第15話 甘党な先輩


「ゆず......一体なんなの......!」



 冗談じゃない! 地味で女の人にあまりモテないあの『ゆず』が高嶺の花みたいな先輩と知り合いだったなんて......その上この私・・・の静止を振り切ってまで先輩について行くとか一体なんなのよっ! 私が一番じゃなかったの!?


 まさか......ゆずがあの人と浮気......?


 いやいやゆずに限ってそれはあり得ない......。そもそも私たちの関係はどちらかといえば私の方が立場が上で、ゆずはいつもどんなわがままでも怒らず素直に従ってくれた。付き合って一年の記念日をヒロくんと会うためにドタキャンした時もそうだ、怒られることは覚悟したけど思ったより怒っていなかったしそんな大人しい男があんな綺麗な人と浮気なんてするわけがない。

 そもそも友達が言った通りあの先輩にドッキリを仕掛けられているか、もしくはゆずが先輩に頼み込んで私にヤキモチを妬くように仕向けたのかも知れない......。


 そうだきっとそうに違いない━━!

 

 でも待って......もう一つ引っかかる。

 ここ二、三日ゆずが私に見せているあの態度だ......あんな目でこの私を見るなんて今まで一度もなかった。

 もしかしてヒロくんとの関係がバレた......? いやそれはあり得ない。私の好意を知るのにすら時間が掛かったあの鈍感なゆずに私は”推し”と公言して関係をはぐらかしてるし、バレるようなヘマはまだしてないはず......それにゆずが私に対する信頼は絶対だ━━。

 

 そして逆に私はヒロくんをまだ信じられない。

 ヒロくんという”推し”に言い寄られたのは死ぬほど嬉しかったけど彼は有名なアイドルだから今後私を捨てるかも知れないし、スリリングで付き合ってるのはたしかに楽しいけど彼との将来は......そもそも人の彼女をこうやって簡単に寝取る男だと分かったし━━。

 それに対してゆずは安定......恋人として付き合うのは少し退屈だけど結婚に向いているタイプと言うべき人間だ、向こうの親にも私は気に入られているしね。

 だからヒロくんとはこれからも裏で関係を持ちつつゆずとも付き合い続ける。もし仮にヒロくんの子供が今後出来てしまっても最悪ゆずの子供として育てさせれば良い......ゆずに疑問を持たれたら子供と慰謝料を盾にすればゆずなら従ってくれるはずだ。

 ていうか彼の子なら遺伝子的に顔は良い筈だし逆に感謝してもらいたいくらいよね、大好きな私と一緒に居られるんだから......まぁヒロくんには勝てないけど私もゆずのことは好きだし居心地も悪くないしね━━。


 だから私は楽しむことにする......今日はヒロくんとスリリングな場所・・・・・・・・でお互い一つになるんだ、ゆずはどうせ気が付かないし大丈夫でしょ。 

 まぁもし万が一仮にヒロくんとの関係がバレたとしてもゆずから振ることは絶対あり得ないし、もしこれ以上私に楯突くなら別れ話をチラつかせてゆずを困らせてやろうかな━━?


 学校内カースト上位のこの私に生意気な態度をとったゆずには彼女として罰を与えなくちゃ......。


 

「じゃあ結愛ちゃん、昨日言った通りあの場所で......」


「うん━━」



 はぁ......モテる女って辛いわね━━。



*      *      *



「んはぁ......♡ 美味しい♡」



 先輩に連れてこられた場所は駅前のムーンバックスコーヒーだった。

 先輩はキャラメルマキアートにチョコレートソース追加とキャラメルソース増量、ホイップクリーム増量という銀◯の坂田◯時とタメ張れるくらい糖尿まっしぐらなメニューを注文して美味そうに飲んでいた。



