第12話 俺の味方は男だけ


 俺は中庭から離れ教室に戻ると、既に体育の授業を終えたクラスメイトたちが一斉に注目する。

 そしてクラス内でもどちらかといえば群れるタイプのハイエナ女子達が俺のところに怒りの目で駆け寄ってきた━━。



「ちょっと佐田! アンタ何処行ってたの!?」


「何処って......中庭だけど? まさかこの格好で山菜取りにでも行ってたと思ってるのか?」


「はぁ!? 何言ってんの!? アンタのせいで桜庭君が大変な事になってたんだからね!?」


「そうよ! 足首から血が出るほど酷かったんだから!」


「アンタさぁ、これから桜庭君の芸能活動に支障が出たらどう責任取るの!?」



 どうやら桜庭は思ったより重症らしい。

 まあそりゃそうか、あんだけ血が出てればな......。


 だがどんな状況であろうと、今の俺にはアイツに味方してキーキー喚くニンゲンが全員敵に見えて仕方がない━━。



「責任って......保健室に高級メロンでも持ってけば良いのか? 捨て身のスライディングを勝手にした結果自ら"刺身"になったヤツに取る責任なんか一つもないよ」


「はぁ!? そうなったのはアンタのせいでしょ!? 陰キャってそんなこともわからないの!?」


「ちょっと結愛! アンタの彼氏がこんなこと言ってるけどどういうこと!?」


「えっ!?」



 結愛は少し戸惑いながら席を立ち複雑な面持ちで俺の元に向かってくる。



「ゆず......みんなの言う通り桜庭君には一応謝ったほうがいいかも」


「なんで? そもそも俺も怪我してるんだけど? いてて」



 今俺が桜庭の元に行けば傷口を見て恐らく理性を抑えられなくなる。アイツの血なんか死んでも吸いたくないし、第一そんな姿をアイツに見られるくらいならさっさと殺してしまったほうがマシだ━━。



「でもゆずは歩けるくらいの怪我だけど、桜庭君はその......酷い怪我だし」


「なるほどね。今の話を纏めると結愛は怪我の具合で善悪を判断するの? なら仮に結愛のお母さんが車に轢かれた時、轢いたヤツの方が怪我が酷かったら結愛はお母さんをソイツの所へ謝りに行かせるんだな。そりゃスゲーや」


「それは......」


「それが出来るなら俺も謝るよ、でもそうじゃないなら俺は向こうから何も言ってこない限り絶対に何も言わないから。これ以上向こうの肩を持つなら俺を責めるより保健室の前で彼の出待ちでもしてやりなよ」


「っ......」



 俺の言葉に結愛は言葉を詰まらせるが、他の女子たちが再び割って入る━━。



「はぁ!? それとこれとは違うでしょ!? アンタ最低! そうやって結愛を困らせるんだ!」


「そうよ! 屁理屈言ってないで早く謝ってきなさいよ!」



 女子特有の無駄な連携プレーにうんざりしそうになった時、試合で俺と途中交代した藍原から女子に対する反論の意見が飛んできた━━。



「それはちょっと違うんじゃないかな? 僕が見る限り桜庭君はボールじゃなくて佐田の足を確実に狙ってたよ?」


「だよなぁっ! アイツ佐田の背後からスライディングしてたし、そもそも削りに掛かる前にデカい声で佐田の悪口言ってたもんなぁ」


「言ってた言ってた! スライディングした瞬間アイツ佐田の反応速度にビビってたもん。ありゃ完全に故意だよ」


「ほんと女子って顔だけで判断して他はなんも見てねーんだな。そんなに桜庭に気に入られたいのかよ? プライドねーのな」


「はぁ!? なによそれ......!」


「だな、これが佐田と桜庭の立場が逆だったら味方なんてしねーくせに。あからさますぎて逆に恥ずかしくねーのかな」


「おいおいそんなに正論で攻めたら可哀想だよ、拗らせて将来は男叩きが趣味のガッカリ女性になっちまう。俺の味方はマジでありがたいけど流石にそんなしょーもない闇堕ちはマジで見てられないからその辺にしといてやろうぜ」


