第21話 初めての......。


「ふぅ......なんとか身体が痛くなくなった。授業乗り切って今日はさっさと帰って横になろう━━」



 朝の言い合いの所為で少し教室内で浮き気味の俺は、結局その後クラスメイトとは碌に会話をせず昼休みを終えて再び教室の扉の前に戻って来た。

 そして今気がついたが、さっき起きた体の変化によって背が伸びた所為で制服のズボンは寸足らずなダサい格好になっており、Yシャツ半袖の丈も少し短くなっていた━━。



 オカンに言って制服をもう一回頼まないとダメかな、成長期は辛いよ......。



 俺は憂鬱な気持ちになりながら扉を開け、席に着く前に桜庭の席を確認するとヤツのカバンが机から消えていた。



 午後からアイツはアイドルのお仕事か......イライラしながら早退したんかな? もしそうならざまぁみろ。


 俺はヤツの席を横目に自分の席について机に伏せる━━。

 


「ね、ねぇキミ......?」



 早速誰かが驚いた声で俺に話しかけてくる。


 この声は藍原か━━?



「ん? 藍原どうした?」


「あの......そこ佐田の席だけど......?」


「え? そりゃそうだろ。ったく藍原は相変わらず天然だなぁ......だから昼飯のサンドウィッチにラップ巻いたままで食べたりするんだよ」


「え? ちょっと待って......なんで昨日起きたサンドウィッチの変を知ってるの......!」


「なんでって......お前俺と一緒に食べたじゃんか、もう忘れたのか? ていうかサンドウィッチの変ってなんだよ」


「え......えぇぇぇっ!!!!? ももももしかして君、佐田なのかっ!?」


「ああ......そうだよ? 俺がさだま○しにでも見えたか? ギターどころか関白宣言もしてないぜ? その前に振られたからさ」



「「「えぇぇぇえっ!?」」」



 俺の発言にクラスの連中が全員驚きながらこちらに振り向く。

 


「嘘......! 貴方ゆず......なの?」


「はぁぁぁっ!? お前があの佐田!?」


「うそ......昼休み始まる前とは全く別人じゃん!」


「なに......一体どうなってるの......!? なんかのドッキリ!?」


「いやいや、この人が佐田な訳ないって! だってどう考えてもそんなのファンタジーじゃん! まさか佐田の奴朝の件でクラスが気まずくなってこんな別人を寄越して挙句自分は逃げたのかな!? それなら超ヤバくない?」


「アイツ......こんなイケメン置いて逃げるなんてやっぱとんでもないヤツじゃん! 背だって違うし別人だよ! てかこのイケメンが可哀想。てか私にID教えてよ、愚痴聞いてあげる」


「いやでも待て......この癖毛に捻くれたヘアスタイルは佐田と同じだぞ?」


「じ、じゃあマジでホンモノの佐田なのか......? そんなの嘘だろ!」



 みんなは俺の変化に対して到底信じられないようで、各々好き勝手な発言をする━━。



「嘘ついてどうすんだよ! 俺は俺だ! 朝っぱらから幼馴染に振られて公開処刑された佐田悠月だよ! お前ら女子に集中砲火されたことは忘れてねーぞ! アレ......なんだろう目から熱いモノが......っ......!」


「そ、そこまで知ってるのは流石に本人しか居ねぇよな......」


「悪かったな佐田......嫌なこと思い出させてよぉ」


「うぅ......良いんだ......良いんだよお前らぁ.......」



 俺が泣いたフリをしていると、朝に俺を責めていた化粧が濃い目の気取ったクラスメイトが俺に近づいてくる。



「アンタ......マジであの陰キャで地味な佐田? もしそうならマジでこの短期間に整形でもしたの? マジヤバくない? ありえないんですけど」



 こいつの名前は桐島千鶴きりしまちづる、目鼻立ちがハッキリした少しギャルっぽいクラスメイトだ。その軽いノリと容姿の良さでモテるコイツはクラスカーストの上位に位置する女で、今まで結愛と付き合ってた俺をたまにからかってくる事がある程度だったが、朝の一件でコイツに言い返した俺に恨みがあるのだろう。


 でも正直に言うとこのギャルの事をブスとか綺麗とか思う以前にもうただのエサにしか見えないので、後で何を思われようがどうでも良くなった俺は言いたいことを言ってスッキリしようと決めた━━。



「まぁ俺は今絶賛成長期だからな、昼休みの一時間も有れば整形なんかせずとも顔や身長が成長するんだよ。ていうかそういう君はどうした? その顔......まさかボトックス注射に失敗したのか? かわいそうに」


