第13話 舐められても平気な主人公


 買い物を終えて遅くなった俺は家の近所まで到着したのだが、そこには見慣れないタクシーが一台止まっていた。

 俺は咄嗟に民家の物陰に隠れると嫌な光景が目に入った━━。



「まさか家まで招待してくれるとは......嬉しいよ結愛」


「だって、どうしても来たいって言ってたから.......」


「まあね、今日は君の彼氏に足を怪我させられた仕返しというか独占欲というか......とにかくアイツじゃ出来ないことをしてやりたかったんだ」


「ふふっ......ワタシの推しって性格悪いんだねぇ」


「そりゃお互い様だろ? 結愛だってアイツに隠れて浮気してるじゃん」


「うるさい......。ゆずは良くも悪くも安定の人なの、ヒロくんと求めてる物が違うだけ」


「ふーん。にしてもアイツマジでまだ疑ってないのかよ? 今日朝なんか喧嘩してたのはもしやと思ったけど違ったのか?」


「違うよ、昨日アイツいろいろあったみたいで八つ当たりされただけっぽい。まぁ喧嘩したところで最終的には私の元に帰ってくるのは分かってるし、気にしないで」


「そっ。ならいいけど......まぁバレたところでヤツが襲ってきてもボコボコにして返り討ちさ」



 ほう......いずれそうなる時が来たら是非手合わせ願いたいねイケメン君━━。



「ふふっ......頼もしい限り。アイツが喧嘩してるとこなんて見たことないから多分勝てるよ、でも━━」


「どうした?」


「いや、なんでもない......最近ゆずが少し変わった気がして気になっただけ。じゃあアイツがそろそろ帰ってくるからまたね」



 結愛もいよいよ俺のことをアイツ呼ばわりね......。



「ああ、また明日な。明日はもっとスリリング・・・・・なことしようぜ」


「うん、大好きだよ」


「知ってる。じゃあな」



 そう言って桜庭を乗せたタクシーはどこかに去って行った。

 それを見送る結愛はまるで早朝に新妻が仕事へ行く旦那を見送るような姿で、いかにも愛に溢れているオーラが見えた。



「エサが繁殖するために一生懸命盛っちゃって。まぁ不倫と一緒で近くに障害物があると燃えるって言うからな」



 あんなに貶されても案外冷静なのは先輩の血を貰ってニンゲンがエサに見えてきてるからなのか?

 まぁどっちにせよこういうのは感情的になったら負けだからな......心境的には丁度良い感じになってきてる。



 俺は心を落ち着かせながら奴らの熱愛を激写するのを忘れず、結愛が完全に家に入るのを見計らって家に帰った。



「俺、将来週刊○春に入社しようかな━━」



*      *      *



 翌日━━。



 俺はいつもよりめちゃくちゃ早く起きてジョギングを始めた。

 何故突然こんなことをしたかと言うと特に基礎体力をつけたい訳でもダイエットのためでもなく、ただ身体が血に飢えてるせいで朝早く目覚めてしまい身体を動かさないと気を紛らわすことが出来ないと思ったからだ。


 俺は夜明け前の薄暗い雰囲気の中、家の近所をウォーキング感覚で走る。

 途中散歩しているじーさんとばーさんが俺を凝視していたが、そんな事はお構いなしで心を無にして走り抜ける。



 やっぱ身体が軽いな......朝活ってめっちゃ良いじゃん。 だからZIPでもネットでもオススメって言ってたのか。


 走りながら変わりゆく街並みを見ているだけで心なしか気が紛れる。

 だがそんな事も束の間、ふと腕につけていたスマートウォッチで距離を確認すると......






