第16話 吸血鬼は誤魔化せない


 先輩と別れてから自宅近くまで帰ってきた俺は、家の様子を外から見て絶望する......誰もいないはずの家に煌々と明かりがついていたからだ━━。



「ちっ......もしかしてアイツいんのかよ。めんどくさっ」



 昔は結愛がウチに居るってだけで嬉しかったのになぁ......また浮気のことを何も知らない演技をしないといけないのか。


 俺は軽くため息をつきながら玄関を開ける。

 すると結愛が顔を覗かせ当たり前のように俺へと歩み寄るが、その服装は制服ではなく私服で今日も"好きピ"相手に気合いが入っていたのか刺繍のレースリボンが襟から下がる白い半袖のブラウス、そして紺色のハイウェストキュロットショートパンツという組み合わせだった━━。



「おかえりゆず、随分遅かったじゃん」


「まあね。そっちは解散が早かったみたいだな、バッチリおめかしして気合い入れてる割には━━」


「うん。友達はこの後用事があったみたいで早く帰る事になってさ......ゆずのお母さんから昨日連絡あったし今日はゆずに夕飯作ってあげようと思って」


「ふーん......随分気が利いてるね」



 結愛は一辺何もなかったような口ぶりで話してるように見えるが、長年一緒にいる俺の勘とヤツの心臓の音や瞳孔の開き具合ですぐに話の何処かで嘘をついているかが分かった......。



「さぁさぁ夕飯出来たからそこに座って? なんと今日はゆずの好きなカレーですっ!」



 俺が家に着いて落ち着く間もなくダイニングの椅子に座らせようとするがコイツのテンションも一挙手一投足全てが怪しい。それに天先輩と俺が一緒に遊んだことにも問い詰めない......。



 コイツまさか......。



「そうなんだ。それなら制服にカレーを溢したらシミが付いちまうから部屋行って一回着替えてくるわ」


「え? だ、大丈夫だよ! 別にゆずは食べるの下手じゃないじゃん、熱いうちに食べようよ」


「いや俺猫舌だし大丈夫。だからそこをどいてくれ」


「ちょっ━━!」



 俺は結愛の言葉の制止を振り切って部屋に向かうためスタスタと2階を駆け上がる。



「ねぇゆず、服なんかいいから早く食べよ? なんなら付いても私が落とすし」



 後ろからついてきた結愛の心臓の音はドクドクしていたが、言葉は冷静を装っていた。



「分かったからカルガモの親子みたいにいちいちついてこなくて良いよ。まさか田んぼの害虫でも食ってくれるのか? 邪魔だよ」


「ちょっ......」



 だが俺には結愛が隠そうとしている事、なぜ2階までついてきたのかが分かった━━。













「なんか......青臭くね?」


「......え?」



 それはこの部屋に俺と結愛以外の"ニンゲン"がさっきまで確実に居た事を物語っていた......。



*       *      *



 吸血鬼になって嗅覚が優れたのか俺には匂いの痕跡を目で追えるレベルにまで高められ、そこにどんな背丈のヤツで何をしていたのかがハッキリと見れた。


 そこから推測するとこの部屋では確実に結愛と桜庭が俺のベッドで一発カマしている事が手に取るように解った。

 そして青臭い匂いの発生源であるゴミ箱には、いつもより少し多めのティッシュが突っ込まれている。


 なるほど......昨日アイツが言っていたの"スリリングな事"ってのはこの事だったのか━━。



「......これで最後の情けは消えたな」



 しかしまさか彼氏の実家に間男あげてわざわざオセッセかよ、ここまでバカで大胆だと怒りよりも笑えてくるな。

 しかし俺のベッドの上でプレイってどんな性癖だ? 俺はこのベッドでソロプレイしかしたこと無いのに。


 ていうかあれだけ寝ていたベッドが汚く見えて仕方ねぇ......母さんに無理言って買い替えてもらおう。



「はぁ......あのゴミ箱とベッド、気のせいかめちゃくちゃ臭ぇな」


「へっ!? なんでそう思うの? 別に臭くなくない?」



 俺は敢えて結愛娼婦がビビりそうなところを指摘すると、案の定ヤツの心臓の鼓動が跳ね上がった。

 

