話をしてるか気になるのは女の子として普通のことなのよ? お分かり?」
「お言葉ですが......好きピの家族に好かれるためだけに軍用のレーザー盗聴器を使う女の子はこの世界でお嬢様1人だけですよ━━」
* * *
一週間後━━。
『まさにシンデレラボーイ! イケメン
『今SNSで話題のイケメン高校生が通った美容院にお邪魔してみた!』
『【速報】SNSで話題のイケメン高校生、実は通り魔から女性を救っていた件』
『SNSで話題になった《悠月くん》の素顔とは? なぜ彼はSNSをやっていないのか? 大人気インフルエンサー美女雪瓜天との関係は!?』
あの日美容院で写真を盗撮されてからたったの一週間で俺の生活はガラリと変わった。
オカンに野上結愛の事を打ち明けた翌日に俺は大手の芸能事務所から直々にスカウトされ、碌な演技指導や下準備どころか事務所の社長やマネージャーの名前すら覚える時間も無いままドラマの出演が決まった。
そしてその内容がこれまたびっくりなことに異世界の貴族が舞台で傲慢な貴族から壮絶なイジメを受けて顔に傷を負わされた上、家族を殺された元下級令嬢の主人公と心に傷を負った吸血鬼の男が互いの惹かれ合い、男はその人外な力と圧倒的ルックスを駆使しながら貴族達から命を狙われる令嬢を守り抜きながら復讐と下剋上を手助けするという全く意味不明な物語だ━━。
確かに俺はホンモノの吸血鬼だが、このタイミングでこんなピッタリな配役されることになるなんて誰かが裏で俺をゴリ押ししているとしか思えない......。
しかもそのドラマはネット配信会社が力を入れているコンテンツらしくまだプロモーション写真の段階で宣伝をかけまくっており、俺は何が何だかよくわからないまま化粧をさせられて変な衣装に着替えさせられて写真を撮られまくった。
そのせいで余計にネットで話題となり桜庭の甘い目論見は全く外れた挙句あらゆるニュースを抑え、俺の事は通り魔の件を含めて世間に広まってしまった。
だがそんなことより俺には注目しているモノがあった━━。
『それでは『月とグリズリーには騙されない』の最後のメンバーを紹介します。只今ここに居ます人気アイドル、桜庭ヒロと同じ事務所から脅威の新人モデル兼女優がデビューしたとして話題の.......野上結愛ちゃんです!』
『皆さん初めまして野上結愛です! よろしくお願いまーす!』
ニコニコの笑顔でテレビに映っている野上結愛は先日クラス内で見せたあの怒りの顔が想像つかないほど綺麗で屈託の無い笑顔だった。
そしてその笑顔に出演する男性陣は忽ち顔を合わせて驚いており、スマホの動画コメント欄は『可愛い』や『めっちゃ推せる』など称賛のコメントがたくさんついていた━━。
『えっ、すげー可愛いじゃん』
『やばっ......』
『めっちゃ良い......』
『やっぱ僕の見込んだだけの事はあるね結愛ちゃん』
『よろしくねー結愛ちゃん!』
それぞれが挨拶を済ませた後、1人の男が結愛に積極的に声をかける━━。
『ねぇねぇ、君のことは結愛ちゃんて呼んで良いのかな?』
『はいっ! それか結愛でも大丈夫ですよ?』
『そうなの? でも初対面で呼び捨ては悪いなぁ。ただこれからもっと仲良くなったらそう呼んじゃうかも?』
『ありがとうございます! 私はなんで呼べば......?』
『そうだなぁ......俺の名前は
『んー......じゃあ爽ちゃんで!』
『いーね! もうそのあだ名は結愛ちゃん以外に呼ばれないよう他のメンバーに言っておくわ』
『あははっ!』
イケメンの甘い顔と女慣れした口調に結愛は笑顔で受け応えながら話がどんどん進んでいく。
『結愛ちゃん。この番組に参加してるって事は本気で恋したいんだよね? その可愛さならカッコいい彼氏が居ると思うんだけど本当に今いないの?』
イケメンの唐突な質問に結愛は少しびっくりした顔をした後すぐに暗い表情になり顔を伏せる。
他の視聴者には分からないだろうが俺には分かる......これは何かを企んでいる演技だ━━。
『今は居ません......。ついこの間までは居たんですけどね......』
『そっか、いろいろあったんだね。ごめん変な事聞いちゃってさ......』
『良いんです良いんです。逆に話してスッキリしたくて......この際だからなんでも聞いてくださいっ』
『そうなの? じゃあ聞いちゃおっかな? その彼氏とはなんで別れちゃったの?』
結愛は名女優さながらの暗い顔で目に涙を溜めながらその質問に答える。そして━━、
『実は.......
彼に浮気されまして.......』
『え? ホントに.......?』
『はい。しかもその人......今話題になってるイケメン高校生なんですよ......』
『えっ......! それってもしかして
『......はい』
『まじかよ......』
ピー音によって名前は隠されてはいたが結愛の発言内容から俺の事だとすぐに特定されてしまい、コメント欄やSNSが一斉に荒れ始めた━━。
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