第23話 トマトジュースとスマホは便利


 俺たちが駅に戻ってきた頃には空はすっかり暗くなり、仕事帰りのサラリーマンやOL、制服を着た高校生がごった返していた。

 昼間はまだまだ暑いのにこの時間になってくると服が半袖のYシャツだけだと少しだけ心細く感じる━━。



「じゃあここでお別れだね」


「うん、今日はホントありがとう。髪もさっぱりしたしその他にも色々気を遣ってくれて......感謝してもしきれないよ」


「そんな事気にしなくて良いの。でもそんなに感謝してくれるなら......お礼として悠月のお母様である玲奈様に今から結婚の挨拶に連れてって貰いましょうか。ニシダに手土産をすぐ用意させるから━━」


「早いよ! 幼馴染と別れてまだ24時間経ってないんだぞ!? なんでそんなすぐ追い込み漁みたいな事すんの? それにオカンも突然こんな美人が結婚の挨拶に来られたらビビるわ。ていうかニシダって誰だよ!」


「ニシダはニシダよ? 私専属の付き人。この前私が乗る車を運転してたのがニシダ......悠月知らないの?」


「しらねぇよ! なんだかんだ俺たちは出会ってまだ3日だぞ!? いやそれより待て......なんでオカンの名前知ってるんだ......?」


「当然でしょ? 貴方の身の回りの女性は全員リストアップしてるもの。近所では美人で有名、悠月とはあまり顔が似ておらず性格も天真爛漫で対照的......と噂のお母様。行きつけのお店はコ◯ダ珈琲とシャ◯レーゼ、好きな男性のタイプは━━」


「やめやめ! ウチのオカンの細かい嗜好なんか聞きたくねぇ! ていうかその調査力は凄いを通り越して怖いよ......」


「ふひっ......♡ 好きな人の全てを調べ尽くすのが愛情の大きさでしょ? 私は貴方の全てを知っているんだもの。でももしそんな悠月への愛で溢れる私を裏切ったら━━」



 あー、これ少しでも裏切ったら瞬間殺されるな......俺不死身の吸血鬼なのに......。



「なんてね......? こう見えても私あんまり重たい女にはなりたくないの」


「人の事はそこまで調べ上げるくせにに自分の足元全く見えてないんか? 正直オスミウムより重いぞ」


「オス......ごめん今のツッコミもう一度言ってもらって良い?」


「やめろやめろ! つまらないのは言った己が一番わかってるんだよ。それじゃまたね」


「うん、帰り道絶対気をつけてね悠月、家に帰ったら『か な ら ず』連絡して。しないと私━━」



 天の目は再び青く冷たい氷のような目つきに変わる......。



「あ、ああ......。天も気をつけて......」


「私は大丈夫。もう迎えに来てるから」


「流石お嬢様だな......」



 ふぅ......帰ったら忘れずに連絡しないとかぁ、殺されないようリマインダーに登録しておこう。

 俺は近くのコンビニで"トマトジュース"を買い、改札へと向かった━━。



*      *      *



 俺はあの嫌な思い出の駅から電車に少し乗り、最寄りの駅で降りて改札を抜けていつもの帰り道を一人歩く。

 だけど何か悩んだり少し辛いことがあった時、その帰り道を少しそれて俺は立ち寄る場所が一つだけある━━。



「ふぅ......やっぱここは落ち着くなぁ」



 そこは家の近所にある寂れた神社だ━━。


 少しばかりの山の上に建っているその神社は一直線の石畳みの100段ほど上ってようやくその社を見ることが出来る。

 迎えてくれる赤い鳥居は少し赤が所々削れていたりお賽銭箱は木の色が少し古びているが、俺にとっては大切な場所だ。

 そして他の神社と違ってここは狛犬じゃなくて狐の石像が二つ建っている。

 まぁ今となってはそれが分かるが昔の俺はその狐の像が自分だけが知っている特別なものだと思っていて、それを知られたくない一心でこの場所に寄るという俺のルーティーンはオカンにすら話さない自分だけの秘密の場所だった━━。



