第29話 俺をアニキと呼ばないで


「お前ら......」



 グルグルと包帯を巻いた頭を俺に下げるそいつらは、昨日俺を闇バイトで襲ってきた男3人組と部下っぽい取り巻き十数人だった。

 そしてそいつらは全員同じ制服を着ており、その制服は近所の工業高校の制服で間違いなかった━━。



「昨日の今日で俺に一体なんの用だ。まさかマサムネくんの真似して俺にリベンジでもしに来たか?」


「......へ?」



 俺が校門に備え付けられている鉄製の門を片手で握る━━。



「もしそうであれば......お前ら全員のケツにコイツをぶち込んで工業科から肛門科に転校する事になるな」



 そう言うと三人は顔を真っ青にしながら大衆の面前で土下座を始め、他の連中もそれつられて倒れたドミノのように土下座を始めた。



「か、かかか勘弁してください! 今日はそんなつもりで来たんじゃないんです!」


「じゃあなんのつもりだ、くだらない用事なら帰れ。でないと━━」



 メキッ.......コ゛コ゛コ゛コ゛ッ......。



「ちちち違うんです! 昨日の事ちゃんと謝りに来なきゃと思いまして......」


「そうなんです! あんなに強いお方だとは知らず舐めたマネして本当に━━」


「「「申し訳ございませんでしたぁぁぁぁっ!」」」


「手のひらクルクルすぎて羽◯結弦になってるぞお前ら......」



 ガラの悪い男達三人と取り巻き全員が、見た目だけ普通な俺にデカい声でビビり散らかしながら土下座している所為で普通に登校してくる他の生徒が俺の方をジロジロと見てくる。



『え、何アレ......近所の工業高校の不良連中を堂々と土下座させてるってあのイケメンやばくね?』


『一体何したんだよアイツ......てか今先頭で土下座してるデカ男を俺見たことあるぞ。確かドラゴンヘッドの長に最年少でなったっていう━━』


『そんなヤベェ奴らを他校の校門前で土下座させてんのかよ......どんだけイカれてんだ。それよりあんなイケメン学校に居たっけ?』


『いや知らん。転校生かな?』



 俺は在学中の真面目な一年生だよクソッタレ!



『でもあの人見た目だけなら明星君に引けを取らないね。こっちは黒髪イケメンで明星君は白髪イケメンてな感じで』


『うんうん。ただ素行の悪さはこっちの方がダントツで悪そうだけど━━』


『確かに。なんか見た目不良っぽくない人間があんなやべーヤツらを土下座させてるってのが、ギャップと真実味が増してヤバいよね』



 チクショウ......こいつらのせいで言われたい放題じゃねぇか......!



「も、もうお前ら土下座やめろ......! この光景じゃ俺が一番悪いヤツみたいじゃねぇか! お前らのせいでたった今熱い風評被害が起きてんだよ! ◯ねっ!」


「そんなぁ......冷たい事言わないでくださいよぉ、佐田のアニキィ......」


「アニキって言うなっ! どう見積もっても俺の方が見た目全然年下じゃねぇか! そもそもアンタらいくつだよ!?」


「「「高三ですっ」」」


「年上じゃねぇか! こんなところで土下座キメてる暇があったらさっさと進路決めてこい!」


「そんなぁ......昨日の件を誠心誠意詫びに来たんすよ俺たちは。これからは佐田のアニキの御命令とあればどんな事でもしますんでなんでも言ってくださいねっ!」


「じゃあ今すぐ此処から去れっ! 昨日まで邪悪な存在だった癖になに都合いい事言ってんだ。ていうかこんな何十人も土下座させてる光景を先生に見られたら即刻生徒指導室行きなんだよ馬鹿野郎!」



 そうだ、俺がここで謹慎にでもなってみろ......学校で天から血を貰えない上に変な悪評が学校中に広まってアイツらに堂々と復讐する時絶対足枷になっちまう!

