第8話 呆れと挑発


 次の日━━。


 憂鬱な気持ちを抱えたまま朝の支度を終えて玄関を開けると案の定野上結愛尻軽ちゃんが待っており、チラッと顔を見ると俺が一日中返事を無視していた所為かめちゃくちゃ膨れっ面をしていた━━。



「ちょっとゆず」



 コイツ......俺とのデートをドタキャンした挙句推しとフィーバーしてたヤツがよく挨拶も無しにこんな顔できるな。



「ねぇ、なんで昨日私の連絡を無視したの? すごく心配したんだよ?」


「あ、そう。俺は昨日は寝取られ・・・・のエロ動画見てたら寝落ちしちゃったんだよ。仕方ないだろ?」



 俺はなるべくいつも通り言葉を交わすが流石に昨日の今日で怒りを抑えることは難しく、1人スタスタと歩き始める。



「ちょっ、ちょっと待ってよゆず! 私という彼女が居るのにエッチな動画って何!? もしかしてドタキャンしたこと怒ってるの? それなら謝るから! 本当にごめんなさい!」



 結愛の顔を見て確信した。昨日までは眉唾なしで可愛く見えた顔が今となっては......あんなに大好きだった結愛に対して少しずつ、しかし確実に心が離れていくのが分かる━━。



「別に怒ってないよ、俺の唯一ある長所は朝霧高原より心が広いことなんだから。魔界まかいの牧場いきてぇなぁー」


「冗談はやめて。昨日何があったの? ゆずのお母さんからゆずがと連絡取れないって連絡があったんだよ?」


「そうなんだ、じゃあ正直に言うよ。昨日はサ◯ゼでお子様ランチを食べた後、"駅の近く"で通り魔に襲われた女の人を助けたんだよ。そのうち俺は警察から表彰されて映画か、JKリフレの割引券が貰えるかもな」



 俺は一通り説明するとそそくさと歩みを早める。

 すると結愛の心臓は俺の言葉によって微かに鼓動を早める......どうやら駅近くに俺がいたことに焦りがあるようだ。


 そりゃそうだわな、間男と逢引きしてたんだから━━。



「そ、そうだったの......変なこと聞いてごめん。私が居ない間大変だったんだね」


「お陰様でね。そんなことよりそっちはどうだったの? エムステのt.A.T.uみたいにドタキャンしてまで会ったお友達とは親交・・を深められた?」


「う、うん......楽しかったよ、昨日はカラオケで2時間くらい歌ってきたんだ。その後ムーンバックスに行ってその子の恋愛相談を色々と乗ってさぁ」


「ふーん、ソイツは良かったな。色々と乗れて・・・



 お前が乗ったのは相談じゃなくて股の上だろうが。

 しかしまぁよく顔色も変えずポンポン嘘が言えるもんだ......その演技力だけはブルーリボン賞モノだよ。



「ねぇゆず、いつものメガネはどうしたの?」


「ああ......ゆうべ全裸でバードウォッチングしてたら視力が回復したんだ。今じゃ浮気現場を抑える探偵のカメラにだってタメ張れるよ」


「なにそれ......。にしてもメガネ取るとこんなに印象変わるんだね? 昨日のゆずより少しカッコよくてびっくりしたよ。何度もメガネ掛けてない所見ているはずなのに━━」


「のび太のママだってメガネ取れば美人だからな。その設定が俺にもあるんじゃない?」


「またそうやって茶化す......でも私は鼻が高いよ? ゆずの彼女としてはさぁ」


「ふーん、じゃあその無駄に高くなった鼻がへし折れないよう精々気をつけるよ」



 俺は結愛の顔をなるべく見ないようにしながら学校へと向かった━━。



*      *      *



 俺が教室に入るとその瞬間俺を見たクラスの女達が一斉に凝視する━━。



『え? アレって佐田?』


『メガネ取っただけだよね? なんか......』


『昨日と印象が違う......ような? まぁ気のせいか』


『地味キャラが眼鏡外しただけで変わるわけないっしょ』


『だよねー』



 この前まで俺のことをはなも引っ掛けなかった人たちが眼鏡を外しただけの俺に少し注目する。

 俺をバカにする声も聞こえるが、そんな奴らも今の俺には美味そうなジャーキーにしか見えない......まるで待てと言われたままご飯を貰えない犬の気分だ。


 俺は妙な飢餓感を覚えながら席に着くと隣の結愛がまた話しかけてくる。



「ゆず......本当ごめんね」


「何度も何度も言わなくても俺は別にクスリでラリってるワケじゃないから理解してるって。悪いけどさ、昨日の件で少し疲れてるから少しそっとして欲しい」


「う、うん......」



 正直言って俺は今疲れているというより血が欲しくて喉が乾いて仕方がない。

 結愛が喋るたびに心臓の音が強く聞こえ、首に食いつきたくなるがなんとかそれを理性と怒りで抑える━━。



「分かった......でも何かあったらすぐに言って。私━━」


「みんなおはよーう!」



 チャラい元気な声を教室中に響かせたのは、昨日結愛とお楽しみをしていた桜庭だった。

 そして俺の時とは違いクラスの女達は少し高めのキーで嬉しそうに挨拶をする。



 ちっ......またこいつは今日も仕事じゃないのか。ていうかアイドルってのは案外暇なのか?