 そんなにビビる根性無しなら最初からやるなよ死ねっ。



「野生の勘......かな。まぁ結愛以外の誰かが今日この部屋に入るなんてありえないもんね?」


「そ、そうだよ! 今日は私以外誰も来てないよ?」


「だよなぁ。もし仮にそんな奴がいたら完全に不法侵入だし、痕跡が見つかったら俺はすぐに通報してDNA検査してもらうもんな。今って凄いんだぜ? 髪の毛どころか少しの体液でもソイツが誰か分かるってんだからさ━━」


「そ、そうなんだ......」


「ん? どうした? 目が反復横跳びしてるぜ? 臭い話を下辺りからずっとさ━━」


「そんな事ないよ」



 あーあ......俺ってやっぱ性格悪いかも、いつか地獄に落ちるな......。



「なーんてな、全部嘘に決まってるじゃん。俺頭悪いからDNAなんてよく知らないし」


「あ、あはははっ! もう揶揄わないでよゆず! さぁ早く下降りて食べよ? そんなに気になるならお部屋は私が掃除してあげるから!」


「汚部屋を掃除ねぇ......燃やした方が早いよ」



 俺は一階に降りて皿によそられたカレーに手を合わせる。

 カレーの匂いは良い匂いだと昔は思っていたのに、今は過敏になりすぎたせいか香辛料が強すぎて気持ちが悪くなる。


 いや、それよりも薄汚い手で作られた料理だからだな━━。



「いやぁ、なんとも美味そうなカレーだなぁ。やべっ! 鼻がムズムズしてきた......ハーーーーック娼婦っ!」


「っ!! ちょっとくしゃみ大き......え?」


「ごめんごめん。ちょっと小さなムシが中出し......じゃなくて中に入ってきちゃって」


「そ......そうなの? 風邪ひいたかと思って心配したよ」



 風邪引く前にお前に引いてるよ俺は。

 ていうかそんなに動揺するなら俺んちで男と一発するんじゃねぇ! あからさますぎて逆に面白くなってきた......もうちょい弄ってやろうっと。



「そういえばコンド......」


「っ!?」


「うちのクラスの近藤クンが付き合ってる彼女に浮気されたんだってさ。可哀想だよなぁ......」


「へ、へぇ......それは酷いね」


「だよねぇ、俺がもしそんな目に遭ったら確実に晒し上げてピル......じゃなかったキルだね━━」


「キルって......」


「......なんて冗談に決まってるじゃん。ましてや結愛が浮気なんてするわけないって俺は心から・・・信じてるし」


「そ、そうだよ! 私がゆずを裏切るわけないじゃん! だから殺すとか残酷な事を言うのは良くないよ?」


「だよね。まぁもしそんなゴミを殺したら血とか体液がいっぱい散らばって可哀想だもんな......鑑識のおっちゃんが━━」



「......」


「さぁて結愛が色んな思いを込めて作ったカレーを全部食べないとな。いただきまーす」



 俺は天先輩の血とは比べ物にならないほどのクソ不味いカレーを無理やりぶち込んで夕飯を終わらせた。

 これなら自分のウンコ食った方がまだマジだな━━。



「ご馳走様でした」


「お粗末さまでした」


「マジでお粗m......美味しかったよありがとう。それじゃまたねバイバーイ」



 俺はさっさとダイニングを出てさっさと2階に行こうとするが結愛に腕を掴まれ止められた━━。



「待って! ゆずに話があるからまだ帰りたくない!」


「俺は特にないけど何?」


「今日......雪瓜先輩と放課後何してたの?」


「なにって、ただの恋愛相談だよ?」


「あの完璧な先輩が恋愛相談なんて......先輩とはいつから知り合いだったの? 私そんなこと全然知らなかったよ!」



 あの人って完璧なんだな.......俺から見れば狂気のヤンデレ氷結女だけど━━。



「ああ、だって知り合ったのはあの体育の授業後だもん。あの日中庭で昼寝してたらあの人が俺のベンチに割り込もうとしてきたんだよね、そこから話すようになったんだ」


「なんかそれにしては仲良くなるの早くない? ゆずって人見知りじゃん! 私に嘘ついてる部分ない!?」


「ついてないよ。ていうかこんな事で嘘をつく必要ある? そもそも、今まで四六時中一緒に居た中でそんな暇あると思う? まぁ最近は誰かさんに誘いを断られてぼっちの時が多いけどな━━」


