第17話 母と天の優しさ


「あのさ......突然何言ってんの?」


「だって、私たち付き合って結構経つのにまだそういうことしてないじゃん......。だからそろそろ━━」



 確かに俺たちはキスの先をしていない。

 だがそれは結愛の事を大切に思っているからであり、結愛の両親公認で付き合っている関係上簡単にする訳にはいかないと思っていた。

 そもそもゴムだって100%大丈夫って訳ではないって言われてるしな。


 でもそんな綺麗事や俺の思いやりを軽く飛び越えてコイツは桜庭と俺の部屋でデリヘルしてるんだった......あーあ汚ねっ。



「悪いけど頭に銃口を突きつけられても無理だよ。そっちと違って淫乱な気分じゃないしそもそも俺は1人で風呂にもベッドにも入りたい主義だから。だから色んなモノがついた汚れ・・は自分の家で綺麗に落とせよ。てかこの状況で誘うなんてムードの一つも考えられないの?」


「なんで? 女の私から誘ってるのになんで断るの? 私ってゆずにとってそんなに魅力ない?」



 お前が魅力を持ってる云々の前に病気を持ってそうだから嫌なんだよ。


 あと俺にはなんとなく分かる......おそらくコイツはアイツと寝た痕跡を俺で上書きしたいんだろう。

 やっぱり舐められるな俺は......俺以外のニンゲンと付き合ってないはずのお前が何故か処女じゃなくなってるのがバレるってのに......。


 まぁ思い返せば今まで結愛のわがままなら今までなんでも聞いてきたし滅多に怒ることも無かったからな。

 どちらかといえば結愛の方が何事も上で、俺はそれに追いついて相応しい男になるために頑張ってきた口だ。だからこそ結愛はどんな状況でも自分の事を受け入れてくれると思っているのだろう。

 

 だがもうそれは到底無理な話だ━━。



「......ある意味で魅力はあるんじゃない? クラスの奴らには俺と結愛は月とスッポンってよく言われてるし、推しにだって可愛いって言われるくらい仲良しな関係・・じゃん。だから自信持ちなって、なっ?」


「何それ......私はゆずにだけ愛されたいのに他の人の話なんてしないでよ!」


「はいはい月9みたいな薄ら寒いセリフをありがとう、録音してアラームにするくらい嬉しくなったよ。これで明日から遅刻しないで済みそうだ、んじゃまたねバイバーイ」


「ちょ、ちょっとゆず!」



 めんどくさくなった俺は結愛をさっさと家から追い出して鍵をして閉めた。

 そして少し短めの風呂に入った後リビングからデカいビニール袋を取り出して部屋に向かい、汚いシーツを丸めてビニール袋に突っ込んで2階の窓から庭に投げ捨てた。

 そしてゴミ箱を漁ると青臭いティッシュは山のようにあったが、肝心なサ○ミオリジナルは"一個"しか出てこなかった━━。



「ふっ......なるほどなぁ。律儀に一回目だけは・・・ちゃんとしてたんだな」



 俺はとりあえず証拠確保のためにリビングに置いてあった新聞紙の日付を切り抜き、小さいビニール袋手に入れてそのティッシュを全て突っ込んだ。

 

 全ての作業が終わった後俺は一階のソファにもたれかかり、ため息をつく━━。



「まさかあんなに大好きだった幼馴染が人んちで便所になってたとは。俺の見る目がゴミだったと言うかなんと言うか......」



 幼稚園から一緒だった結愛の顔や仕草が無駄に思い出され、懐かしさと愛しさが同時に胸に込み上げてくるが......もうあの頃の結愛はどこにもいない。


 今居るのは桜庭に股開いてアンアン言ってる結愛だけだ━━。



「アイツ......そんなに桜庭が好きならさっさと俺を振れば良いのに何考えてんだ? やはりそこまで俺を舐めてるのか?」



 そうだ......そこまで桜庭の事を受け入れるくらい好きなはずなのにどうして俺を振らずに付き合っているんだろう?

 やはり犬だと思って舐めてるのかそれとも俺から振るのを敢えて待ち、勘違い陰キャから振られた悲劇のヒロインに学校内でなろうとしているのか? 

