第9話 試合中のアクシデント


 ホイッスルと共に試合が始まったが、やはり相手チームは桜庭を軸とした連携を取って攻める。

 ユースのチーム内でも桜庭は攻撃的ミッドフィルダーで、今回も攻守両方を立ち回るポジションとなっていた。

 そしてヤツにボールが渡るたび女子たちの黄色い声援が飛び交い、それに調子づいて華麗なフェイントをヤツは決めながらまるで結愛に見せびらかすように俺たちのゴールに点数を入れる。

 そして気がつけば3-0と結構なリードとなっていた━━。



「ヤバっ! 桜庭くん超かっこいいよぉ! 1人で3点も決めてるじゃん! やっぱ推しの頑張る姿が見れるとやっぱ嬉しいよね結愛っ!」


「そうだねっ! でもこの後ゆずも出るはずだから負けないように頑張って欲しいなー」


「え? 佐田ってサッカー上手いの? 結愛には悪いけど全然想像つかないなー」


「ふふっ、実はああ見えて中学の時は結構上手かったんだよ。ギャップってやつかな?」


「へぇ......でも今帰宅部でしょ? 流石に現役の桜庭くんには勝てないんじゃない?」


「まぁ......そうかもね」



 俺の近くで体育座りしている結愛はクラスメイトとの会話を聞く限り俺にあまり期待していないようだった。

 

 確かに砂の城から見える桜庭のプレイは俺から見ても上手いもんな......。



「ふっ、これなら楽勝だな」


「ああ! お前が居れば勝ち試合だよ桜庭! この調子でガンガン攻めていこうぜ」


「ああ、もちろん!」



 外面だけは良い桜庭はクラスやチームの奴らからも慕われている。

 だから結愛を俺から寝取っているなんて誰も想像してないし、もし仮にそれがバレたとしても今の空気なら全員ヤツの味方で俺が悪者だろう━━。



「さぁて! ハットトリックを超えて圧勝ゲームで行くぜ!」



 バシュッ━━!



「ゴール!」


「「「キャァァァッ!」」」



 桜庭の宣言通りダメ押しの1点を入れられた直後、コート内にいたクラスメイトと俺がいよいよ交代になった━━。



「佐田、頼んだよ!」


「ああ。新しい首相より期待されてない陰キャの底力とやらを見せつけてくるよ」


「ははっ、なにそれ。まぁ君の幼馴染以外あまり期待してないだろうけど......僕は応援してるから頑張ってね」



 大丈夫、その彼女も最早期待してないよ━━。



「ありがとう。それじゃ行ってくるよ藍原」


「うん、頑張って!」



 ふぅ......生まれ変わって飢えに苦しんでるこの身体で果たして何処まで通用するかな......。


 俺がコートに入ると味方のボールから再び始まると、たまたまサイドについた俺へとボールが転がって来たのでトラップしてボールを足元に落ち着かせる。



「佐田! 今ならお前はマークされてない! 敵が来る前に走れっ!」


「よし......行くぞっ......!」



 チームメイトの檄を聞いた俺はそのまま相手ゴールへと走り始めると、今までと明らかに違う身体の異変に気がつく━━。



 なんだ......これ......!



*      *      *



「ん? なんだ......!?」


「お、おい......気のせいかアイツめちゃくちゃ足速くねぇか?」


「ああ......しかも敵にフェイント仕掛けた時佐田が一瞬何重にもが見えたような━━」


「おいおい! アイツならマジでやってくれるかもな!」



 なんだこれ......めちゃくちゃ身体が軽いぞ!? 軽く走っただけなのにもうバイタルエリアだ!

 しかもそれだけじゃない......敵と味方がいる位置が心臓の音と吐息によって完全に把握できる。そして足元で転がるボールの縫い目すらまるでスローモーションに見える......!



「よし......これならイケるかも━━!」



「あ、あいつ......ホントに佐田か!?」


「アイツ、朝から桜庭に喧嘩売るしなーんか変とは思ってたけど昨日のとはまるで別人だぞ! マジですげぇ!」


「ゆず......」



 俺は更にドリブルで相手を攻め、次々と敵のディフェンスにフェイントを仕掛けながら突き抜けていく。

 心臓の音と相手の目線、そして身体の重心や足の動き、蹴ったボールがどこに行こうとしているのかが全てスローに見える俺にとっては敵の壁など有って無いようなものだった━━。



「ねぇねぇ! ちょっと結愛見てよ! 佐田めっちゃ上手くない!?」


「う、うん! 中学の時より全然上手いかも!」


「ギャップじゃん! 普段は陰キャなのにあんなにサッカー出来るとかヤバいって!」


「あの桜庭君が全然追いつけないよ! 佐田の方はドリブルしながら走ってるのにさぁ!」


「くそっ.......! アイツどうなってんだ! ただのゴミ陰キャの癖に!」



 俺に対する黄色い声援を少しずつ浴びる中、桜庭を後方に追いやった俺はゴールキーパーとついに対峙する。



「へへっ......流石ミラさんの血を継いだだけあるな。早速一点決めるぜ━━!」


「そう簡単にゴールさせるか! ゴールは守り切ってやる!」



 俺が左足に力を込め、サイドポストギリギリに狙いを定めてシュートを放った瞬間━━、











 ハ゜ァ ァ ァ ン ッ━━!



