第10話 氷の美少女


 俺は校庭から中庭までトボトボと歩き、大きな木の下にポツンと置かれた背もたれの無いベンチに仰向けに寝そべって目を腕で覆って瞼からの光をシャットアウトする。

 木のおかげで俺が寝ているベンチは日陰になり時折心地よい風が吹き抜け、血を見たことによって起きた飢えとイライラしていた気持ちが少しだけ軽くなる。


 もう今日はこのまま授業をサボろう......とてもじゃないけどこのまま血を吸えないとなると浮気者への制裁どころか真っ当な学校生活を送れなくなる......。


 色々な不安が頭によぎる中、木が枝が風で揺れる音しか聞こえない程静かな中庭に一つの心臓の音がこっちに近づいてくる━━。



「誰だ......? 校庭にいたクラスメイトか? いや、この心臓の音は......」



 俺は一瞬腕を解いて目を開けるが冷静になると誰が来ようがどうでも良かったので再び眠りにつく、すると━━。



「あーあ......私の特等席が取られてる」



 ぼそっと呟いた声は完全に女性の声であり、自分でもよく分からないがその声色は今まで感じたことの無い程聞き心地の良い、妙に落ち着いた声色だった。

 

 俺はそれが少し気になって僅かに目を開けると━━。



「あれ? 貴方は昨日......あっ!」



 その人は俺を見て少し驚いたのか少し目を見開く。



「え......っ!」



 それと同時に俺も思わず目をギョっと見開く......。


 何故ならその人はこの学校はおろかSNSでも超有名な美少女で俺の一学年上である先輩、《雪瓜天ゆきうりそら》さんだったからだ。



「ど、どうも......」


「隣、良い?」


「は、はい......」



 だが衝撃的だったのはそれだけじゃない......先程まで見えていた奴らとは違い、その人は一人のニンゲンとして初めてちゃんと見ることが出来る女性だった━━。



*      *      *



 雪瓜天ゆきうりそら━━。

 一学年上の彼女は有名な財閥の令嬢だの政界のお偉いさんの娘だのと噂され、そのルックスとクールな青い瞳に冷たい言動から学校内では"氷の美少女"だの”孤高の氷結美女”だのと呼ばれている。

 聞いたところによると母親がスウェーデン人で日本人の父のハーフらしく、日本とスウェーデンの良いとこ取りをした顔立ちとシルクのように艶やかなクリーム色の髪色、そして日本人離れした抜群のスタイルが特徴で学校だけではなくSNSでも人気があるらしい。

 なんかよく分からないがアニメかなんかのコスプレとかアップしてるだとか、画面の絵を動かして声を当てながら配信してトレンドランキング1位になってるだとか......とにかく何かしらの有名人とのことだ。


 ”とのこと”と言っているのは俺はSNSにあまり興味が無い上、周りから話を聞いてるだけで本人の事をあまり知らず学校内でも滅多に関われない人......いわゆる雲の上のような存在だったからだ。


 だがそんな彼女が俺に対して”昨日”と呟いたことがどこか引っかかる━━。



「昨日......どこかで会いましたっけ?」


 

 いや会ってるワケがない......こんな綺麗な人に会っていれば必ずどこかで気がつく筈だ。俺は昨日の様々な場面を思い返しながらもやはり見た覚えはなかった━━。



「会ったというより正確には貴方を見たの。貴方が昨日海が見える高級レストランに一人ぼっちでポツンと座り、今にも泣きそうな顔で料理を食べていたのを......」


「あ......」



 まさか......まさかあんな恥ずかしくて情けない場面をこんな有名美女に見られていたなんて......!

 穴があったら入りたい......いや、スコップで穴を掘ってでも入りたい気分だ......。



「そう......でしたか。ははは、まいったなぁ......」



 俺は恥ずかしさから乾いた笑いをする事しかできない。


 でも待てよ......? なんでこの人はあの場所に居たんだ?



「確かにおっしゃる通り、あそこにいたのは中丸◯一でと矢○真里でもジ○ンポケ斉藤でもなく俺でしたね。しかし何故貴女がその場所に......?」


「私は昨日あそこでお父様と二人でディナーに招待されたの」



 お父様とディナーね......さすがハイソサエティな御令嬢は父親の呼び方も違うぜ!

 あーあ、こんな恥ずかしい思いをするならあの日無駄な食い意地張ってないで家でスニ◯カーズでも食ってりゃ良かったよ。



「すごいっすね......俺との状況に高低差ありすぎてタマヒュンものですよ」


「タマ......何かしらそれ......。それより何故貴方があの場所に居たの? 見たところ本当は誰かと会食する予定だったように見えたけど━━」



 その通りだ、俺は昨日あの場所で結愛とご飯を食べる予定だった......。

 まだ誰にもこのことは話してない......いや、恥ずかしくてとても話せない。

 しかしそこまで状況を知っているのならこの人にだけは本当のことを話しても問題ないだろう。



「ええ、実は......」



 俺は先輩にあの日彼女にドタキャンされてそのキャンセル料を払うのが勿体無くて一人で食べたこと、その帰り道で偶然彼女がクラスの男とキスしてカラオケに入っていったこと、ヤケクソになって通り魔から女性の身を守って死にかけてことなどヴァンパイアになったこと以外の全てを話した━━。