「な......! なんですって!?」


「そう怒るなよ......赤くなった顔が"テングザル"に似てるからってキーキー鳴き声まで真似までする事無いって」



 朝まで俺を散々バカにしていた一味の一人である"テングザル"は顔を真っ赤にして俺を睨みつける。

 だがそんな表情も俺には脂の乗った馬刺しが目の前で喋っているようにしか見えない━━。



「あ、アンタふざけんなよ!? 誰がテングザルよ!」


「悪く思わないでくれ、君がテングザルに似てるんじゃなくてテングザル側が君に似てるんだ。だから怒るなら君に顔を寄せて来たテングザルに怒ろうよ......な?」


「こぉのぉぉぉっ......! 最っ低! アンタそんな性格だから結愛に振られたのよ! ちょっと顔が良くなったから優しくしてやろうとせっかく思ったのに! やっぱアンタマジでキモいから! 調子乗んな!」


「はいはい。そろそろ閉園の時間だから飼育小屋に帰りましょうねー」


「ふん! もういい!」



 俺は手でシッシとソイツを追い払い、そばにいる藍原に目線を向ける。

 藍原はまだ俺の姿に戸惑っているようだ━━。



「悪いな藍原、ちょっと邪魔が入ってさ。こんな惨めになった俺だけどこれからも友達としてよろしくな」


「う、うん。外見は無駄にかっこ良くなったけど中身は変わってないみたいで安心したよ......ホントに」


「無駄ってなんだ無駄って」


「それより佐田に何が起きたの? そんなに姿が変わるなんて普通じゃないよ。正直未だに信じられないもん」


「なんだろうな? さっき飯食ってたら身体が突然痛くなってさ......気がついたらコレよ」


「そっか......成長期って大変なんだね。僕も実はむn━━」


「ん? どうした?」


「いや、なんでもない!」


「ふーん......。あ、そうだ、今度カラオケ行こうぜ? めでたく俺フリーになったし先輩......じゃなくて天も誘って3人でさ」


「え!? ぼ、僕が行っても良いの?」


「良いに決まってるだろ? さっき庇ってくれた一人なんだし俺たち友達じゃん。ちょっと後で聞いてみるわ」


「そっか......ありがとうね」



 藍原が嬉しそうな顔をして優しく微笑むが、その顔はどう見ても女にしか見えない。


 俺と違って実は藍原のヤツ陰で女子に人気あるんだよな......俺と違って結構可愛い先輩からちょいちょい告られてたもんな━━。



「おいおいちょっと待てよ佐田! 雪瓜先輩が来るなら藍原だけじゃなくて俺らも誘えよ!」


「そうだそうだ! さっきお前を庇ったのは藍原だけじゃねーぞ!?」



 俺が先輩の名前を出した途端、さっき味方していた男子がこぞってヤジを飛ばしてくる。



「確かにそうなんだけどさ、そんなに来ても天ってあの性格だから絶対嫌がらと思うんだよね......。だからまた今度な」


「ちぇっ......まぁしゃーないな。それにあの冷たい目で睨まれながらカラオケしてもなぁ......」


「いやいや、逆にそれがそそられね!?」


「がはははっ! お前変態かよ!」


「違うマイク握って欲しいよな」


「バカッ......! お前それ天に聞かれたらマジで殺されるぞ......! あああああアイツは怒るとまじでこここここ怖えんだよぉぉぉ......!」


「そ、そんなにかよ......。お前が言うなら間違いないな......」



 俺たちがくだらない話をしていると先生が教室に入って来たお陰でそんな話も中断され、俺たちは午後の授業を迎える。

 俺は変化した姿を先生達に指摘されると思っていたが、各教科の先生どころか担任の先生すら元々俺に関心が無いようで全く気付かれる気配が無いまま帰りのHRを終える。


 すると━━。



「ゆず......随分雰囲気変わったね。物凄いカッコよくなったっていうか━━」


「すみません、忠犬の・・・僕に話しかけるよりもリアリティショーのヤラセ台本か事務所の契約書でも読んだ方が為になりますよ野上さん。それと、ゆずって呼ぶのやめてもらえます? 大変恐縮ですが貴方とはそこまで親しい間柄では無いのでね。俗称ぞくしょうで呼ぶのは親しい仲でいらっしゃる桜庭さんだけにしておいた方が良いですよ」


「っ......!」


「ではさよなら」


「そんな......」



 俺は碌に顔も見ずに教室を後にした━━。







「あのゆずがこの私をあんな風に......ありえない......! しかも今"忠犬"って言った......? なんでゆずがそれを知ってるの.......まさかあの日の事を聞かれた......? それとも誰かが漏らした......? ゆずはとっくに浮気を知ってたの......? 一体どうなってるのよ━━!」



*      *      *



 放課後━━。



 天先輩から待ち合わせLIZEが入っていたので俺は集合場所である学校からの最寄駅で彼女がくるのを待っていた。

 

 正直言うとこの場所はあまり好きじゃない......この間ここで浮気の現場を見てしまったせいだ━━。



「はぁ......しかし天は一体俺に何の用が━━」


「おにーさん♪ ちょっといいですかっ?」



 俺の前に現れたのは他校の制服を着た女の人で、カラスのように黒く真っ直ぐな髪の毛をツインテール束ねて前髪パッツンにしたちょっと病んでる系可愛い顔の人だった。


 しかし.......これはどう言う事だ......?