 

 そんな不安で頭を巡らせていると━━、



「君たち、学校の前で一体何をしているの?」


「あ......」



 聞き覚えのある声に振り返ると、そこには腰に両手を当てて少し困った顔をしている俺の担任の先生だった━━。



*       *       *



「ふ......風花先生」


「おいおい、なんてマブイ先公なんだ......俺たちにもあんな先公が居れば......」



 風花先生......本名早乙女風花さおとめふうか先生は今年新人教師として俺達クラスの担任になった若い先生だ。

 茶髪のボブカットが似合う可愛い見た目で癒し系な雰囲気を出しているが、中身は意外と熱血かつ生徒思いで生徒からも信頼されている今時珍しいくらい評判の良い先生だ━━。



「貴方達、ウチの学校に何か用なのかな?」



 風花先生は見た目ヤクザ紛いの不良高校生大勢を相手に一つも物怖じせず、いつもみたいな緩い雰囲気で質問を投げかける━━。



「はいっ! そこに居られる偉大な方が赤落ち・・・するのでお見送りに━━」


「ココは刑務所じゃねぇっ!」



 コイツらぁ......学校を何だと思ってやがるっ!



「赤......何なのそれ? それよりこの子達に見送られてる貴方はウチの制服着てるけど見た事ない生徒ねぇ......なんで私の下の名前を知ってるのかな?」



 そうだ......俺昨日の昼休みに成長期を発揮した所為で姿が変化してるんだった......!

 でも帰りのHRで流石に俺のこと見てると思ったけど、昨日の時点で何も言ってこなかったって事は見事にスルーされたのか......? まぁ元々存在感あんまり無かったからなぁ......。



「知ってるっていうか......信じられないかもしれませんが俺は佐田です。貴方が受け持ってるクラスに佇んでる佐田悠月です」


「えっ? もしかして冗談を言ってる? 私の知ってる佐田くんとは全然顔が違うようし背も高く見えるけど......まさか顔だけじゃなくて身長も整形しちゃった!? 前の顔も高校生らしい可愛い顔してたのになぁ━━」


「先生、俺整形してないです! ていうか手術でもこんな短期間で身長は伸びません! これは血の所為というか遺伝というか......とにかく成長期で顔が変わって背が伸びたんですよ」


「うーん......ちょっと信じられないなぁ。なんか佐田君だけが知ってる情報とかそういった証拠ある?」


「えっと......俺だけが知ってる情報か.......。くっそぉぉ何も出てこねぇ!」



 俺は懸命に頭の中を巡らせながら髪の毛を掻きむしるが、舞い落ちるのは俺の抜け毛だけだった━━。



「あ、あなた頭大丈夫?」


「えっ!? 突然言葉のナイフで斬りつけられたんですけど......」


「あっ! いやこれは違くてその......! 頭から髪の毛を結構毟り取ってるから心配で......ごめんなさい。でも君が佐田君なんて......」


「先生、彼は本物の佐田ですよ」



 困った俺に助け舟を出してくれたのは、いつもピンチの時に言葉のアシストをしてくれる藍原だった。

 藍原はその華奢な手で俺の肩を叩く━━。



「この間の体育のサッカーで桜庭君に削られそうになったもんね? それに僕がサンドウィッチをラップごと間違えて食べそうになったのも知ってたしさ」


「そうなの藍原さん? でも整形してないのにそんなに顔がカッ......じゃなくて、変わったなんてそんなファンタジー小説じゃあるまいし━━」


「本当なんだけどなぁ.......あっ! そういえば佐田は早乙女先生の相談に一回乗ったことあるって言ってたよね?」


「あー! それだぁぁっ! 先生、俺が本物の佐田悠月ってことを証明しますよ! 貴方の名前は早乙女風花22歳、高速道路最速の社用車キー◯ンスに務める彼氏に最近振られて傷心してたのを保健室で保健医の先生とそこに居たクラスの男子生徒に相談してましたよね?」


「な、なんでそれを貴方が知って━━」


「その生徒が俺だからですっ! 新婚ホヤホヤの保健の先生と元幼馴染と付き合ってた俺に放課後泣きながら相談してきたでしょ!? その時の内容は確か先生が彼氏に変な性癖のコスプレさせられそうになって喧k━━」


「あああああ! そ、それ以上言わないでぇ! 貴方が佐田くんだってわかったからもうその話やめてぇぇっ......」


「やっとわかってくれた。ナイスアシストありがとな藍原」


「うんっ!」



 先生は茹蛸のように顔を真っ赤にして俺の発言を止めるが、その様子を見ていた他の生徒達はクスクスと笑っていた。

 先生はそれに気がついた瞬間コホンと咳を一つ吐き、土下座する不良達に冷静に話しかける━━。



「それで......工業高校の貴方達大勢が私のクラスの佐田君に何の用なの?」


「それは......昨日俺たち佐田のアニk━━」


「おい......」



 こんなところでこんなガラ悪い連中に"アニキ"なんて呼ばれてるのが先生にバレたら溜まったんじゃねぇ......! 