 ヤツはみんなに挨拶した途端結愛に視線を一瞬合わせ、その次に机に伏せてだらっとしている俺の方を勝ち誇った顔で見ながら自分の机に座る。



「結愛ちゃんおはよう」



 みんなの前じゃ"ちゃん"付けか。まぁ俺という彼氏がいるのに裏で間男してるのがこのタイミングで怪しまれたらそれこそスキャンダルだもんな━━。

 


「うん、おはよう桜庭君」



「相変わらず笑顔がかわいいね、隣に居る君の彼氏・・が羨ましいよ。そうそう、今日は一時間目体育だから僕の勇姿を見ててよ」


「う、うん。頑張ってね」



 結愛は昨日の事を思い出してるのかそれとも俺に対してどこか引け目を感じているのか分からないが、いつもとは違い少し戸惑ったようなリアクションをしていた。

 それにピンと来たのか、桜庭はチラッと俺の方を見て再び結愛に視線を預ける━━。



「結愛ちゃん何かあった? もしかして......"優しい"彼氏と喧嘩でもした?」


「え!? いやいやしてないよ?」


「そうなの? なぁ彼氏さん、結愛ちゃんの言ってることは本当なのか?」


「は? そうだけど何? そんなくだらない事をいちいち取材するなんて君はアイドルよりマスコミの方が向いてるんじゃないか? デリカシーを家に忘れてきてるみたいだしな」


「ちっ......なら良いけどな。だがもし結愛ちゃんを泣かすような事したら僕が黙ってないからね?」



 桜庭は不敵な笑みを浮かべる。

 そうかそうか、結愛の中じゃお前が本命の"彼氏"だもんな......愛する女の前じゃここぞとばかりにカッコつけたいんだろう。



「黙ってないって......もし仮に何かあったとしたら君は俺に一体何をするんだ? どっかの芸能人みたいに30分20万の顔面針治療でも俺にさせるんか? 水川あ◯みかよお前は」


「あ? まぁ良いさ.......この後の体育楽しみにしてなよ。結愛ちゃんの前で精々恥をかかない事だね」


「ご忠告どうも。そういう君は今日体育に参加するんだね? イライラしてるからてっきりこの後保健室で生理用品とぬいぐるみ抱いてオネンネするのかと思ったよ」


「なんだと......! 君は僕を馬鹿にしているのか!?」



 血の所為なのか分からないが言い返したくもない言葉がポンポン浮かんで思わず口にしてしまう。

 喉は乾くし昨日の今日だし、そもそもイケメンに見えたこいつの顔が醜い肥料にしか見えないイライラでなかなか制御できない━━。



「おっとごめんな桜庭クン......。さっきの『何かあったら黙ってない』ってのはもしかして今だったのか? でも今の話に結愛は全く関係ないはずだが......。ていうかさっきからカッカしてどうした? ホットミルクでも入れてやろうか?」


「お前ぇ......」



 俺のしょーもない煽りにヤツはみるみる顔を真っ赤にして今にも殴りかかりそうな表情をしているが、間に挟まれた結愛はそれを察して止めに入る━━。



「ちょっと2人とも落ち着いて。クラスメイトなんだから仲良く行こうよ」


「ふっ......お前がそれ言うと最早ギャグだな」


「ゆず、それどう言う事?」


「別に? 何でもないさ」



 はぁ......お前のせいで拗れてんだよ馬鹿かコイツ......。



「ふん.....まぁ結愛ちゃんの言う通りだね、以後気をつけるよ。じゃあ僕は職員室に用事あるからまた」


「いってらっしゃい。ねぇ、ゆずどうしちゃったの? いつもならスルーするのにやっぱ今日機嫌悪いよ?」


「ああ、昨日から血の気・・・が多くなったからね。俺はHRまで寝るからもう話しかけんな」


「え? ちょっと待ってよゆず━━」



 俺は結愛の言葉をスルーして意識を手放した━━。



*       *       *



 俺たちは別のクラスと校庭に集まり、準備を終えて授業に入る......今日の内容はサッカーだ。

 俺は中学の頃サッカーをやってたので未経験者よりも多少得意な種目だった。

 しかし桜庭は俺よりも遥かに凄い選手で、全日本ユースにも選ばれるくらいの猛者だ。

 この学年じゃ間違いなく敵なしの存在だし、おそらくそれが自分でも分かっていて今日の朝俺を敢えて煽りつつ授業で公開処刑をしたいという魂胆だったのだろう━━。



「やぁ佐田くん、さっきは悪かったね。でも君とは今回敵チームだから手加減なしで行くよ」


「はいはい、でも俺は生憎ベンチスタートだから。スタープレイヤーの君が自慢のサッカーボール二つを女に見せつけてサカってる間に、俺は校庭の砂で呑気にお城でも作ってるよ」


「ちっ......まぁ精々がんばれ負け犬」



 桜庭はニヤリと笑って自分のポジションに付き、俺はコートの外で体育座りをする。


 そして先生がホイッスルを鳴らし、いよいよキックオフとなった━━。

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