「なんか......久々にちゃんと一人になれた気がするな」



 俺は本殿の階段に座り少し背伸びをする。

 ここは心地が良い......車や電車や人の声などが全く無く、聞こえるのは森の中で鳴いている虫の声とたまに風が揺らす葉っぱの音、そしてその風によってお賽銭箱の上にぶら下がる本坪鈴ほんつぼすすがチリリとたまに音を鳴らすのも俺にとっては癒しだ━━。


 だが、そんな俺の癒しを邪魔する者達が心臓をドクドク言わせながら階段を登ってくる......。



「まさか自分から一人になってくれるとは思いませんでした」


「全くだな。案内ご苦労だった、コレでやりやすくなったってもんだ」


「だな。さっさとボコして報酬を頂こう」


「報酬手に入ったら私にも少し分けて下さいよ? たまたまアイツの顔知ってたのは私だけだったんだから」


「わーったよ。とりあえずヤツを片付けるぞ━━」



 そう言ってゲラゲラ笑いながら神社の鳥居の前に現れたのはいかにも不良な見た目をした三人組の男と、一人のチャラそうな女だった。



「はぁ......どうやら俺に休む時間は無いみたいだな━━」



 ピコン......♪



*       *       *



 ガラガラと金属バットを石畳に引き摺る音を立てながら境内に入ってくる三人の男と一人の女。

 その中でも一番強そうなリーダー格と思われる男は俺より数倍ガタイが良く顔には無数の傷が入っており、半袖の派手なシャツから刺青をチラつかせている。

 そして残り二人の男は顔面にピアスが無駄に開いたツンツン頭の男と、ジェルで固めたツーブロックヘアでセカンドバッグを持った詐欺師みたいな格好をしている男で、そいつらも何か格闘技をやっているのか筋肉隆々だった。



「おい......ほんとにこんな弱そうな奴をボコして写真撮るだけで良いのか? ていうかなんか写真と......顔違くね?」


「確かにコイツは写真より全然イケメンだな。まぁ違ってても良いじゃねぇか? どうせただの"バイト"なんだからよ。適当にボコして脅しくれときゃコイツも警察に言わねぇだろ」



 俺がそんなに弱そうに見えるからなのか男達は好き勝手な言葉を口にする。

 だがそれよりも俺が一瞬目を疑ったのはそいつらを引き連れている女の方で、その女は確実に見覚えのある女だった━━。



「そうそう、いくら顔が良くなったからって生意気な陰キャなんか暴力で黙らせればなんて事ないですよ。ねぇ佐田クン......?」


「お前......






 



 ウチのクラスのテングザル桐島千鶴か━━!」



 目鼻立ち整った顔なのに、怒ると塗りたくった化粧の上からでも分かるほど"テングザル"みたいに顔が真っ赤になる女は、俺の知ってる中でただ一人しかいなかった━━。



「大正解。学校ではおちょくってくれてありがと、そのお礼を今からタップリしてあげる」


「よせやいお礼なんて......照れちゃうだろ! 顔がテングザルになっちまうぜ!」


「恥ずかしがりながらさりげにディスってんじゃないよ! 陰キャのくせに!」


「しかしお礼かぁ、俺まだ童貞なんだけどマジで良いのかな......? やべぇ興奮してきた」


「はぁ!? アンタ人の話聞いてんの!? ほんっっとムカつく!」


「ぶははは! この状況で興奮とかこのガキマジで童貞かもな!? お前の足でチンコ踏んづけてやれよ」


「ふざけないでくださいよ! マジでキモいから! もうホンモノのバットでソイツの情けないバットをへし折ってやって下さいよ」


「案内役のお前が俺たちに指図すんな、言われなくてもやってやるよ。さぁそこで大人しくしろや少年、お前に恨みは無いけどな!」



 リーダーの男は俺にバットを突きつけて脅す━━。



「おいおい、野球するには少し人数が足りないんじゃないのか? グローブだって持ってきてないぜ?」


「バカが......お前みたいなヤツと仲良く野球なんざするワケねーだろ!」


「なら俺に何の用だ? まさかココに闇バイトでもしに来たのか?」


「そうだ。お前の制服着た写真と依頼内容がDMに送られてきたんだよ、それを達成すれば金が貰えるってさ。それでお前と同高おなこうのコイツに連絡して、こうして見つけて貰ったってワケ......。しかしこんなバイトに募集されてるなんて、テメェは一体何やらかしたんだ?」