 なんとか誤魔化さないと......!



「君たちその頭の包帯はどうした? 何か事故に巻き込まれたのかい?」


「へ......? いやそれはアニキg......」



 俺はヤツらの耳元に近づき先生にバレないように囁く━━。



「その怪我はさぞ痛かっただろうなぁ......! そんな交通事故にまたまた遭遇するのは嫌だよね......? ねぇ?」



 こんな厳ついヤツらの見た目を志◯雄真実包帯まみれにしたなんてバレたら一発で退学だ......そんなの冗談じゃねぇぞ!



「は、はい......」


「分かったら二度と人前で俺の事をアニキって言うな。それと......昨日お前らが脅した桐島とその姉に今後ちょっかい出したら全身の皮をひん剥いて人体の不思議展に寄贈するぞ、分かったな?」


「わ、わかりましたぁ......」


「よし、じゃあ帰れ。ハウス!」



 俺が耳元から離れると奴らは土下座の体勢から全員立ち上がりピシッと姿勢を正して一列に並び、一斉に頭を下げた━━。



「「「佐田さん、お身体にお気をつけてっっっ!!」」」


「だからその任侠映画みたいなノリやめろぉぉっ!」


「佐田くん......一体あの子達に何したの......」


「いや......俺も分からないっす......。ははは......」



 安っぽいヤクザ映画のワンシーンみたいな光景に先生は唖然としながら問いかけるが、俺はもう笑って誤魔化すしか無かった。



「あ、そうだ佐田君。君この前通り魔から被害者を守ったでしょ? その件で今日表彰があるから後で職員室に来なさい━━」


「え? あ、はい......」



 そういえばそんなこともあったっけ.......なんかよく分かんないけど遠い昔のように感じるなぁ.......。



「佐田ってばまたそんな凄い事したの!? 僕をチンピラから逃すだけじゃなく凶悪な通り魔からも人を守るなんて凄いなぁ! やっぱり君は男の中の男だね、カッコいいっ!」


「ちょっ.......おまっ!」



 藍原はニッコニコの笑顔で俺に抱きつく。

 男同士のハグは大体浅いハグ且つ身長差があまり無いのでフランクな感じに見えるが、藍原が小柄な所為で俺の胸の辺りに顔を擦り付けてスリスリしている。

 その光景は側から見るとまるで彼女が彼氏に甘えたハグをしているように見えたのか、風花先生はおっかない顔をしながら俺の肩を叩いた━━。



「ねえ2人とも......喧嘩売ってる? 私ね、例の相談の後すぐに振られたの。そんなセンチメンタルな私に朝からイチャつく光景を見せないで」


「あっ、ごめんなさい先生......それと佐田も」


「なんで俺の方をついでに謝るんだよ藍原! ちょっと待って下さいセンセェ! いくら多様性の時代でも俺は男に興味ありせん! 興味あるのはこの通り女の"ケツ"だけです!」


「はい、表彰の前に生徒指導室で反省文の表彰決定ね。藍原さんから離れてこっちに来なさい」


「いや離れないのはコイツの方だから! ぃだだだだだっ! 腕引っ張らないでくれよセンセェ......!」


「あの佐田さんが痛がってる......コレが愛の鞭ってやつか......!」


「どう見てもちげぇだろうが! こんなの言葉の統制だ! 俺は冤罪だっ! ア◯ヒ川市の中学校に訴えてやる! あっダメだ、あそこはイジメを平気で認知しない腐り切った体質だったわチクショウ!」


「なんか......佐田から良い匂いする......何でだろ?」


「コイツ犬かよっ! さっさと俺から離れてくれ藍原! 残念ながら俺はLGBTのどこにも所属してないんだっ!」



 藍原に無理やり抱きつかれて身動きが取れない俺の腕を先生はまるで病院を嫌がる犬の飼い主のように強引に引っ張りながら校内に無理やり入れようとすると......。



「お、お前何故......!」



 俺を見送る工業生の隙間から1人のニンゲンが驚いた声を上げた━━。

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