「美味しい.......で済ます糖分の量じゃないんですよソレは。白い服着て背中丸めながら人殺すノート追ってそうですね」


「私はキラじゃないわよ?」


「エルですよ。だいぶ間違ってます」


「ねぇ、それ以上私を揶揄うと......」


「すみません......。それより名家のお嬢様がまさか庶民的なコーヒーショップが好きなんて意外だ」


「名家? 私の甘いモノへの飢えは貴方の血液への飢えにも負けてないってだけよ?」


「いちいちそこに引っ掛けなくて良いんですよ。ていうかさっき普通に血のこと漏らしそうになってましたよね!? 何やってんですか!」


「ごめんなさい。あれはその......悠月が吸血鬼って事実を知ってるのがあの空間で私だけだと思ったらなんか嬉しくなっちゃって......てへへ」


「そ、そうですか.......」



 小さい唇にホイップクリームをつけて顔を赤くしながら下を向いてる先輩......腹立つくらい可愛いな。

 でもこの人こんな仕草するくせに人の唾液集めようとしてたイカレ変態なんだよなぁ......無駄に綺麗な見た目してるのにホント残念だ━━。



「それより......また敬語になってるけど?」


「あ......ごめん。なろうの主人公みたいな年上に堂々とタメ語を使うのはちょっと慣れてなくて......」


「まぁいいわ。それで、私が迎えに行って少しはスッキリした?」


「まあ......そうだね」


「やっぱり......落ち込んでるよね」


「ショックと言うかなんと言うか.......」



 あんなに一緒にいた幼馴染がまさかあそこまで桜庭にのめり込んでるということ、自分は良いのに相手は女友達だとしても遊ぶのは許せないという幼稚な精神性だったことに俺は心底ガッカリしていた━━。



「悠月......」



 そりゃ理屈では分かってる、結愛をさっさと切り捨てろって事くらい......それはアイツに接する態度にも確実に出てると思う。

 でも過ごした時間ってのは残酷だ......心の底から嫌だと思っていても片隅では僅かに良い思い出が蘇って少しだけ胸が苦しくなる。


 こんなに思いをするならやっぱり幼馴染なんて俺の人生に最初から居なければ良かった......。




「ははは......いくら言葉で強がっちゃいても結局は寝取られた男、ただのタマナシ野郎なんだよね俺は━━」


「......」



 俺たちの間に少しの沈黙が走る━━。

 少し気まずさを感じ、ふと天先輩を見るとそれを察したのか先輩は優しい表情になって口を開いた。



「悠月は優しいのね......こんなに辛い思いをしてもまだ彼女の悪口を言わないなんて━━」


「悪口なら本人の前で言えば良い、それ以外で人に言うのは僻みに満ちた唯の粗チンだよ」


「そう......やっぱり良い男ね」


「そう......かな?」


「もちろん。私に一生依存して、私が居なければ生きていけない身体にしたいくらいに━━」


「うんうん、なるほ......ど!?」



 先輩が俺を見る目は狂気だった━━。

 多分この人は本気だ......本気で俺を依存させようとしてる......!



「依存って......ははは、冗談でしょ......」


「冗談じゃないわ。ほらこっちにおいで......コーヒーより啜りたいものが貴方の目の前にあるわよ?」


「くっ......!」



 着ていたセーラー服の襟を鎖骨が見えるくらいまで開き、これでもかと言わんばかりに噛み跡が少しだけついた首筋を見せる。



「私をキズモノ・・・・にしてるんだから責任とってよね......」



 正直先輩の言う通りこんな黒い泥水コーヒーより先輩の血を啜って味わいたい......。

 でもこんな公衆の面前でそんなことをしたら一貫の終わりだ、俺の姿はネットに晒されおもちゃにされちまう━━。



「ごめん......」


「ふふっ......なーんちゃって」


「こ、コラッ! 氷みたいな目をして吸血鬼をからかうんじゃありませんっ......! そんな事より貧血とか大丈夫? なんやかんや昨日結構吸ったと思うから心配で......」


「大丈夫。腰が抜けるほど気持ちよかったし悠月がこの私に一生懸命齧り付く可愛い姿を見れたから......。それに芸能人が昔流行らせようとした血液クレンジングをしている気分にもなれたし━━」


「懐かしいっ! ああいったインチキ科学療法は昔から頭悪い芸能人チラつかせてちょちょい流行るからなぁ......」


「そうね、でも貴方の唾液には良い効果が色々ありそう。吸われてから何故が肌艶が良くなってるし......」



 先輩は半袖からはみ出た自分の腕を少し持ち上げ、まじまじと見て頷いている。

 確かに昼間見た時より今の方が.......って分かるわけねぇ! そもそも先輩の事よく知らねぇし今知ってるのはこの人がだいぶヤベェ人ってだけだ......!

 あの教室での他人への目つきは俺よりも人のことをエサを見る目だったし━━!