 

 まぁそれか、単に桜庭と生でヤった所為で子供が出来た場合俺とも同時期に行為をして托卵でもする魂胆があったのかもしれないが━━。



「まぁいいや......ここまでくると逆に冷静になれる。細かい事は明日考えよう、念の為アレはバッチリ回ってるし。だけどアレは諸刃の剣だから使い方だけは間違えないようにしないとな━━」



 結愛が何故俺を切り捨てずにいるのかよく分からないまま俺は意識を手放した━━。



 ミシミシッ......ミシッ......。



*      *      *



 翌日━━。



「おはよう悠月。アンタこんなところで寝てたら風邪引くよ?」


「おはよう......ってアレ!? 母さん帰ってきたの!? 来週まで出張じゃなかったっけ?」


「それが昨日の夜中に急遽帰って来れたの。しかしアンタ頭がとんでもない事になってるわよ? さっさと寝癖なおしてらっしゃい」


「へーい」


「まったく......にしても我が子ながら成長が早いわね。この間より身長も伸びて顔つきも少し変わっ.......でもそれって変よね? 私の気のせいかしら......」



 母さんが何やらブツクサ言っているがいつもの事なので俺は無視して洗面所へ向かう。

 そして洗顔を行いタオルで自分の顔を拭き、鏡を覗くと妙な違和感を感じる━━。



「なんか......おかしいぞ」



 昨日まで奥二重だった瞼が若干だけキリッとした平行な二重に自然となりつつある......そして顔の大きさも骨の形が変わったのかよく見ると昨日より小さくなっている。

 極め付けは肌と身長だ......肌はどう見ても昨日より白くなっており、まるでミラさんのようにシミや肌荒れひとつないモノになりつつある。

 そして身長についても昨日まで見えていた景色より少し高くなっていた━━。


 まさか......天先輩の血を二日に渡って摂取したからなのか? そのせいで俺の身体に何か変化が起きているのか? でもそう考えるのが自然だ......現にミラさんは血を摂取し続ける事でエサとなる女を誘き出しやすくなるって言っていたしな━━。



「......これも天先輩のお陰かな」



 昨日まではただのブラッドジャンキーな変態に成り下がったと思っていたが、体に良い変化が訪れるなら捨てたもんじゃないな━━。



*      *      *



 ダイニングに戻ると今日の朝ごはんはミネストローネにスクランブルエッグ、パンという組み合わせで、ダイニングにはとても美味しい香りが広がる。

 香辛料が強くなければ俺の敏感になった鼻も良い匂いと思えるようだ......まぁ血の匂いには勝てないけど━━。



「いただきまーす」



 俺は血の事を忘れるように無心で朝食を頬張る。

 すると以前までそんなに好きではないと感じていたミネストローネがとてもなぜか美味しく感じられた。



「母さん、今日の朝飯めっちゃうまいわ」


「そ、そう? アンタが私の朝食を褒めるなんて珍しい......雪でも降るのかしら。それとも反抗期が終わった? それなら嬉しいなぁ......」


「ちょっと待て、俺が褒めるってそんなに珍しい事なの!? てか反抗期終わってねーし雪なんか降らねーよ! ここはイヌイットじゃないんだぞ!」


「コラっ! 食事中に喋るんじゃありません! 早く食べて学校行きなさい! 愛しい愛しい結愛ちゃんが待ってるわよ?」



 結愛か......俺の部屋で間男とリアルJKリフレしてた奴ね、俺としては待ってないほうが気楽だからさっさと行くかな━━。



「結愛の事は良いよ別に......じゃあご馳走様。学校行ってくる」


「あ、ちょっと悠月? やっぱり結愛ちゃんと何かあったの?」


「それについては近々話すよ。とりあえずもう結愛には鍵の在処を伝えないでくれ、それだけは頼む......」


「そっか......」


「それから俺のこと聞かれても適当に流しといて。あと悪いんだけど俺新しいベットが欲しいんだ......」



 あんな汚らしいベッドにはもう寝られない━━。



「分かった......でもこれだけは聞いて? 結愛ちゃんとの間に何があろうと、アンタ自身に何があろうと私はアンタの味方だから安心して。もちろんベッドの件も━━」



 オカンは俺が何で結愛を避けているのかと、俺自身の変化についてもなんとなく分かっているようだった━━。



「......ありがとう母さん」


「何言ってんの、アンタはすぐ1人で抱え込むんだから......辛くなったらすぐ私に言いなさい。アンタを理不尽に傷つける"ニンゲン"は誰であろうと許さないから━━」


「ああ......うん」



 俺は少し嬉しいような恥ずかしいような気持ちになりながら、いつもより早い時間に学校へ向かった━━。



*      *      *



 いつもの道をいつもより早い時間に歩くだけで結構景色が違って見える。

 例えば車の交通量の少なさだったり電車の混み具合、夏だけどいつもより少しだけ涼しく感じる風など全てが新鮮に感じ取る事ができる、そしていつもと違う美味しそうな血の匂い.......血の匂い!?



