第22話 専属スタイリストミヤコさん
天に無理矢理手を繋げられた俺は彼女のなすがままに駅から街へと歩き始めたが、やはりここでも彼女はある意味凄いニンゲンだと気がつく。
天はその圧倒的に目立つ容姿で街を歩く人々の視線を一身に集めているにも関わらず、そんな事はもう慣れたもんとでも言うように全く意に介さず堂々と俺の隣を歩き続けている。
そういえば女の人と手を繋ぐなんていつぶりだろう......結愛と最後に手を繋いだのは桜庭が転校した初日だったかな......?
まさか陰キャで彼女を推しに寝取られたこの俺がたった数日で学校一と評される美人と手を繋ぐ日が来るとは......。
今までの俺なら多分手汗かいてまともに手を繋ぐことなんて出来なかっただろうな、まぁ今その手は汗じゃなくてセ○ダインがびっしょりついてるけど━━。
けど形がどうあれ、その病的な程俺に向けられた好意が寝取られて振られた俺には少し心地良く感じる......。
ありがとう先輩━━。
しかしそんなことを考えて前を向きながら歩く俺に対し、先輩は前を全く見ずに俺の顔
いやいや......この人こめかみに目がついてんのか!?
「あのー、天さん......?」
「なぁに?」
「そんなに俺を見つめないでもらっていい......?」
「......なんで?」
「なんでって......そんな修羅の目で見られても落ち着かないって。最近の政治家でもそんなに"注視"しないよ?」
「政治家の方は見てるだけだけど私の場合は即実行に移すよ? あっ、今私以外の女を目で追ったね......やっぱり罰を与えなきゃダメかな━━」
「あ、ごめん。っておいっ! アレただの
「ニャァッ......」
スリスリっ......。
クソッタレェェェッ! こんな時に限って猫の方から擦り寄ってきやがった! めっちゃ可愛いなチクショウ! でも落ち着け......よくよく考えたら唯のメスの猫に好かれたからって俺にそんな殺意の目を向けr━━。
「へー......性別がメスならなんでも良いのね。だらしないなぁ悠月は......」
「いや......これはちg」
「ふぅん、言い訳......? 余程此処で絶息したいのかな━━」
「絶息!? この時代にそんな言い回し使うヤツ居ねーよ!」
「......最期の言葉はそれで良いのね。さようなら━━」
ダメだぁ......! 完全に殺る気スイッチ入ってるよこの人! 聞く耳を持たないどころか、ついてる耳を削ぎ落とそうとしてるよっ!
「シャアァァァッ!」
だがその異常な殺気を猫も察したのか、身体中の毛を逆立たせて足早に去っていった。
「ふん......あの程度で逃げるなんてまだまだね」
「猫と張り合ってどうするんだよ! これから性別メスとエンカウントする度にこうなるのか!? そのうち俺の方がストレスで死んじゃうってマジで!」
「悠月は人より丈夫......っていうか基本死なないんだから大丈夫よね? 死んだ方がマシと思うまで私が昼も夜もずーーーーっと
これほどまでに自分が不死身なことを後悔するなんてこの人と接しなければ分からなかっただろうな......マジで誰かたしゅけて......!
「お願いだからそれだけは勘弁して貰えないですか......。とりあえずこの話は置いといて、これからどこに行くかを教えて欲しいよ」
「今から......それを切りに行くの」
「斬り......首をですか!?」
「そんなに斬って欲しいならするけど、私は悠月の全身を愛でたいからそんなの勿体無いわよ。でも待って......斬った首に時計を埋め込んで毎朝悠月の甘い呻きアラームに起こしてもらうのも悪く無いわね━━」
「アンタ......どっからそのサイコな発想湧いてくんの.....」
「その怯えた顔も可愛い......♡ けど今のは冗談よ? その少しだけモサモサふわふわした髪の毛を整えに私の専属美容院にいくの」
ま、マジか......いつもはオカンにも小遣い貰って近所の千円カットで済ませてるから美容院なんて緊張するなぁ......。っていうか美容院ていくらかかるの? 先輩の専属となるとカリスマ美容師とかで1万円くらい取られるのかな!? そんな金今持ってねぇぞ......!
「そのー、天さん? そもそも俺予約してないし今お金も接着剤の剥離剤も持ってないんだけど大丈夫?」
「大丈夫よ? もう私から予約してあるしお金は年契約してるから悠月が払うモノは無いの。でも......切った悠月髪の毛を集めて調味料にs━━」
「だああああっ! なんだよ髪の毛で調味料って! ホラー映画かよ! 悠月から抽出したこれが本当のゆず胡椒ですっ! って馬鹿野郎! 腹壊すぞ!」
「えー、私悠月に首筋だけじゃなくてお腹の中も犯されちゃうんだね......嬉しい」
「はぁぁ......ダメだこの人なんとかしないと」
「意外と奥手な彼にはこの方法でドキドキすると思ったんだけどなぁ。もっともっと積極的にならなきゃダメかな......?」
「それ以上積極的に煽られたら事故って廃車になっちまうよ......」
* * *
なんやかんや歩きながらやってきたのは街の大通りに面するガラス張りのおしゃれな美容室だった━━。
この美容室知ってるぞ......なんか今人気の女優やら俳優がこぞって御用達の超有名な場所だ。
確かテレビでは予約が半年先まで埋まってるって言ってたような......?