「ま、まぁプラセボ効果でもあったなら良かった。さて......俺はそろそろ帰るよ、これから録画したMFゴ○スト2ndシーズンを見なきゃいけないんだ。今日はありがとう、また明日」


「待って。悠月は明日からどうするの? 彼女に浮気の事問い詰める?」


「まだしませんよ。今浮気してることを問い詰めてもあの雰囲気じゃあ最終的に俺が責められる挙句、まんまと桜庭がそこにつけ入り結愛と表立って付き合う口実が出来てしまう。だから俺が結愛から別れ話を持ちかけてくるまで何もしないよ」


「そう、その言葉が聞けて良かった。動画があるとはいえ正直今このタイミングで詰めるのは得策じゃない......私というジョーカーも出てきた事だし、今後あの2人にも色々動きがあるはず。特にあの男の方は━━」


「......と言うと?」


「まぁその話は後々。それとLIZEのID教えてもらって良い?」


「......分かった」



 俺はスマホを差し出してQRコードを読み取ってもらう。

 女の人とLIZE交換するなんて久々だな......そういえば結愛には他の女とLIZE交換するのをやめて欲しいとか言われてたっけ━━。



「まさかこの俺が孤高の氷結美少女とLIZEする日が来るとは......」


「ふふ......これで悠月の位置情報にデジタル個人情報と連絡手段、そして悠月からの通知が来るドキドキ感を手に入れたわ......これで私は完全に貴方のウォーターサーバーね。あぁどうしましょう!! いつか霰もない姿で拘束されて気絶するほど悠月に私は吸い尽くされてしまうのかしら......ひひっ......♡」


「待て待てっ! 自分で自分のことをウォーターサーバーとか普通言うか!? ちょいちょいセリフが狂気を隠しきれてないんですけど......吸血鬼の俺より怖いよ」


「たかだか連絡手段を狂気って......そんなに私と離れたくないの? そうなら早く言ってよ、お父様に頼んで2人で暮らせる部屋を今から手配s━━」


「マジで勘弁して! 色んな意味で理性が吹っ飛んじまう!」



 血のこともそうだが、先輩はこんなにイカレててもルックス間違いなくあらゆる芸能人含めトップクラスだ。

 そんな巨乳美人......いや乳は有っても無くてもどっちでも良いが、美人と毎日顔を合わせるなんて冗談じゃない。

 同意書も無いままベッドに押し倒して和田あ○こと一緒にYONA YONAダンスしちまう━━。


 まぁヘタレ寝取られ童貞だからそんなこと出来ないんだけどね......!



「そう? 残念......。でももし私以外の女性害獣と仲良くしたり、目的も無く血を吸ったら......強制的に同棲部屋に放り込むから覚悟してね━━」


「そんな......」


「分かった?」


「へ、へいっ......」


「うん、それでこそ悠月だね。良いコ良いコ」


「分かったからあんまり人前で撫でないで。俺はペットじゃないんだから」


「確かにペットにしたいくらいだけど......時々飼い主に"噛み"癖がある猛獣だもんねぇ?」


「アメリカンジョークみたいな落とし方しなくていいんだよ」


「ふふ......じゃあ今日のご褒美あげるからこっちにおいで」



 俺は先輩に手を引かれるまま店の外に出て、駅構内の誰からも見られない死角に二人で入り込む━━。



「私の血......吸いたいんでしょ.......?」


「う......うん......」


「良いよ......吸っても」



 俺は先輩のはだけた制服から見える首筋に見惚れながら昨日と同じ箇所になるべく傷をつけないように噛み付く━━。



「んっ......入ってきたぁ.......♡」


「痛かったらすぐ言ってね......止めるから」


「うんっ......んぁ......昨日より良いっ.......! 気持ちいいから......だい......じょうぶ......」



 先輩が貧血で倒れないように少しずつ優しく血を吸い上げていく......するとやはり昨日と同じように甘美な舌触りがやがて俺の全身を浸透し、体の底から力が漲ってくる━━。


 やっぱりこの味だ......!



「ふふ......悠月......美味しそう.......。もっと私に依存して......もっと......!」


「えっ......?」



 俺は天先輩が言った最後の言葉に少し疑問を持ちながら満足感を得たところで吸い終え、傷口を塞ぐ。



「どう? 満足した?」


「うん、今日は色々ありがとう。教室にまで来てくれた事、正直嬉しかったよ......」


「うん......私も悠月に会えて嬉しかった......。じゃあ今日はお父様とディナーがあるからまたね」


「うん、また」



 辺りが暗くなり街灯が煌々と光る頃、俺は先輩と別れて駅から家へと向かう。

 1人で家に帰る事が多くなって数ヶ月が過ぎた......最初の頃は結愛が隣にいない寂しさを感じていたが、今となっちゃ慣れたもんだ。


 血はとりあえず吸えたし、天先輩の側に居なければ今のところ吸血衝動も訪れていない。

 俺は少しホッとしながら家に帰るが、その家ではクソみたいな事が起きていたとはこの時は知る由もなかった━━。

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