「まさか......」



 俺が歩く歩道の横に威圧感しかない全て黒塗りのア◯ファードヤクザが乗ってそうな車がハザードを点けて停車する。


 そして血の匂いは間違いなく此処から発していた━━。



 いやいや俺なんかしたっけ......!? 覚醒剤とか密売したっけ? 事務所に生卵投げつけたっけ? 発砲事件とか起こしたっけ? もしかして俺誘拐される!?


 いろんな最悪のケースを想像していると後部座席側のフルスモークウィンドウが開いた━━。



「おはよう悠月」


「ぬぇっ!! そ、天先輩!?」


「そんなに驚く事? まぁそんなに驚いた悠月も食べたいくらい可愛いけど......まさかその顔を他のゴミ共に見せてないよね? 私だけだよね? ねぇ?」


「朝からその独占欲は胃もたれ起こすから勘弁して......。それより俺がこの時間に歩いてるってなんで分かったの?」


「それは......私は悠月の行動を全て把握しているから━━」


「え......? それってストーk」


「それ以上言うと今日私のアレ......あげないわよ?」



 くっそ......! 今は事情を知ってるこの人からしか血を吸えないし、そもそもあの美味しさを知ってると尚更逆らえねぇ......!



「ごめんなさい......」


「ふふっ......良いコね。それより悠月に渡したいものが━━」



 そう言って渡してくれたのは小さい保冷トートで、手に持つとひんやり冷たかった。



「これは......? まさか俺の好きなハーゲンバッシュアイス!?」


「ふふっ......それよりも貴方が喜ぶものよ」



 俺が保冷トートのチャックを開けると中には人差し指程の大きさの小瓶と、その中に赤い液体が入っていた━━。



「これ......もしかして先輩の血?」


「そうよ。もし私が貴方に血を供給出来ない時......例えば土日とかね、そう言う時はコレを飲んで不足分を補ってちょうだい」


「先輩......」


 昨日血を俺に吸われてかなり体内の血液量は減って貧血を起こしてもおかしくない状況なのに、こんな非常食・・・を俺にくれるなんて......。

 怖い所もあるけどなんだかんだ根は優しい人なんだな、傷心してる今の俺には心に染みるよ━━。



「......なぁに?」


「いや、俺の為にこんな事までしてくれてさ......ありがとう」


「えっ......あっ......い、良いのよ気にしなくて。まぁちょっと貧血気味だけど私は悠月の為ならいくらでも血液不足で死ねるから━━」


「いやいや、そこまで追い詰められたモノを貰っても逆に困っちゃうよ。ていうか貧血で死んだら最早間接的に俺が殺したようなもんじゃん! 後味悪すぎるって......」


「ふひっ......もしそれで私が死んだら悠月は死ぬまで私の事を今みたいに悔やんでくれるのでしょうね。そうしたら私は永遠に貴方の心に刻まれる存在になれる......あぁ、それも悪くないわね。あへへっ......♡」


「ずっと生きててくださいその思考怖いんで。マジで」


「ずっと生きててほしいって言われちゃった♡ それってやっぱり私の事を愛してるから? そうよね? やっぱりそうに違いないよね? もし違っていたら監禁して洗脳s━━」


「じ、じゃあまた学校で! さよならー!!」



 先輩の狂気に耐えきれなくなった俺は駆け足でその場から去った━━。



「ふひっ......絶対に逃がさないから......。さぁニシダ、車を出してちょうだい」


「承知しました。しかし......あのお嬢様がこんなに惚れ込むとは空からミサイルでも......」


「......何か言った?」


「いえ、出発します」



*      *      *



 いつもより早めに教室に着いた俺は、静かな教室のドアを開けるがやはり早すぎた所為か教室には誰も居なかった━━。



「ふぅ......誰もいないと静かで良いな......」



 俺は教室の窓を開けて自分の席に座り、天先輩からもらった保冷バッグを机のフックに引っ掛ける。


 窓から入る風が教室のカーテンを揺らし、その間から陽の光が溢れてチカチカと俺の机を照らす光景をぼんやり見ながら腕を枕にして顔を伏せた━━。


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