「マジで闇バイトかよ......。今朝ミネストローネをドカ食いして彼女に振られただけの男なのになんでだ? てか身近で闇バイトに情報売ってる頭弱いヤツ初めて見たわ......」


「仕方ないじゃん? 私だってこの人たちの頼みを断ったら何されるか分からないんだもの。だから大人しくボコボコにされてくれるかな?」


「はぁ......てことはお前コイツらに半分脅されてんのかよ......。悪い事は言わないからさっさとおウチに帰って、パパのチ◯コでもしゃぶって寝るんだな」


「うるさいっ! なんの取り柄も無いカースト最底辺陰キャの癖に私の......結愛に振られた時だってそうよ! そうやって物怖じ一つしないアンタがムカつくの! ちょうど良い機会よ!」


「へっ......お前がそんなに怒るなんてな、この少年とはただの顔見知りじゃなかったのか?」


「別に......。私はコイツを見つけるとこまでやったんだから後はコイツをボコしてくださいよ。私は帰ります」


「だめだ帰るなここにいろ。さて、さっさとやっちまおうぜ」


「ああ。だけどやりすぎて殺さないように気をつけないとな、俺らがまだ未成年とはいえ殺人でパクられるのはごめんだ。さて少年......何か言いたいことはあるか?」


「あ......オカンに夕飯の連絡すんの忘れてた! ややややややべぇ.....オカンにここここ殺されちまうっ!」


「テメェ舐めてんのか!? 今この状況を心配しろやっ! ちっ......だったら母親の事なんざすっ飛ぶくらいの恐怖を今味わわせてやる。じゃあなクソガキィィッ!」



 バゴォッ━━!



「ぁっ.......!」



 リーダー男がフルスイングしたバットを思いっきり頭部に叩きつけられ、俺はその勢いで石畳に突っ伏した━━。



「ぶははははっ! 口ほどにもねぇなこのガキ!」


「もっとぶん殴ってやろうぜ!」


「お前に言われなくてもやってやるよっ! オラァッ!」



 男達は倒れた俺の体にコレでもかと言う程何度も何度もバットを叩きつける。



 カシャッ━━。

 


「よしよし、写真は撮れたか?」


「コイツのこの血まみれの写真を撮れれば金貰えるって話だからこれでOKなんでしょ? こんだけ痛めつければコイツ......これこら私の言う事をなんでも聞いてくれるかな?」


「きり......しま......」



 そして桐島千影はまだうつ伏せで倒れている俺の耳元で囁く━━。



「ねぇ佐田......今後私に逆らったらこの人たちに連絡してまた痛い目に合わせるからね。それと警察や親に言おうもんなら、この人たちの仲間も連れてもーっと辛いお仕置きが待ってるよ? そうなりたくなければアンタは今日から私を色んな意味で満足させる奴隷になる......分かった━━?」


「っ......」


「どけ......この生意気なガキが二度と俺らに生意気な口叩けないようにとどめを刺してやる......!」



 ドスッ━━!



「......」


「しあしこんな弱い奴をボコして写真撮れなんてDMがきたんだろうな? 別にどっかの族の頭やヤクザの息子って訳でもないんだろ?」


「ああ、こんなヤツ俺も見たことねぇからなぁ。まぁ金は確実に貰えるしあんまり深く考えなくて良いんじゃね?」


「ふーん。でもコイツマジで警察にチクらねぇかな?」


「その辺は大丈夫だろ、今の脅しも確実に効いてるしな。まぁチクりそうならまたリンチすれば恐怖ですぐに言うこと聞くだろ」


「じゃあ帰るか、俺今寿司食いてぇなぁ。お前らなんか食いてぇもんある?」



 男と桐島千鶴は俺が起きない事に満足したのか、倒れている俺に背を向けて男達と神社の出口へ歩き出した━━。



 ピコン......♪

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