「そう......だったの......」



 全てを話した俺はふと先輩の顔を見ると、氷の美少女と呼ばれる程冷たそうな彼女の目には意外にもうっすらと涙が浮かんでいた......。



「お恥ずかしい話ですよね、張り切って予約した店に結局ぼっちで居たなんて......。こんな事になるなら家で大人しく地面師でも見てりゃ良かったなー」


「酷すぎる......。私がずっと監視しt......失礼、それでその野上結愛の浮気相手とは一体誰なの?」


「桜庭比呂ですよ。最近転校してきた話題の高校生アイドルです」


「ふーん。全く知らないわ」


「ええっ!? 結構学校で話題になってますよ?」


「私、虫に興味無いの」



 ん!? 今この人桜庭の事を虫って言った!? お嬢様なのに案外口悪いなヤバッ......。



「そんな事より、貴方の彼女は浮気してた事を棚にあげてLIZEを返さないことに怒ってたのよね? 貴方は通り魔に襲われて死にかけたというのに......。許せない.......そんなの絶対許せないわ......」



 コ゛コ゛コ゛コ゛コ゛ォ ッ.......。



 先輩の涙が引っ込んだと思いきや途端に般若......いや文字通り悪魔のような険しい顔つきに変わり、背中からなんか真っ黒い悪魔のような背後霊が一瞬見えた━━。

 

 ......ていうかおっかねぇぇっ! なんかゴゴゴとか変な効果音聞こえるけどコレ気のせいじゃないよな!?

 この人が怒るとこんな怖いんだ......この人の将来の旦那になるニンゲンは少し可哀想だな......。



「ねぇ佐田悠月くん......貴方このままで良いの?」


「っ!?」



 先輩は顔を近づけて氷のような目つきで俺を見つめ、俺の顎に指を当ててクイっと目線を逸らさせないようにしてくる。

 正直先輩の青い瞳が綺麗すぎてこっちが恥ずかしくなるし、距離が近すぎて先輩のはだけたワイシャツの隙間からガッツリ覗くダイナマイト・マシュマロが俺の腕に微かに当たって集中できない......しかも無駄に良い匂いだ......。



「いや......良くはないですよ、目の前にミルタンk.....じゃなくて目の前で浮気されてんですから」



 俺が色んなことに困惑していると先輩はニヤリと口角を上げる━━。



「そう......。なら、私が貴方のサポートをしてあげようか?」


「いっ!?」



 

 この人がなんの関係もない初対面の俺をサポート......!? 


 そんな突拍子もない先輩の発言に俺の声は思わず上づる━━。



「いやいや、それは悪いですよ。貴方みたいな先輩が初対面の俺にそんなことするメリットなんて一つもないじゃないですか」



 そうだ、この提案には先輩のメリットは一つもない。先輩はどっかの令嬢で尚且つSNSでは有名人らしいし、俺みたいな血を吸って快感を得る蚊みたいな変態・・と共謀しているなんて世間に知れれば今後足枷になる可能性が高い......だが━━。



「ふーん。断るんだね......私の誘いを━━」



 先輩の顔に暗黒の謎の影が発生し、目のハイライトが消える......。



「そ、そんなプレ○ターみたいなおっかない顔しないで下さいよ......」


「貴方......さっきの話で私に隠していることあるでしょ.....?」


「へ......? なんの......ことでしょうか?」


「とぼけるんだ......。じゃあ聞くけど、貴方昨日通り魔に襲われて死にかけたのよね? それなら何故今日平然と学校に来られるの? 怪我と精神的ショックで来れなくなってもおかしくないのに......」


「それは.....なんとか深い怪我をしなくて済んだワケで」


「ふーん、でもそんな目に会ったら普通のニンゲン・・・・ならこんなところで呑気に寝てなんか居られないわ。それに今の話の中で通り魔のくだりだけ・・はなーんか嘘くさいのよねぇ。あと怪我をしたのならその傷はどこ? 昨日の傷じゃ今も確実にあるわよね? それを私に見せて━━」



 先輩の尋問に俺は言葉が詰まる......。

 ていうかマジで無駄におっぱいデケェ......男の夢と希望がたくさん詰まってそうだ......!

 それに心臓の音と美味しそうな首筋を至近距離で突きつけられて頭がクラクラしてくる━━。



「貴方、今どこ見てるの......?」


「ぱいっ!?」



 この状況で素直に『おっぱい見てました』なんて言ったら確実に殺されるな......まだ死にたくない......。



「さぁ早く傷を見せて。見せられるよね? 見せてくれるよね? 見せるしか無いよね? それとも.......見せられない状態なの? 秘密にするの? 私に隠し事するの? 私を騙して欺いて裏切るの? 貴方はそんなことしないわよね? ね? ね? ねぇ?」


「いや......それは......。俺ってその......少しシャイなところがあるんで......」



 なんだなんだ!? さっきから言動が不安定すぎるぞ! あのオーラといい、今の昭和の刑事みたいな尋問の仕方といい、この人からは何かとてつもなくヤバいものを感じる......!



 だがそんな俺の焦りとは裏腹に先輩の顔がどんどん近づいてニヤリと笑う━━。



「ねぇ貴方......











 キバが伸び始めてるわよ━━?」

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