「「「えっっっ!?」」」


「あっ......」



 俺が振りかぶった黄金の左足を少し力んだ所為なのかボールを蹴り上げた瞬間凄まじい音を立てて破裂し、唯の布切れとなったボールがその場に散った━━。



「うそぉん.......」



 キーパーと俺は思わず目を合わせてその場に立ちすくむ。

 そして今の光景を見ていたクラスメイト全員がその場に固まりその視線は全て俺に向けられた。



「な、なぁ......サッカーボールが蹴りで破裂するって......」


「なに......どういうこと......?」


「冗談だろ.......」



 それはさっきまで散々イキってたあの桜庭でさえも開いた口が塞がっていなかった━━。



「さ、佐田! どうした!」


「っ!」



 先生は大きな声を出しながら俺の方に走ってやってくる。

 

 ヤベェ......俺怒られるのかな......。



「すみません......色んなところを力みすぎました」


「佐田、怪我はないか?」


「はい。先日脳を破壊された以外は全然大丈夫です━━」



 俺は足なんて全然痛くない......なんならドリブルより少し力を入れただけなのに木っ端微塵にしてしまった事の方に恐怖を感じている......。



「ボールが劣化してたのかなぁ? まぁ新しいボールは器具庫にあるからそれで再開しよう」


「はい」



 こうして再び試合が再開されたのだが、俺がさっき見せた異常な身体能力のお陰で相手チームからは徹底的にマークされてしまい、今度はまともにボールを受け取る事が出来ない。

 仕方ないので相手を惑わせる程度の軽い瞬間移動でガードを交わし味方からボールを受け取り再び走り始める━━。



「ちっ......! 陰キャの分際で......お前はお呼びじゃねぇんだよ!」



 だがそれを待っていたかのように桜庭は、ボールではなくあからさまに俺の足目掛けスライディングを全力で仕掛ける━━。



「へへ......彼氏くん、お前には松葉杖生活が待ってるぜ?」


「佐田! 後ろから来てるぞっ!」


「......分かってるさ」



 チームメイトの必死な掛け声が聞こえるが、俺には奴の足の向きや速度、そして俺の何処を狙っているのかが完全に把握出来ていたのでそれを避けるためボールをトラップして軽くジャンプする。



「なっ......!」


「確かに待ってるな。松葉杖の女神がお前に・・・股開いてるぞ━━?」



 そしてヤツの足に目掛けてファールだとバレないギリギリの位置にわざと着地し、ヤツの足を軽く削った━━。



 ザクッ......!



「ぐあああああああっ!」


「あらら。当分ローションの代わりにマキロンが手放せなくなるな......。さて俺も転ばねーと」



 ヤツの悲鳴が聞こえたと同時に着地でバランスを崩したように見せかけて俺も転ぶ。

 そして痛くもない足首を手で覆いながらゴロゴロとその場に転がり痛がるフリをして俺への批判を逸らさせた━━。



「い、いってぇ......! 足がぁぁぁっ!」


「ヒロくん!」


「やっちまった!! 桜庭大丈夫か!」


「佐田の方も倒れてるぞ!」


「佐田大丈夫か!」


「あいたー、あいたたたん」



 俺たちの元にクラスメイトが集まるが、大半は桜庭の方に集まり皆心配した声を掛ける。



「くっ......そ......!」



 俺の鼻にあの匂いが漂い桜庭の方を見ると、足首辺りから靴下を真っ赤にするほどの血が流れていた━━。



 やべぇ......アイツの血がめちゃくちゃ美味そうに見える......!



 俺はその匂いと血の色に魅入ってしまい、ヤツの血を吸い尽くしてしまいたいという思考が何度もよぎって頭から離れない......。

 これまでの人生でこれ程まで"飢え"という苦しみを味わった事がない俺は、全身を掻きむしるような衝撃に耐えながらフラフラと立ち上がる━━。



「佐田......歩けるか?」


「ゆず......大丈夫?」


「はい......なんとか大丈夫......です。ちょっと調子悪いんで教室戻って休みます......」


「先生、私ゆずに付き添います。ほら......無理せずに肩貸して?」


「肩なんかいらない。お前は俺なんかよりそこでオイル漏れ・・・・・起こしてる推しをレッカーしてやりなよ、事故とはいえ俺との衝突で起きたんだから」


「えっ?」



 俺は足を引きずり、吸血衝動という異常な本能を怪我をしたフリで隠しながら逃げるようにその場を後にした━━。

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