「はははっ! 確かにな、佐田の言う通りだ」


「ガッカリ女性てwwww」


「さ、佐田ぁぁぁっ......!」



 男子たちの感情論ではない正当な意見にさっきまでの女子の勢いは失せ、ブツクサと言いながら俺のそばを離れる。

 俺は戸惑っている結愛をすり抜け一番に反論してくれた藍原の元に向かう━━。



「藍原......味方してくれてありがとうな。やっぱ持つべきものは男友達だよ」


「良いって。それより体調は大丈夫? あんま無理しないでよ」



 そう心配そうに俺を労ってくれる男、藍原真あいはらまことは高校に入学してから知り合い、お互いの趣味が合ってよく話す数少ない俺の友達だ。

 女の子みたい......というか女の人そのものみたいな可愛い顔と華奢な身体で周りからは《男の娘》なんてあだ名で呼ばれている━━。



「ありがとな。それより試合はどうだった?」


「あの後僕が戻って戦ったけど4-1で結局負けちゃったよ。桜庭が怪我してなくても佐田があの調子で行けば確実に勝てた気がしたけどなぁ」


「いやいや、相手はあの桜庭を率いていたんだぞ? 全日本ユースの選手相手に俺みたいなハミ出しモノが勝てるわけないって━━」


「そうかなぁ、少なくとも僕にはあの佐田の動きは超人に見えたよ? まるで目が後ろに付いてるんじゃないかっていうくらいの判断能力と反射神経だったもん」


「そうか、なら早退しないで頑張っておけば良かったな」


「それはダメだよ、佐田はすぐ無理するんだから。またあの時・・・みたいになったら僕は耐えられないよ」


 

 あの時━━。


 俺は高校に入学してすぐの頃たまたま校舎裏を通りかかった時に上級生に囲まれてカツアゲされている藍原を救ったことがある。

 まぁ救ったとは言ってもアイツを逃した代わりにボコボコにされただけなんだけど......。

 まぁ何はともあれ仲良くなったのはそれがキッカケだ━━。



「懐かしいな......」


「そうだねぇ......あの時から佐田は僕の中でヒーローなんだ。だから何かあったらいつでも相談してよ」


「ありがとう。そっちもな」


「う、うん......ありがとう」



 藍原は俺から目を逸らして俯き自分の席に座る。

 相変わらず変なやつだな......と思っていると、ふと俺の鼻腔に昨日まで感じなかった香りの違和感が通り抜けた━━。



*      *      *



 帰りのHRを終えた俺たちは各々帰り支度を始める。

 その間に例の桜庭は足に包帯をグルグルに巻いて教室に戻ってきた。

 どうやら足の皮が切れたとは言っても縫うほどではなかったらしい━━。



「やあやあ、さっきはよくもやってくれたね彼氏君。この借りはきっちり返すよ......?」


「借りって......自分から車道に飛び出して撥ねられた癖に何言ってんだ? 冗談はその足の包帯を安全反射靴下リフレクターソックスに履き替えてから言えよイケメン君」


「なんだと......君はさっきから喧嘩を売ってるのか!?」


「そうカッカすんなよ、足より頭に包帯を巻き直して貰った方が良いんじゃないか? 陽キャの頂点が俺みたいなカースト最底辺アンタッチャブルに八つ当たりしても損するだけだぞ。その証拠にこのクラスの女子の大半はみーんなお前の味方、チャンネルメンバーシップなんだからさ。なっ? 落ち着いて行こうよ?」


「へぇ......君にはプライドが無いんだね? 同じ男としてマジで呆れるなぁ、恥ずかしいよ」


「いちいち人のことで呆れられる暇があって羨ましいな。俺みたいなちっぽけなハミ出し者は日々生き抜くことで精一杯だからな、お前みたいなチャチなプライドを女相手におっ立たせてシコってる暇なんか微塵も無いんだよ」


「ああ言えばこう言いやがって......。ねぇ結愛ちゃん、悪いけどちょっと肩貸してくれない?」


「分かった......。足は大丈夫?」


「何とかね。結愛ちゃんに看病してもらったらもっと早く治るかもなぁ」


「すぐそういうこと言うんだから......どうせ他のみんなにも言ってるんでしょ?」


「そんな事ないって。まぁファンのみんなには言うけどね」



 とまぁこんな感じで予想通りヤツは俺に一言も謝る事はなく、結愛に助けてもらいながら席に座った。


 俺はそれを横目に結愛の浮気を知っている事を悟られない事と今後の作戦の為、平然を装っていつも通り誘う━━。



「なぁ結愛、今日は一緒に帰れる?」


「ごめん......今日もさっき連絡があって友達と会うんだ」


「おっけーりょーかい」


「......え? なんか切り替え早━━」


「さぁて、今日はフォーティワン行ってアイスでも食うか」


「いやちょっと待っ」



 俺が誘いを断られたのを見て勝ち誇った顔をしている桜庭と、早すぎる了解に少し困惑している結愛を横目にさっさと教室を抜け出した。

 すると母さんから結愛と俺を含めたグループLIZEにチャットが入ってきた━━。



『ごめん悠月! 急に出張入って来週まで帰れそうにない! 結愛ちゃんにも一応連絡しといたから夕飯一緒に食べてあげて。鍵はいつも通りポストに入れてあるから』



 俺はグループに『今日は買い物に行ったりするから一人で夕飯食ってくる』と送ってスマホをポケットにしまった。



 あーもうイライラするなぁ! 幼馴染ってこういう時マジで厄介だ! いずれオカンにもこの事言わなきゃいけないしホントめんどくせぇ!



 待てよ......俺は何かすごい恐ろしい事を忘れてる気がする━━。

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