「さぁ入るわよ」
「えっ、マジで予約とかs━━」
先輩は戸惑う俺の手を無理やり引っ張り店内に入る。
広々としたカウンターと奥には何席も並べられた椅子とおしゃれな鏡、そしてその席が全て埋まっていて美容師さん達が真剣に施術をしている。
すると奥の方から一人おしゃれな髪型と髪色をした20代くらいの美人が手を振ってコチラに向かってきた━━。
「あ、いらっしゃーい天ちゃん!」
「こんにちはミヤコさん。今日は昨日言った通り━━」
「OK。その子が例の......ふぅん、なかなかイケメンじゃない?」
「イケ......たとえミヤコさんでも悠月を狙うなら許しませんよ?」
「待て待て! 彼女のはただのお世辞だしそもそも俺たちまだ付き合ってn」
「......なぁに悠月?」
「あっはははは! 大丈夫大丈夫! 私のタイプは年上のダンディな男性だから。タイプで言えばそうねぇ......ジェイ○ンステイサムとか?」
まさかのマッチョな外国人......! 確かにめちゃくちゃかっこいいけども!
「まぁ私の事は置いておいて......さぁさぁこっちに座って」
「はい、お願いします」
俺はミヤコさんに案内されて普通に席に座る......はずだったのだが天は俺の太ももの上に至極当たり前のように座り、俺と向かい合った━━。
「あのー、すみません天さん......ちょっといいすか」
「なぁに悠月? これでカットされてる過程がよく見えるね」
「いや俺は今お前しか見えねぇから!」
「え!? そんなちょっ......! 悠月ったら......突然照れさせること言わないでよ......♡」
「そういう意味じゃねぇよ! おまこれ.....ただの対面座位じゃねぇか! 初入店の美容院で普通対面座位するか!? ソープじゃねぇんだよ! いいからそこをどけ! まず俺を鏡に映させろ!」
「ダメだよ......? だってこの手がくっついちゃってて離れられないんだもの......」
「それは天が始めたセメ◯インだろうが!! とりあえず手云々の前に俺の膝から離れろ! 周りの客も引いてんだよ!」
「それだけは絶対嫌。ミヤコさん、このままイケる?」
「そ、天ちゃん......」
馴染みの客が自分の前の椅子を使って対面座位をしてるという無茶苦茶な光景にミヤコさんは言葉を失っていた━━。
「あんなに明るかったミヤコさんが困ってらっしゃるじゃねぇか! これじゃいくらベテランでもこんな体勢じゃカットに失敗するだろう!? すみませんミヤコさんこのイカレヤンデレの所為で......申し訳ないんですけどとりあえず除光液貸してください」
「え? あーはいはい! すぐ持ってくるね!」
ミヤコさんは困り顔で俺に除光液を渡してくれたので俺はやっと天先輩の手から逃れられることが出来たが、結局天は俺の太ももに座りっぱなしのまま散髪ケープをうまく掛けてもらい施術は開始された━━。
「それで今日はどんな感じで?」
「えーっとそうですねぇ今日は「この画像のこんな感じで」」
俺が悩む暇もなく俺の上に乗っかってる天は、ミヤコさんに自分のスマホを渡して施術後の髪型を勝手に提供する━━。
「なるほどなるほど......今流行りのふんわりしたくせ毛風マッシュね! センターを少しアップ気味にするのはヘアワックスを使えばお好みで出来るし、この髪質と顔の形ならなんでも似合うからやってみる!」
全然何を言ってるのか分からないが、今のもっさりした頭が進化するなら何でもいいので天とミヤコさんに任せることにした━━。
* * *
「さぁどうかな天ちゃん? アナタのボーイフレンドはイメージど通りになった......?」
「......」
天は俺の顔と髪型を険しい顔でまじまじと見つめる━━。
「どうなんだよ天......誰かさんの所為で俺は全く鏡見れなかったからちゃんと教えてくれよ」
「うーん......
最高......♡」
「良かったぁ......!!! 天ちゃんがそんなお顔するの初めて見たから私緊張しちゃったよ!」
「ミヤコさんの施術はやっぱり最高です。前もカッコよかったけどこの髪型はゆずにセクシーさが加わりました......完璧です。ゆず、結婚しましょう」
「うんそうしよう、するか! こちとら今日フラれたばっかりなんだぞ! 俺の今の顔どうなってるか見せ━━」
天の体の隙間から鏡を覗くとそこにはテレビでよくみるような顔の整っているイケメンが映っていた。
マジでこれが俺だなんて......髪型ひとつでこんなに印象が変わるモノなのか! ミヤコさんすげぇ......。
「oh......では結婚しましょう、
ミヤコさん━━」
「......って私かい!」
「ゆず......? 冗談でも言って良い事と悪い事があるのをご存知ない? 髪の毛切った後要望通り首を斬ってあげましょうか......」
「じ、冗談ですよ天さん! イメチェンして早々に逝去とかラブコメに有るまじき展開なんでそこだけは勘弁して下さい......!」
「......次は無いからね? 私の専属美容師がこの世から1人消えるのは私だって辛いもの━━」
「て、天ちゃん......次この子を切るときは他の人を指名して貰って良いかな......?」
「すみません、この後キツく言っておくんで今後も僕の髪切って欲しいです......」
「冗談よ、今後ともよろしくねイケメン君。その顔と髪型なら天ちゃん以外の泥棒猫が寄ってくると思うけど......あんまり靡かないようにね」
「大丈夫ですよミヤコさん、悠月の周囲を這い回る雌豚は全員始末しますから。じゃあ悠月、手を繋いで帰りましょうか?」
「う、うん」
俺と天はミヤコさんの美容院を後にした。
しかしああいった何人ものイケメンを見てきたプロの人からそんな事言われると少しだけ勘違いしそうになる......。
でも恐らくミヤコさんが真に伝えたかったのは、天の横に立つなら俺に少しでも外見的な自信を持ちなさいと遠回しに教えてくれたのかもしれない━━。
「見つけたぞ......」
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