「えっ......と......もしかして俺に声を掛けてます?」


「ふふっ......おにーさん以外に居ませんよ?」


「えっ! ま、マジすか......」


「マジですっ♪」



 もしやこれは......逆ナンか!?



 いやいや待てよ落ち着け佐田悠月16歳独身っ! 俺が生まれてから今までそんな経験があったか!? いいや無いっ! だからこんな状況信じられるわけない......!

 そうだ......恐らくこの人は立ちんぼだ! いや立チンポだ! こんな地雷系女子を美人局に使って誰かが俺を嵌めようとしているに違いない......!



「マジですか......でもなんで俺? 金なら貧乏なんで無いっすよ......」


「お金なんて要らないよ。声を掛けたのは、おにーさんさっきからつまんなそうに一人で居るし私のめちゃめちゃ好みだったからです。それであっちに居る友達に貴方の話をしてたら声掛けてこいって背中押されまして......よかったら今から遊びませんか?」


「そうですか......でもすみません、俺ここで今人を━━」


「わっ!」



 俺が逆ナンの人に断りを入れようとした瞬間、後ろから大きい声で俺を驚かそうとした天先輩はニコリとした表情で俺の目の前に軽くジャンプして現れた。



「ごめん待った?」



 そう言って手を後ろに組んで首を傾げながら微笑む先輩が絵になっていて正直めっちゃ可愛い。



「いや......いいいい今来たとこだよ」


「嘘。悠月は私が今声を掛ける7分21秒前にこの駅に着いていたもの」


「測っとるんかい! それならさっさと出てきてくれよ!」


「ごめんね。キョロキョロ待ってる姿を見ていたくて......でもこんな女に声掛けられる姿は見ていたくなかったなぁ......!!!!」


「ひぃっ......!」



 天先輩は声を掛けてきた他校の地雷系女子生徒を全力で睨みつけると、可哀想なことにその生徒はみるみる顔が青くなっていく━━。



「ねぇアナタ......私の悠月に何か用? それ以上薄汚い声で悠月に話しかけるならJag måste döda dig.アナタを殺すしかない|Gå härifrån eller dö.《去るか、死ぬか選べ》」


「はひっ.....! あわわ......す......すみませんでしたぁぁぁ!」



 女子生徒は天先輩の訳わかんない言葉と迫力に気圧されて涙目になりながらダッシュで俺の元から去っていった。


 ああ......俺の人生初の逆ナンが一瞬にして終わった......。



「さぁ悠月、邪魔者もいなくなった事だし行きましょ?」


「う、うん......」


「何か......がっかりしてない? まさか━━」


「そ、そんな事ないさ! だけどその前に一つ聞いていい?」


「なぁに?」


「あの人に言った最後の言葉はなんなの? 英語っぽくなかったけど......」


「......知らない方が良いわよ?」


「へ、へいっ......」


「それより......なんでメスの虫と喋ったの?」


「へ......?」


「なんであしらわないの?なんで無視しないの?なんで話を続けようとしたの?なんで声を掛けられて少し嬉しそうだったの?あんな虫に相手にされて嬉しかったの?私の事を待ってたんだよね?私の事だけを考えてここで7分21秒も待っててくれたんだよね?もし違うならもうあの虫を殺すしかないかなぁ?虫を殺せば頭の良い悠月なら分かってくれるもんね。そうだ今から殺そう、そうしよう━━」


「早口がエミネムすぎて"そうだ京都へ行こう"みたいなテンションで人を殺すセリフしか聞き取れなかったよ。俺は相性の良いニンゲン以外エサにしか見えないって言ったでしょ? 今のところ天以外それにしか見えないから」


「そう? なら良かった。今日レインコート持ってきてないからわざわざ買わなくちゃいけないもの......」


 なるほど、返り血で服を汚さないためにか......。

 





 えっ......そういう問題なんですか......?


 そして俺の思考とは裏腹に天先輩の目のハイライトは徐々に明るさを取り戻し、あの綺麗な輝く青色に完全に戻った。



「そ、そっか......。じゃあその......これから行くところへ案内してほしいな」


「分かった、じゃあ迷子にならないようについてきて欲しいから少しの間私と手を繋ぎましょう?」



 そう言った天先輩は手のひら・・に何やら透明な液を塗りたくっている━━。



「先輩先輩、それ......何塗ってるの?」


「コレ? ただのネイルだよ?」


「そんな訳あるかよっ! 全く爪に塗ってねーじゃん手のひらじゃん! 何塗ったか正直に答えt━━」



 グチュッ......。



「はい。コレでずーーーーっと離れないでいられるね......♡」



 そう言って恋人繋ぎをした手と共に自慢げに見せてきたのは細い金属製のチューブだった。



「......いやこれセメ○インじゃねぇかぁぁぁっ!」



 先輩の宣言通り俺は先輩に物理的な意味でも離れられなくなってしまったのだった━━。



 ※瞬間接着剤が手に付いた場合は除光液を使うと結構簡単に剥がせるらしいよ!

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