「それは......仕方ないじゃん、私にだって色々あるんだし!でもあの先輩がゆずと仲良くなるなんてそんなの......」


「あの人ってああ見えて意外と喋りやすいんだよね。まぁ結愛だってあのイケメン高スペック転校生と仲良し・・・になるの早かったし一緒じゃない? それよりさ、あの先輩みんなの言う通りクールな目つきなのにめっちゃ甘党なんだぜ? スゲーギャップじゃね?」


「......そう」



 俺が何気なく天先輩のことを褒めると明らかに結愛は気に入らない顔と薄いリアクションをしている。



「それと天ってよくムーンバックス行くんだってさ、どっかの令嬢って噂なのに案外庶民派だよなぁ。ルックスも良いし自分の事を決してひけらかさない......結愛の言う通り完璧ニンゲンだよ」


「......あのさぁ」


「ん? どした?」


「私の前であんまり雪瓜先輩の事をペラペラ言って欲しくないんだけど?」


「......なんで?」


「なんでって......逆になんで分からないの!? 私はゆずの彼女なんだよ!? 彼女の前で他の女の話するのは誰だって気分悪くなるよ!」



 ほう、俺がここ数ヶ月毎日耐えてた事をまさかたったの一回で文句言ってくるとはな......どんだけ打たれ弱いんだコイツ━━。



「なぁ......ずっと何言ってんの? 天は俺にとって最近出来た唯の推しだよ? 君と桜庭の関係と同じじゃん」


「同じって━━」


「ていうかさぁ、こう言っちゃ悪いけど今の結愛はなんか......










 ノリ悪くない?」


「は?」


「はぁ......もう良いよ、これから結愛の前では天先輩の話をしないようにするね。じゃあ俺は部屋でやる事あるからまた明日」


「ちょっと待って! それってこの前桜庭君のことをゆずに言った事への当てつけなの!?」


「当てつけ? なんの? もしかして今の言動に対して自覚することがあるの? まさか推しとファンの垣根を超えた超えた何かやましいことでも━━?」


「いや......それは......」


「だよねぇ? 俺にも結愛にもお互い推しが居る......やっとフェアになったんだから別に良いじゃん。今度お互いの推しについて熱く語ろうぜ?」


「そんなの絶対に嫌、ていうかゆずちょっと性格悪くない?」


「なんで? 色んな意味・・・・・で桜庭の事を熱く語ってる癖に消極的じゃんどうした? それと俺に性格悪いって言ったけど、お前ん家って鏡無いんか?」


「それってどういう意味!?」


「どうとでも取れよ。じゃあさっさと帰ってくれ、舐められやすく鈍感な俺には結愛と喧嘩してる暇なんか無いんだ。これから色々な・・・洗い物したいし風呂も入りたいからさ」



 まずは食器を洗う前にベッドシーツを洗いたいというか捨てたい。

 ただ流石にベッドは今すぐ買えないからな.......せめてシーツぐらいは新しいやつを使いたい。

 全てが解決したら慰謝料にベッド代も上乗せしてやろう━━。



「どうしてそんなこと言うの!? 最近おかしいよゆず......私に冷たいよ! 今まで私の話とか言うことちゃんと聞いてくれたし愛情表現だってたくさんしてくれたじゃん!」


「ははっ......『男子、三日会わざれは刮目して見よ』って言うからね。日々変わるんだよ、俺男の子だし」


「そう......。じゃあさ、ゆずが変わったなら、前より男らしくなったなら今から一緒にお風呂入ろうよ! お母さん今日帰ってこないんでしょ? 私今日こそはゆずともっと深い関係になりたいの!」


「......?」



 俺はマジで『?』以外の思考が出てこなかった━━。

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