第11話 女難の相


「へ......えっ!?」



 俺は先輩の言葉に思わず口元を隠し、持っていたスマホのインカメラで咄嗟に口元を映すと歯と歯の間から細く鋭い牙が他の歯よりも長く伸び始めていた━━。


 しまった! やっぱり今興奮しちまってたからか......! どどどどうする!? この状態で隠し通すのは流石にキツいぞ.......!



「やっぱり......ただのニンゲンじゃないわね貴方」


「いやこれは......コスプr」


「誰にも言わないから正直に話しなさい━━」


「へ、へいっ......」



 先輩の血を吸いたい誘惑と尋問にとうとう隠しきれなくなった俺は、あの日のニンゲンじゃなくなった出来事を洗いざらい話した━━。



「なるほど......だからそんなキバが」



 先輩は風で靡くクリーム色の髪を耳にかけながら妙に納得した表情をしていた━━。



「先輩、妙に落ち着いてますけどこんな突拍子もない俺の話を信じるんですか?」


「もちろん。ニンゲンではあり得ないキバを見てしまったのもあるけど、実は私とある事情で吸血鬼の存在を昔から信じていたのよね」


「え? それってどういう━━」


「内緒......。でも貴方が他のニンゲンを"エサ"でも見るかのような獣の目をしているのは間違いないもの」


「っ......!」


「それと......昨日見た貴方の雰囲気と今の雰囲気が全く異なっていた。前の雰囲気もす......じゃなくて今の貴方の雰囲気はなんというか、普通のニンゲンでは決して出せない蠱惑的なものを感じる。それにさっき校庭で見せたニンゲンとは思えないあの動きと、あの虫の血を物欲しそうに見つめていた事もね」


「アンタ......いつから俺の事見てたんですか......」


「それも内緒。というわけで......いくら隠し通そうとしても私には無駄よ?」



 はぁ......そこまで言われたら確かに無理だな。

 まぁ別にミラさんに口止めされてるわけじゃないし、この人は相性も良さそうだし良いか━━。



「仰る通り俺はヴァンパイア血を吸う変態ですよ。昨日家に帰ったら母親ですら俺の事を妙に変な目で見てて......はぁ、参りましたよ」


「そりゃそうよ。私だって今貴方に飛びつきたいもの」


「......。今なんて?」


「なに? 私変なこと言った?」


「いやいや言いましたよ。出会って数分で何言ってるんすか......なんかのポルノ小説とかで拗らせてます?」


「ポル......何?」


「すみません、こっちの話です......」


「仕方ないじゃない、私はアナタと違ってただのニンゲンなのよ? 所詮は甘い蜜に誘われた哀れなハチだもの......。それよりさっきの提案は呑んでくれる?」


「俺のサポートをする話ですよね。そうは言っても先輩は具体的に何をするんですか?」


「それは......そうねぇ、例えば私が貴方の彼女になるってのはどう?」


「はいはい彼女ね。ではこの書類にサイn......はいっ!?」


「ダメ......?」



 そりゃこんな美人が彼女になるのはそりゃ嬉しい。正直結愛よりもずっとレベルの高い人が俺の彼女だなんて普通に考えれば嬉々として受け入れられる事だ。

 けどもしそうなったらやってる事はアイツらと同じだ......人を見た目や肩書きでしか判断せず、ホイホイと携帯キャリアのように乗り換えるただの哀れなニンゲンに成り下がる。