 



 

 30分程のジョギングで30km以上走っていた━━。

 


「うわこれ完全にスピード違反だ......生身で時速60km以上の速度って俺リアルにウマむすめじゃん......。さっきじーさんがガン見してたのはそれが理由だったのか」



 俺は自分の身体能力と周りの目が怖くなって走るのをやめ、公園のベンチに腰をかける。

 ふと設置されていた大人用の鉄棒に意識が向き、軽く逆上がりでもやってみようかと思いが再び立ち上がった。

 そして鉄の棒に指をかけた瞬間、まさかとは思いつつ俺は人差し指一本だけで鉄棒にぶら下がる━━。



「ははっ......今SAS○KEに出たら余裕で全ステージ制覇できそうだな」



 よし......とりあえずこのまま動いてみるか━━。


 俺は人差し指に意識を集中させて軽く力を入れると身体は鉄棒を軸にブラブラと旋回し始め、気がつけばグルグルと扇風機のように大車輪する事が出来た。

 そしてそのままの勢いで指を離し、忍者のようにクルクルと体を宙で回転し地面に着地する。



「もう完全にニンゲンじゃなくなっちまったな俺は......。でもまぁ今の身体を知るにはちょうど良い機会だ」



 次は少し本気のダッシュをするため公園入り口に移動し、対角上の柵が設置されたコンクリの壁をゴールとして一歩目を踏み出す━━。



 タンッ......!



「マジかよっ......!」



 俺の身体は正に一瞬で壁まで到達し、その速さと衝撃で地面が見事に抉れていた━━。



「これでもしぶつかりオジサンにでも当たったら確実に人身事故で一発免停だな......」



 するとポッケに入れていたスマホがブルブルと震え、画面を見るとLIZE電話が来ている。



 その画面には"我"の一文字が映っていた......いや誰だよっ!



「もしもし? どちら様ですか?」


『我は我だ━━』


「その声......ミラさん!? 吸血鬼の女王がなにLIZEなんてやってんすか! てかそもそもスマホ契約してるんだ!」



 待てよ、この人身分証どうやって作ったんだ!? まさか役所の上層部を......そ、そんなわけないよな......?



『別に良いだろう? スマホはアニメ視聴の必需品だからな。それより悠月、相性が良い女は見つかったようだな』


「え? あぁ天先輩の事ですね。色々ヤバい人ですけどなんとか事情は説明できました」


『なるほど、キツネが現れたか......。まぁ良い、そのまま相性の良い血を吸い続ければお前はまだまだ強くなれる。いずれ我と肩を並べられる力になるぞ━━』


「はぁ......でもこのまま力をつけていくと日常生活に支障が出そうで......。ジョギングですら人とぶつかった瞬間ソニィ損保に電話しないといけなくなっちゃいます」


『それは仕方ない。我らをこの星に留めておくにはちと狭すぎるからな、まぁそのうち細かい調整が出来るようになるさ。それと血を吸ってから時間が経過したことによりお前の外見は昨日と少し変化しているはずだ......そのうち暇があれば鏡でも見てみるが良い』


「またまた冗談を......。それじゃあ公園の地面を剥がした事がバレるとまずいんで家に戻ります。話すのはまたの機会で良いですか?」


『そうか......我はまだ話したいのに、悠月はそんな簡単に切るんだな......』


「......今なんか言いました?」


『別に......。もし寂しくなったら我がお前の家に行ってお前の体を隅から隅までお世話をしてやるぞ、それこそ何世紀もな......』


「いえ、結構です......」


『なんだ? 我をただの年増ババアだと舐めてるのか? というかこの我の誘いを断るのか......? ねぇ?』


「舐めてませんし逆に舐めてもらいたいぐr......じゃなくて一応まだ彼女とは別れてないからそういうのはフリーになってからで」


『意外に律儀なんだな。あんなゴミなんぞ捨て置いて永遠に我のモノになr......そうかその手があったか! 悠月よ、番はなにもニンゲンではなく我で良い......! それならば我の部屋で昼夜無関係に何百年一時も離れる事無く我と交わればそのうt━━』


「はい、切りますねー」


『あ、ゆずき━━!』



 一気に怖くなった俺は無理矢理電話切った。

 なんやかんや俺を心配してくれたのかな? 最後はなんか天先輩と同じヤベェ雰囲気出てたけど、俺と関わる人はみんなああなるんか......?


 家に帰って着替えを終えた俺は、今日は結愛を待たずに1人で学校に向かった━━。


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