 そして何より天先輩に失礼だ━━。



「ありがたい提案なんですけど良くはないです。別れる前にそれは奴らとやってる事同じだし、先輩をブランドアクセサリーみたいに扱うのはちょっと......」


「ふーん、吸血鬼なのに案外優しい心があるのね......。じゃあこれならどう? 付き合うんじゃなくてただの友達で遊び相手とか━━」



 遊び相手か......今まで幼馴染以外女友達なんていた事ないしどう接して良いか分からないしこの人少しヤバそうだけど悪い話じゃ無いよな。



「それならまぁ......」


「じゃあ契約成立ね」


「契約って......」


「それともう一つ良い?」


「何でしょうか?」


「貴方さっきからずーーーーっと私の首筋ばかり見てるけど......そんなに今すぐ私の血を吸いたいの?」


「ひっ......? 俺はそんなこと━━」


「嘘をつくのが下手なのね。最初から顔に書いてあるわよ? 今すぐ私の首筋に吸い付きたいです! って......」



 先輩はサラサラの髪の毛をかき分けて俺に首筋を見せつける。

 透き通るような白い肌から少し透けて見える美味そうな血管と良い匂いに俺は我慢の限界を迎えようとしていた━━。



「さぁ。遠慮せずに吸って良いわよ......」


「ほ、ホントに......良いんですか......」


「うん......そういうサポートも含めての契約だから。でも私こういうの初めてなの、優しくしてね......」



 俺は少しドキドキしながら徐々に首元に近づく。



「が、頑張ります。俺も初めてなんで......」



 俺の鋭いキバは雪のように白い先輩の皮膚を優しく貫通し、少しの傷を首筋に残す━━。



「んんっ......!」


「す、すみません......!」


「んはぁ......貴方の頭の匂いぃぃぃ......ふごんごふごぉぉ......あぁ堪らない......!」


「へ? マジで色々大丈夫すかっ!?」


「だいじょうぶ......んんっ! 気持ち......いい......から続けて。んあっ......! ふぅ......はぁ......んっ!」



 大丈夫じゃなさそうな先輩の体温はたちまち熱く火照り、身体をピクピクとさせながら口から湧き出る快感の声を手で必死に抑えながら涙目で俺の吸血に耐えていた━━。



「もう少し吸っていきますね......」



 先輩の血が俺の舌に触れた瞬間、甘美で蕩けそうなその味に本能が止まらなくなる。

 血がこんなに美味いなんて......もっと吸いたくなる衝動に駆られた瞬間━━。





 カシャッ━━!



「なっ! 何してるんですか先輩っ!」



 マジか......! この人俺が血を吸ってる光景をガッツリ撮影しやがった!



「んあっ......! はぁ......はぁ......。これで貴方は私から逃げられない......もし復讐の手伝いを断るか、私に嘘をついたらこれをクラウドから全世界に自動発信する。人間ではあり得ないこの牙と傷口を見れば世間は貴方をどう見るでしょうね?」


「くそっ......! アンタ俺を嵌めたのか?」


「違うわよ。私はただ貴方を繋ぎ止める保険が一つでも欲しかっただけ。それに......」


「それに?」


「それに......その......













 貴方とのツーショット写真がどうしても撮りたかったの......!」


「え......!?」


「ダメ......だった?」



 さっきまで得意げになっていた顔を耳まで真っ赤にして手をモジモジとさせながら下を向く先輩に、俺はこれ以上ダメとは言えなかった━━。


 しかしなんなんだこの人......。



「いや......ダメではないですけど.......」


「そう? よかった。じゃあ早速この写真をスマホの待ち受けにして通知音も今私に齧り付いた音にしましょう。家に帰ったら今の写真をプリントアウトして部屋に目一杯飾って、首筋に付いた唾液を採取して瓶に保存して今吸われた傷跡から唾液と私の血が混ざった液で堪能して最終的には私の枕に擦り付けてそれからそれから━━!」


「やっぱダメだわ!! なんなんすか唾液って!? どんな性癖!?」



 俺が断ると先輩はありえない角度に首を傾げて真っ黒な表情で俺をガン見する━━。



「なんでぇ......???? 貴方のモノをコレクションして何が悪いの???? 貴方は私の一部を取り込んだのに私には何も無いなんて不公平だと思わない???? そんなに言うならダメな理由を教えてよ......ねぇ......ねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇっ!!!!」


「ひぃっ!」


「ふひっ......その怖がった顔も素敵。そんな子犬みたいな顔をしたらもっと困らせたくなっちゃうじゃない、さぁもっとこっちに寄って━━」



 完全に目がパキッちゃってるよこの人......!

 しかも今"ふひっ"て言ったか!? こんな綺麗な顔の癖になんてエグい笑い方してやがるんだ......!



「えっ!? あっ! ちょっと俺用事思い出しました......帰りますぅぅぅっ!」



 ガシッ━━!



「ねぇ.......まさか害虫共の所に戻るなんて言わないよね? 何の断りもなく私から3cm以上離れるなんてそんなの許さないわ━━」



 3cmって......それは最早合体してる距離じゃんセ○クスじゃん! 青姦じゃん! アオハラ○ドじゃん!



「い、いや俺はただ教室に......!」


「そう? なら後で迎え行くから絶対・・逃げないでね。それと私の事はそらって呼んで、拒否権は無し。あと今後はタメ口で話さないとどうなるか......」


「は、はいっ!」


「はい、じゃなくて"そら"」


「そ、そら......」


「ふふっ......良いコ良いコ」



 先輩はその細く長い手で俺の頭を撫でる。

 この人がイカレてるとはいえ、女の人から撫でられるのってなんか恥ずかしいな......。



「じ、じゃあ俺はこれで......」


「うん、また"放課後"ね」


「へ、へいっ......」



 俺はそそくさと中庭から逃げるように立ち去った。

 あの人の血をもらったおかげか分からないがめちゃくちゃ足取りは軽いし、今なら校舎くらい簡単に破壊できそうなほど力が湧いてくる。

 

 しかし天先輩って前評判の氷の美少女とは大分かけ離れてるよ......あの人は完全にヤバい女だ━━。



「ふひひっ......GPSオンっと━━」

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